第4章 技術の概要

4.1 品種改良技術の概要

 品種改良技術について、その技術と対象となる生物の種類とに分けて、その概要を述べる。

4.1.1 育種技術

 品種改良技術(育種技術)は第1章で述べたように7つの技術によって構成されている。品種改良は、生物に遺伝子レベルでの変化を生じさせて、その性質を改良するものであるので、遺伝子の変化をもたらす技術が不可欠である。また、遺伝子を変化させる技術と組み合わせて改良を効率化させる技術もまた育種技術として重要である。前者には、交配技術、変異技術、細胞融合技術、倍数体形成技術、遺伝子操作技術がある。後者には、選抜技術と細胞培養技術がある。

 以下にそれぞれについて概要を説明する。

(1) 選抜技術

 自然界あるいは変異、交配等の改良技術を施した後の集団から、目的とする特性を備えた個体を選抜する技術であるが、特に選抜手段を使用せずに、偶然発見した場合もある。以下の種類がある。

 A.発見

 自然界から偶然に発見した場合。特許においてはキノコ類が多く出願されている。発見の場合は特に技術とはいえない。

 B.選抜

 変異誘発や交配後の選抜方法として使用したり、自然変異を期待して淘汰圧(選択圧)をかけることにより選抜する。変異技術との組合せにおいては、人為的に変異誘発処理を行い、その後に目的とする特性に応じた指標によって選抜する方法と自然変異を期待した選抜法がある。指標としては組織培養での薬剤耐性やその他の培地条件等の迅速かつ効率的な選抜法の他に、花の色や形など成長後に選抜する時間のかかるものもある。

(2) 細胞培養技術

 「組織培養」は動植物の個体から組織を取り出し、培養して増殖させる技術で、さらに細胞の形で培養するのが「細胞培養」であるが、両者を厳密に区別しない場合もある。

 1907年にカエルの神経組織を培養したのが最初の例である。動物では、組織をトリプシン処理等によりバラバラにして培養する細胞培養法に発展した(1950 年代)。植物の組織培養は今世紀前半から行われている。培養のための培地も各種開発されているが、1962年に開発されたムラシゲ・スクーグ培地が有名である。

 細胞(組織)培養技術そのものは増殖技術であるので、それ単独では品種改良技術ではないが、他の技術と組み合わせて使用される重要な技術である。細胞融合には細胞培養が必須であり、変異による改良も細胞培養によって効率化される。また、交配による新品種の作出における品種の固定でも「葯培養」等による半数体利用によって期間を大幅に短縮できる。葯培養は、葯を培養して減数分裂により雄性の半数体を得る方法である。また、「胚培養」は交配後の胚を人工的に培養することによって通常の交配では成長が困難な「種間雑種」を可能とする技術である。ハクサイとキャベツの雑種「ハクラン」やホウレンソウとコマツナの雑種「千宝菜」の例がある。

 植物の細胞培養では、多くの場合「プロトプラスト」が使用される。プロトプラストは植物、細菌、菌類の細胞に特有の細胞壁を除去したもので、19世紀末にすでに作製されている。植物の場合、ペクチナーゼ等の酵素により細胞どうしを接着しているペクチンを分解し、さらにセルラーゼ処理によって細胞壁を分解することにより得られる。組織を形成しないのでその培養は細胞培養となる。プロトプラストは、植物体への再生が可能であるので、品種改良の1ステップとして利用できる。「プロトプラスト培養」には、細胞融合を目的としたものや「プロトプラスト変異」等に利用可能な技術が含まれる。

 細胞培養は動物細胞でも頻繁に行われるが、この場合は個体への再生が不可能であるため、個体の品種改良には使用できない。

(3) 細胞融合技術

 細胞融合は、2つの細胞を接着、融合させ、核の融合により生殖過程を経ずに雑種細胞を作製する方法である。異なる遺伝子をもつ2つの核が融合するので、遺伝子が変化する。遺伝子操作技術の次に新しい技術である。動物細胞では、1975年にハイブリドーマ作製技術が開発され、モノクローナル抗体の生産が可能になった。細胞融合技術は動物においては生殖細胞以外では品種改良に利用できない。植物では1960年代から行われている。この方法では交配によっては不可能な種間雑種が作出できる。雑種細胞から再生された植物体は通常の有性生殖によるものと区別するため「体細胞雑種」と呼ばれる。融合させる両細胞が遺伝的に完全な1対1の融合を「対称融合」という。この場合、雑種は両親の中間の性質をもつことになる。一方の細胞だけを放射線等の処理によって染色体を細かく切断した後に融合させるのが「非対称融合」である。この方法では片方(処理細胞)の所望の特性だけをもう一方の細胞に取り込むことが可能になる。

 対称融合では、オレンジとカラタチの体細胞雑種「オレタチ」の例がある。非対称融合では、細胞質雄性不稔雑種が作出されている。

 植物、菌類の場合は細胞壁があるので、それを除去したプロトプラストの形で行われる。細胞融合には「ポリエチレングリコール法」や「電気融合法」が使用される。

 細胞融合による雑種は通常の有性生殖によるものと異なり、細胞質も両親から受け継ぐ細胞質雑種であるので両方の細胞質の性質をもつ。また、染色体が通常の2倍となるので安定性に問題がある。

(4) 交配技術

 交配は2個体間の生殖活動、すなわち受粉、接合、受精を意味し、両個体が同一の遺伝子型をもつ場合も含む。遺伝子型が異なり雑種が形成される場合を特に「交雑」と呼ぶ。遺伝形質が全く同一の個体間の交配は品種改良にはなりにくいが、交配に伴って生じる突然変異による品種改良が起こり得る。一般には交配と交雑は混同して使用されている。交配による品種改良は最も広く、古くから利用されている方法である。

 植物の場合、「自殖性(自家受精)植物」と「他殖性(他家受精)植物」で交配による育種法が異なる。自殖性植物にはイネ、ムギ類が含まれ、他殖性植物ではトウモロコシが代表的である。

 自殖性作物の交配育種には、系統育種法、集団育種法、もどし交配育種法がある。系統育種法は、交配後早い世代に判定が容易な特性で最初の選抜を行い、さらに世代が進むと同時に選抜して遺伝的に均質な(「ホモ接合体」、対立遺伝子が同一)品種を得る方法である。集団育種法は分離、ホモ化が進んだ世代から選抜を行う方法である。もどし交配育種法は既存の優良品種に特定の特性だけを導入するため、雑種第一代に同じ親を繰り返し交配する方法である

 他殖性作物では、集団改良法と「雑種強勢」を利用する「ヘテロシス育種」がある。集団改良法は、交配によって作った分離集団の中から、目的とする特性を有する個体を選抜し、互いに交配して次代集団を作る操作を繰り返す方法である。ヘテロシス育種は、他殖性の場合特に著しい雑種強勢(雑種によって生育、生産力等の特性が優れたものになること)を利用する方法である。異なる特性を有する近交系(ほとんどの遺伝子がホモ接合体となっている系統)を交配して「雑種第一代(F1)」を作る。好適な組合せが見つかれば、それらを維持すれば毎年同じ雑種第一代を供給できる。これがF1雑種(種子の場合は「F1種子」または「ハイブリッド種子」)である。雑種強勢は自殖性作物でも起こるので自殖性でもヘテロシス育種法は使用されている。

 ヘテロシス育種法では毎年交配する必要があるので、その省力化のため「雄性不稔」が利用される。雄性不稔は、花粉等の雄性器官が成熟しない現象で、片方の親が雄性不稔となることにより、特に自殖性作物の場合に雑種が効率的に生産できる。生産物が種子の場合は雑種種子から作物が収穫できないので、さらに「稔性回復遺伝子」を有する系統と雑種を作る必要がある。

(5) 変異技術

 突然変異は、遺伝子の一部が何らかの原因で変化する現象である。欠失、挿入、重複、置換、逆位等によって起こる。

 突然変異には自然突然変異と人為突然変異があるが、後者すなわち「変異誘発」による品種改良法が突然変異育種法である。変異誘発に使用される「変異原」には、紫外線やX線等の放射線とアルキル化剤やアジ化ナトリウム等の化学物質がある。変異原処理は通常種子(胚)あるいは成長点に対して行う。体細胞(生殖細胞以外の細胞)に起きる変異を特に体細胞変異(ソマクローナル変異)という。キメラ、モザイク、斑入り等がこの例である。

(6) 倍数体形成技術

 体細胞では染色体は通常1対の染色体からなる(ゲノムが2セット)、すなわち2倍体であるが、それが増加した生物(倍数体)を作製する技術をいう。この場合、遺伝子の化学的構造は変化しないが、遺伝子の数の変化によって元の個体とは異なる性質を示すようになる。生殖細胞は減数分裂しているので、体細胞の半分の「1倍体(半数体)」である。同種のゲノム(染色体あるいは遺伝子全体の1セット)単位で増加したものを「同質倍数体」、異種のゲノムが組合わさって生じたものを「異質倍数体」という。

 倍数体は一般に体や器官が大型化するのでそのような目的の場合に利用される。また、一部の染色体だけが増加したのを「異数体」という。3倍体は種子をほとんどつけないが、これを利用したのが種なしスイカである。魚類や貝類でも品質の向上した3倍体が実用化されている。倍数体作製には植物では「コルヒチン」が通常使用される。染色体操作技術によっても倍数体が得られる。

 半数体個体からコルヒチン処理等によって「倍加半数体」を得ることを利用する方法が「半数体育種法」である。倍加半数体はホモ接合体であるため、F1世代でこの技術を使用すると一挙にホモ化した固定品種が得られるので、交配による品種改良における育種年数の大幅な縮小が可能となる。半数体個体は前述の葯培養等によって得られる。

(7) 遺伝子操作技術

 遺伝子組換え法、組換えDNA法、遺伝子工学的手法とも呼ばれる、新しい技術である。遺伝子(DNA)を人工的に改変する技術で、遺伝子のクローニング(単離)、遺伝子の導入(細胞への導入)、遺伝子の発現(遺伝子が暗号化している蛋白質を生産させること)等からなる。1972年に最初の組換えDNAが作製された。

 従来の古典的な品種改良技術では生物種の壁を乗り越えるのは困難である。代表的な技術である交配技術では属レベルが限度である。より新しい技術である細胞融合技術は交配よりも上位の分類でも可能であるが通常、交配の1ランク上程度(科レベル)である。遺伝子操作技術は、動物、植物を問わず、あらゆる生物間で遺伝情報が交換できる点で、品種改良に革命をもたらすものである。遺伝子操作技術による品種改良には不可能な改良特性はないといっても過言ではない。

 遺伝子操作による品種改良には、大きく分けて2つの戦略をとりうる。1つは改良特性を実現できる機能を有する蛋白質をコード化する遺伝子を導入する方法であり、もう1つは、アンチセンスヌクレオチドの導入あるいは遺伝子ターゲティングによってネガティブな特性をもたらす蛋白質の遺伝子発現を抑制あるいは遺伝子そのものを破壊し、特性を改良する方法である。

 前者の例として除草剤グリフォセートの標的酵素を改変した蛋白質を導入して、グリフォセートが標的酵素に結合できなくしてグリフォセート耐性を付与した技術がある。また、除草剤を分解して無毒化する酵素の遺伝子を導入する方法もある。耐病性に関しては、ウイルスのコート蛋白質を導入して干渉作用によりウイルス耐性を与える方法が開発されている。耐虫性では、細菌の殺虫性蛋白質(BT毒素)の遺伝子を導入する方法がある。花の色については、色素合成系の遺伝子を導入して色を変化させた例がある。油糧植物については、脂肪酸合成系の酵素の導入により、脂肪酸組成を変化させたナタネが実用化されている。ヒトの有用蛋白質の遺伝子を動物や植物に導入して医薬品を生産する「動物工場」や「植物工場」も一種の品種改良ではある。

 「アンチセンス技術」による発現抑制は、トマトのペクチン分解酵素(ポリガラククツロナーゼ)のアンチセンスヌクレオチド導入によりペクチンの分解を防止し、日持ちを向上させたトマトの例が有名である。また、ウイルスのアンチセンスヌクレオチドの導入によってウイルス増殖を抑制する方法も研究されている。

 「遺伝子ターゲティング法」では、相同組換により特定の遺伝子が破壊されたノックアウトマウスが研究用に使用されている。