4.5.5 遺伝子治療

 遺伝子治療とは遺伝子そのものの異常を、正常な遺伝子の導入により補おうとする治療法で、いわば遺伝子を薬剤とする治療法である。現在米国を中心に臨床開発が進められており治療法の確立が急がれているが、いまだ商品化されたものはない。

 遺伝子治療の対象は癌、エイズそれに遺伝子疾患病などであるが、国内外とも癌に焦点が当たっている。

 世界で最初に行われた遺伝子治療は1990年米国NIH(国立衛生研究所)のアンダーソンらが4歳のアデノシンデアミナーゼ(ADA)欠損症の少女に行ったものである。欠損したADAを補填する遺伝子治療が成功し健康な生活を送っているといわれる。日本では1995年から北海道大学が進めたADA欠損症の遺伝子治療が97年8月に成功裏に終了している。世界では皮膚癌の一種であるメラノーマや白血病を中心に米国、イギリス、フランスなどで3,000例以上の実績がある。今まで安全性で大きな問題は指摘されていないが、治療効果については明確な評価は出ていない。

 ところで癌の遺伝子治療は発生した癌細胞に免疫力を高める物質の遺伝子を組み込み体内に戻して殺そうとする方法で、体内で期待通り遺伝子が働けば外科手術や抗癌剤などの治療法では退治できない癌細胞を攻撃して患者の延命・完治が期待できる。

 国内では北海道大学に続き国内で初めての癌治療が1998年10月から腎臓癌を対象として東京大学医科研究所で開始された。この治療法の手順はレトロウイルスベクターにヒト顆粒球マクロファージコロニー刺激因子(hGM-CSF)を組み込み、このベクターを患者から採取した腎癌細胞に組み入れ、放射線照射などで弱毒化して患者に注射する。このhGM-CSF遺伝子を体内で働かせ免疫能力を高めるという手順である。

 東京大学に続き岡山大学の肺癌治療が厚生省の承認を得ている。さらに千葉大学が食道癌の治療を、名古屋大学が脳腫瘍の治療で臨床試験の準備中である。

 国内で遺伝子治療を実施していくには課題も多い。技術上の最大の課題は目的の遺伝子を細胞に導入する際に使うベクターの改良である。目的の遺伝子を組み込んだ細胞が標的の細胞に到達する、いわゆる導入効率をいかに上げることができるかが問題である。第2の課題は遺伝子治療を支えるインフラ作りである。

 米国には臨床試験で使うベクターを供給する企業や遺伝子を組み込んだ細胞の安全性を検査する専門機関があるが、国内では存在しないため実質的に海外の企業に頼らざるを得ないのが実状である。遺伝子治療を進める大学側はベクター作製の協力企業を求めている。

 日本の遺伝子治療はいまだ緒についたばかりだが、症例を重ねていけば、遺伝子治療は将来画期的な治療法になる可能性を秘めている。