4.1.4 ゲノム工学の歴史

 1977年にMaxam&GilbertとSanger(イギリス)らによってDNA塩基配列決定法が確立すると、81年には単一のゲノムとして初めてヒトミトコンドリアの全ゲノム配列、17,000塩基が決定された。しかし、細胞性の生物のゲノムはミトコンドリアゲノムに比べはるかに大きく、ゲノムサイズのDNAを取扱う技術の開発を待たなければならなかった。

 ゲノムマップの作成は、すでに1950年代にはじまったが、本格化するのは80年代になってからである。80年にWhite&Skolnickによって、DNAマーカーを利用した遺伝子マッピング法が開発され、さらに蛍光in situ bibridization法(FISH)が開発されると、核酸プローブを利用して遺伝子を染色体上に正確に同定し、その位置を決定できるようになった。89年にマイクロサテライトマーカーが発見され、ゲノムマッピングに必要な十分なDNAマーカーが手に入ることで、ゲノムマップの準備が終了した。94年には、フランスのヒト多型研究所(CEPH)によって完全なヒトゲノムマップが報告された。

 一方、ゲノム解析には、ゲノム断片をゲノムマップと照合して効率よくクローニングする必要がある。大きなゲノム断片を分離するパルスフィールド電気泳動は、SchwartzとCantorによって1984年に開発された。この断片を87年に開発された酵母人工染色体(YAC)を用いてクローニングすることにより、ヒトゲノムの第一世代の物理地図を作成するのに貢献するとともに、はじめてゲノムライブラリーを構築するのに利用された。

 1985年にPCR法が開発されると、86年にはそれを応用した自動シーケンサーが実用化された。91年には遺伝子データベースのコンピュータによる運用が開始され、ゲノム計画を高率速推進することが可能になった。

 このような準備を背景に、ヒトゲノム計画が発表され、1989年に開始した。同時にさまざまな生物でもゲノム計画が推進され、現在では100種以上の生物のゲノム計画が進められている。

 最初に全ゲノムが決定された生物は、1995年のインフルエンザ菌である。以来24種に及ぶゲノム計画が完了している。そのほか、ウイルスやファージのゲノム、ミトコンドリアや葉緑体などのゲノムが数多くすでに決定されている。

 ゲノム計画が進行するにつれ、機能への関心が高まっている。ゲノム機能の解析は、疾患関連遺伝子を中心にはじめられ、1990年前後にはすでに多くの疾患関連遺伝子が同定された。さらに86年にノックアウトあるいはノックインされた遺伝子改変動物技術が登場し、遺伝子表現型の解析が動物で可能になった。96年には体細胞クローン技術が発表され、ゲノムレベルでの解析を自由に行われる環境は整いつつある。

 ゲノムには多様な遺伝子が多数存在し、しかもそれらが一定の秩序のもとに機能を担っている。そこで、ゲノム機能を調べるためには、これら膨大な遺伝子を同時かつ系統的に解析する手段が必要である。これを可能にする手段として、核酸プローブの高密度アレイを利用するDNAチップが1995年に登場し、現在注目されている。