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4.6 熱処理技術のワンポイント集
4.6.1 誤解しやすい概念
(1)冷やし方と冷え方の違い
冷やし方には油冷、水冷などいろいろあるが、ワークの側から見た冷え方は物の大きさ、形状によってそれぞれ異なる。同じ水冷といっても、物の大小形状によって冷え方は違ってくる。従って、熱処理効果を比較検討するときは、冷やし方(cooling power)だけで論じてはいけない。物の大小形状を考えて冷え方 (cooling ratio)で論議することが必要である。
(2)焼入温度と急冷温度の違い
焼入れのために加熱する温度が焼入温度(オーステナイト化温度、TA)であり、焼入液に飛び込ます温度が急冷温度(クエンチング温度、TQ)である。実技的には焼入れ温度TAからいきなり焼入液に飛び込ます訳にはいかず、多少の遅れが生ずる訳である。その遅れは最大約100℃まではよい。つまり、TA−TQ≒100℃ということになる。TAで慌てふためいて焼入れしなくても、約100℃遅らせて焼入れしてよいことになる。これらが遅らせ焼入れというものである。TAで焼入れせずに、TQで焼入れすると、作業が楽なばかりでなく、焼きがよく入るようになる。
(3)硬焼きと深焼きの違い
焼入硬さは鋼のC%のみに依存し、特殊元素にはほとんど影響されない(構造用合金鋼の場合で工具鋼は除く)。つまり、焼入硬さ(硬焼き)=f(C%)、最高焼入硬さ(HRC)=30+50×%Cで表される。しかし、焼入硬化深さはC%だけでなく、Cr、Mn、Moなどの特殊元素量(A%)や、結晶粒度(G)によって変わってくる。つまり、焼入硬化深さ(深焼き)=f(C%,A%,G)となる。
従って、硬く焼きを入れるためには、C%の高い鋼、深く焼きを入れるためには合金鋼がよいということになる。S45CはSCM435よりは硬く焼きが入るが、焼入深さは浅いのである。焼きがよく入ったということは硬く焼きが入ったこと(硬焼き)で、深く焼きが入ったこと(深焼き)ではない。硬焼きと深焼きを間違えてはいけない。
(4)昇温時間と保持時間
熱処理温度までの物の温度を上げるのに要する時間が昇温時間であり、所要の熱処理温度に保つ時間が保持時間である。昇温時間は物の大きさによって異なり、焼入れ温度(TA)まで大体1インチ(25mm)角30分の割合で上昇させる。大物は遅く、小物は早い。しかし、保持時間は物の内外が所定の熱処理温度になってから保持する時間であるから物の大きさには関係せず、鋼質によって異なるのである。C鋼(S45C)はほとんどゼロでよく、工具鋼は炭化物の種類と大きさによって異なるが、大体20分位でよい。保持時間はインチ30分といわれているが、これは全くの俗説で根拠がない伝説である。昇温時間と保持時間を合算したものが加熱時間である。
昇温時間=f(物の大きさ)、保持時間=f(鋼の種類)
昇温時間+保持時間=加熱時間
(5)臨界区域と危険区域
焼入れに必要な急冷温度範囲、つまり、ここだけはどうしても早く冷やさなければ焼きが入らないという必要温度範囲を臨界区域(critical zone)といい、通常Ar'の記号で表し、焼入温度(TA)からおよそ550℃までの温度範囲である。臨界区域を早く冷やされた鋼が焼きが入って硬くなる温度がAr”(Ms点ともいう)で約300℃以下である。この温度範囲で焼割れや焼曲りが生じてオシャカになる危険があるので、危険区域(dangerous zone)といっている。うまく焼きを入れるには、臨界区域のみを均一に早く冷やして、危険区域をゆっくり冷やすことである。そうすると「割れず、硬く」焼入れすることができる。
(6)焼歪みの二形態
焼歪みには
変寸(dimension change)と
変形(shape change)の2つがある。変寸というのは寸法の変化、つまり伸び、縮み、太り、細りをいい、変形とは形の変化、つまり曲り、捩れなどをいう。焼きを入れると組織が変わるので、変寸は当然起こるので宿命である。変寸がイヤなら焼きを入れないことである。問題は変形。特に焼曲り(バナナ曲り)である。バナナ曲りは冷却のムラによるものであって、早く冷えた側が凸となる。従って、急冷を均一に行うことが大切であって、それにはスプレークエンチが適している。焼曲りを直すには冷間矯正でなく、温間若しくはプレステンパがよい。冷間矯正ではストレスが残るのでよくない。
(7)3つのエフェクト(効果)
鋼を焼入れするときは3つのエフェクト(効果)を考えなくてはならない。3つのエフェクトとは、
マス・エフェクト(質量効果)、
シェープ・エフェクト(形状効果)、
コーナー・エフェクト(隅角効果)の3つである。
a.マス・エフェクト(質量効果)
同じ材質でも大形になると焼きが入りにくくなる。この大きさによって焼きの入り方が違うことをマス・エフェクト(mass effect)という。マス・エフェクトが大きいということは鋼材のマス(大きさ)によって焼きの入り方の違いが大きいということであり、大物になるほど焼きが入りにくいということを意味する。逆にマス・エフェクトが小さいということは小物は勿論、大物までもよく焼きが入るということである。S-C材はマス・エフェクトが大きく、S-A材はマス・エフェクトが小さいということになる。従って、大物を焼入れするときはS-A材(例えばSCM435)を使うのがよい。
b.シェープ・エフェクト(形状効果)
同じ材質でも品物の形によって冷え方、従って焼きの入り方が違う。一番冷え方が早いのは球で、遅いのは板である。その割合は球:丸棒:板=4:3:2である。この形状による焼きの入り方の違いをシェープ・エフェクト(shape effect)という。
C.コーナー・エフェクト(隅角効果)
同じ品物でも部位によって冷える割合、つまり焼きの入り方が違う。これをコーナー・エフェクト(corner effect)という。例えば平面を1とすると、二面角(稜)は3、三面角( )は7、凹み角(隅)は1/3となり、焼きの入り方が不同となる。このために、隅、角、部は焼割れを起こしやすいので注意を要する。
(8)応力(ストレス)と歪(ストレーン)
応力(ストレス)には熱応力と変態応力の2つがある。熱応力は急冷による伸び、縮みに基くもので、圧縮の熱応力は善玉である。それは強さ(疲労強さ)を増し、焼割れを防ぐからである。これに対して変態応力は悪玉で、焼割れの主原因となる。
外力を取り去った後で材料の中に残っているストレスを残留応力(residual stress、σR)という。残留応力は外力と反対の力が残るのであって、引張りの外力に対しては圧縮の残留応力となる。圧縮の残留応力は善玉なので、これは大いに活用すべきである。
残留応力を除く熱処理を、応力除去(SR)という。鋼の残留応力は約450℃以上に加熱すると除去される。これを歪取り焼鈍といってはいけない。歪を取るのではなくてストレスを除去するものである。歪というのは変形(ストレーン)ということである。
(9)残留と名のつくもの(残留応力と残留オーステナイト)
残留と名のつくものに、残留応力と残留オーステナイトの2つがある。同じく残留と名がついても英語では違っていてresidual stress(残留応力、σR)、retained Austenite(残留オーステナイト、γR)と区別している。Residualは反応が完了して、残滓のように残っているもの、retainedは反応途中で未完になって残っているものということのようである。
残留応力(σR)には善玉と悪玉があるが、ストレスを取り除くには加熱するのが一番よい。その温度は、溶融温度(K)×0.4で求められる。最近は電気振動で残留応力を除去する方法(VSR)が検討されている。
残留オーステナイト(γR)は、サブゼロ処理(−80℃ドライアイス)やクライオ処理(−196℃液体窒素)によってマルテン化し、硬さや耐磨耗性のアップに役立っている。また、塑性加工による誘起変態(SRIT)や変態誘起塑性(TRIP)によって強靭性を発揮するプロセスにも活用されている。
(10)焼入液の冷却の三段階
焼入液の冷却は
蒸気膜段階(vapour step)、
沸騰段階(boiling step)、
対流段階(convection step)の三段階に亘って行われる。
の段階から
の段階に移る点を特性点といい、この点の高いほど、冷却速度の早い冷却液とされている。油の特性温度は約600℃、水は約700℃(蒸気膜が破れて沸騰段階に入る温度)といわれている。
攪拌すると冷却速度は倍増されるが、これは特性温度が高くなるのではなくて、短時間側に平行移動、つまり蒸気膜段階の時間が短くなるのである。
気体冷却や金属浴冷却には三段階がなく、連続無段階なので、焼歪みや焼割れが生じ難い。
