(4) 開発課題・将来予測

 図2.3.2-2には免疫グロブリンのヒト化上の開発課題とその解決法がマップ化して示されているが、この図に従って時系列的な経過を説明するとともに将来の予測を行う。

a. 開発課題と解決法

 抗体産生の大きな目的の1つにヒト疾患の医療/治療がある。抗体作製の手法として、ヒトに有害な抗原を免疫して抗体を得ることは倫理上許されないので、通常はマウス、ウサギ、ヤギ等の実験動物を利用してポリクローナル抗体を得たり、抗体産生細胞を取り出し骨髄腫細胞とのハイブリドーマを作製してモノクローナル抗体を取得する。このようにして得た免疫グロブリンは、用いた動物種に特徴的な配列を有しているので、そのままヒトに投与するとヒト免疫系により異物として認識され、ヒト抗動物抗体応答が起こる。従って、動物抗体をヒトに繰り返し投与することはできない。ヒトに投与するためには、抗体の抗原認識特異性を維持したままで、異物認識応答を起こさないように抗体分子を修飾する必要があるという課題があり、これに対して様々な手法が開発されてきた。

 解決法1.由来の異なる可変領域と定常領域のキメラ化

 免疫原性の軽減のために、当初は動物由来の抗体の可変領域をヒト由来の定常領域に接合した「キメラ抗体」が提案された(特開平7-194384)。しかしながら、キメラ抗体は依然として非ヒト由来のアミノ酸残基を多数残しているため、完全に異物認識を回避することはできなかった。そこで、可変部領域の抗原性をアミノ酸置換によりヒトの抗原性に変換し、リガンド結合性は損なうことなく免疫原性を低下させる方法が提示された(特開平8-280387)。

 解決法2.CDRの移植による再構成化

 次に、動物抗体(ドナー)由来の相補性決定領域CDR部分のみをヒト由来の抗体(アクセプター)に移植する方法(再構成)が提案されたが、一般的に抗原に対する免疫グロブリン活性を維持するためには、CDRの移植のみでは不十分な場合が多い。CDR領域の立体構造に関するX線結晶解析の知見からCDR移植を行う場合、CDRのみならずフレームワーク部分の一部のアミノ酸を、ドナーのそれに合わせる必要性が指摘されている(特許2828340、特開平11-4694、特開平11-243955)。

 免疫グロブリン発明においては、異物認識応答回避のためアミノ酸配列を改変しヒト抗体に近づける手法が「ヒト化」であるが、キメラ抗体、再構成抗体を共にヒト化抗体としているケース、再構成抗体のみをヒト化抗体としているケース、再構成抗体をもキメラと称しているケース等、必ずしも区別は厳密ではなく、請求項、明細書から読み解くほかはない。この他、非免疫グロブリンタンパク質に少なくとも抗原結合部位を連結したものもキメラあるいはハイブリッドと称している(特許2714786、特許2865645)。

 解決法3.トランスジェニック動物によるヒト抗体の産生

 上記の解決法1、2は基本的に異種動物由来の抗体の一部をヒト抗体に移植することにより、ヒト抗体に近づけるというコンセプトにたっている。近年の動物のクローン化技術の進歩により、異種動物にヒト抗体をそのものを生産させることが可能になってきた。すなわち、動物が本来有している免疫グロブリン遺伝子を破壊したノックアウト動物を作製し、そこにヒト免疫グロブリン遺伝子を導入し、ヒト抗体を産生させようというものである(特開平10-146194、特開平10-155492、特許2938569、特開平11-206387、特表平8-509612、特表平11-505107)。

b. 将来予測

 近年、分析分野においては、環境ホルモン、遺伝子組換え食品の検定、DNAマイクロアレイ、マイクロトータルアナリシスシステムといった、いずれも「微量」を特徴とする分析課題が登場してきている。これらの中には既に、検出手段として免疫反応利用技術を取り入れているものもあるが、技術自体がまだ発展途上にあるものもあり、今後の進展に応じて要求される感度、特異性が変わってくるものと考えられる。

 また、医薬分野においても従来は、抗体のリガンドとなる生体物質、成分は、生体試料から複数の精製段階を経て、ようやく微量が入手できる状況であったが、ゲノム科学の進展により遺伝子の特定が進み、組換え手法を用いて大量に入手することが容易となり、従って抗体を作製するのも特殊な技法ではなくなりつつある。新規に発見される遺伝子産物に対する抗体作製についても同様であろう。これからは、ただ単純に抗体を作製するというより、目的にあった抗体(特異性、親和性)をコントロールし、いかに効率よく作製するかということが問題になってくるものと考えられる。

 そのための技術課題としては、第一段階としては、既存の方法で作製した抗体群の中から目的にかなった抗体を効率よく取得するための、スクリーニングの自動化、ハイスループット化といった高速大量処理技術が、次の段階としては3次元の立体構造を踏まえてテーラーメード抗体をデザインし、それをコードする分子を設計する技術が重要になってくると考えられる。