4.4 遺伝子工学関連技術

 ここに取り上げる遺伝子工学関連技術とは、組換えDNA技術を代表とする遺伝子工学で取り上げない技術、即ちプロテインエンジニアリング、タンパク質の分離・精製および安定化、酵素類、分析、診断方法および装置、遺伝子治療法などを指すが、プロテインエンジニアリング、遺伝子治療は4.5節の注目すべき技術と今後の動向で取り上げる。

4.4.1 タンパク質の分離・精製

 タンパク質を分離・精製するには基本的には低圧のカラムクロマトグラフィーと高圧のHPLC(high performance liquid chromatography)がある。大量のタンパク質の分離・精製には低圧のクロマトグラフィーの使用が一般的であるが、タンパク質が少量の時は操作性や分解能が優れているHPLCが使われる。最近では液量が多くても扱える中圧のFPLC(fast protein liquid chromatography)もある。大腸菌の大量発現系を使用して大量精製する場合には、大腸菌を粉砕した100ml程度の上清は最初低圧のイオン交換クロマトグラフィーに流すことが多く、ゲルろ過クロマトグラフィーはタンパク質溶液の量が少なくなってから使用することが多い。ごく最近千葉大学で「多孔性中空糸膜材料」を利用してこれまでより10倍以上のスピードで高濃度のタンパク質が精製できる新しい方法が開発された。高速化に加え、精製するための材料が何度でも使える特徴を持っているので、高濃度のタンパク質の量産化に道が開かれた。

4.4.2 タンパク質の(熱)安定化

 近年のプロテインエンジニアリングの急進展はタンパク質の(熱)安定性研究に飛躍的な変革をもたらした。その背景には遺伝子操作技術の進展とX線構造解析技術の進展がある。

 安定化方法には3つの方法が提案されている。第1の方法は理論的な設計に基づくもので、理論的に考えられるタンパク質の安定化要因を実験的に検証し、それに基づいて天然のものよりも安定なタンパク質を作ろうという試みで成功例はあまり多くない。第2の方法はまず酵素活性の変異株を取得し、その変異株にもう一度変異を加え、元の変異株の他に第2の変異を持つ復帰変異株を取得する。その第2の変異株を野生株に与えてやれば元の酵素よりも耐熱性の高い酵素が得られるのではないかという方法である。第3の方法は野生型の遺伝子に変異を与え耐熱化した変異株を直接選択する方法である。

4.4.3 遺伝子工学関連酵素

 遺伝子組換え技術に用いられる酵素と遺伝子組換え技術を用いて生産される酵素に大別される。

(1) 遺伝子組換え技術に用いられる酵素

 DNA鎖の伸長を触媒するDNAポリメラーゼ、遺伝子DNAのRNAへの転写反応を行うRNAポリメラーゼ、DNA鎖の特定の塩基配列の個所を認識し切断する酵素である制限酵素、DNAを連結する酵素であるDNAリガーゼなどがある。これらの中でも遺伝子組換え技術にとって最も重要なのが制限酵素である。制限酵素はもともと外来の異種DNAを非自己として認識し切断・排除するための細菌の菌株に特異的な自己防衛機構として1968年にM.メセルソンとR.ユアンにより発見された。制限酵素はその性質からI型、II型、III型の3つに分けられる。I型は特定塩基配列を認識するが切断個所に特異性がない。従ってこの酵素は遺伝子操作用試薬としての有用性はほとんどない。これに対しII型はDNA中の特定の塩基配列を認識し特定位置で切断する。II型は厳密な塩基配列特異性を持ち、かつ切断末端を容易に連結できるので、試薬として大変重要である。III型はDNA分子内の特定の分子配列を認識するが、II型と違ってその配列からかなり離れた部位でDNAを切断する。

(2) 遺伝子組換え技術を用いて生産される酵素

 遺伝子組換え技術で生産された酵素は既に数多く実用化されている。それにより、生産コストの削減や新しい性能を持った酵素の改良や開発がなされている。いわゆる産業用酵素では、最大の用途である洗剤用酵素に利用されているほか、繊維産業用酵素、澱粉糖生産用酵素、パン製造用酵素などに実用化されている。さらに遺伝子組換え、細胞培養で実用化されている治療用酵素として血栓溶解剤TPA、ウロキナーゼ、プロウロキナーゼの他、1998年に遺伝病ゴーシェ病の治療薬が遺伝子組換え技術で製造・市販された。

4.4.4 分析・診断方法

 分析・診断方法の中で重要な技術はDNAプローブである。DNAプローブとはDNAの相補性を利用してウイルスや遺伝子などを検出する方法である。DNAプローブの開発は肝炎ウイルス、ヘルペスウイルスなど培養法では診断できない病気や診断に時間のかかる病気などでは画期的な診断技術である。加えてモノクローナル抗体の体外診断薬への応用があり急速に普及してきている。技術的には尿路上皮癌マーカーの検出、骨型アルカリフォスファターゼという骨形成マーカーの検出、C型肝炎ウイルスのコア抗原を検出する機器が開発されている。

4.4.5 ポリメラーゼ連鎖反応(polymerase chain reaction : PCR法)

 1985年に米国のシータス社が開発した方法で、現在の分子生物学には欠かせない技術である。既知の遺伝子配列を基にデザインした2種類のプライマーを用いて、極めて少量の目的とする遺伝子を短時間に大量に増やすことができる簡便な方法である。その方法はまず増幅したい領域を含む鋳型DNAを熱変性させて1本鎖にし、これに増幅目標領域の両端の相異なるDNA鎖に対して相補的な塩基配列を持つ2種の合成DNAプライマーを結合させる。次いでDNAプライマーを用いて相補鎖を合成する。このステップを1サイクルにして同一反応液中で繰り返す方法である。