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2.5 ウイルス
2.5.1 技術開発の内容
ウイルスとは、遺伝情報を担う核酸(DNAまたはRNA)とそれを囲むタンパク質の殻(キャプシッド)をもち、特定の細胞(宿主)内でのみ複製する、 細菌より小さい病原体をいう。その種類は多種多様にわたり、動物、植物、微生物を問わず、ほとんどすべての生物にウイルスが見いだされている。また新しいウイルスの発見も続いている。
ウイルスの分類は、主にゲノムの性状(核酸の種類、一本鎖か二重鎖か、直鎖状か環状か、分節型か否かなど)、粒子構造(形、構成タンパクの種類、エンベロープの有無など)、感染する宿主などによって行われている。ここではD.ボルチモアの核酸による分類図を図2.5.1-1に示す。遺伝子工学的立場から見て簡単で本質的な分類法である。メッセンジャーRNA(mRNA)の鎖を+としそれに相補的な配列を−とし、それぞれのウイルスがmRNAを合成する道筋を示している。

以下の記載に現れる主なウイルスを例として挙げ、簡単に説明する。
| クラスI(二重鎖DNA): | ポックス、ヘルペス、アデノウイルスなど(動物)バキュロウイルス(環状、昆虫)、カリフラワーモザイクウイルス(植物)など、ベクター構築に利用されるのはこのクラスが多い。 |
| クラスII(一本鎖DNA): | アデノ随伴ウイルス、デンソウイルスなど。 |
| クラスIII(±RNA): | ロタウイルスなど。 |
| クラスIV(+RNA): | ポリオ、A型肝炎、風疹、日本脳炎ウイルスなどキュウリモザイク、ジャガイモY、タバコモザイクウイルスなど多くの植物ウイルスがこのクラスに属する。分節しているものがある。 |
| クラスV(−RNA): | 麻疹、狂犬病、インフルエンザA(分節)、Bウイルスなど。 |
| クラスVI(+RNA): | レトロウイルス類。逆転写酵素をもつ。 |
ウイルスは人間や動植物に病気を引き起こす。従ってウイルス利用の最初の技術は病気に対抗するためのワクチンの製造であった。ウイルスが発見されるはるか以前からワクチンは製造された。ジェンナーの種痘(1748年)やパスツールの狂犬病ワクチン(1885年)がそれである。ウイルス病には化学療法が効きにくいことから、現代でもワクチンは予防や治療に重要な手段である。
ワクチンには従来から不活化ワクチンと生ワクチンが使われてきた。前者は物理的または化学的手段(例 ホルマリン)で抗原性は失わずに感染性をなくしたものであり、パスツールのワクチンはこれにあたる。後者は生きているが弱毒化したウイルスで、種痘はこの一例に属するが、現在では動物や培養細胞で継代培養を繰返して弱毒化したものや、組換えによって弱毒化したものが使われている。
不活化ワクチンは接種量が比較的多いため、生残りウイルスがわずかでもあると危険で、ポリオのソークワクチンでは1955年に悲劇的な感染事故を起した。以来セービンの生ワクチンが使われている。生ワクチンの場合は接種量は少なくてよいが、元の強毒株に戻らない、遺伝的に安定な弱毒株であることが肝要である。既に生ワクチンとしてはポリオ、麻疹、風疹、耳下腺炎、水痘用が、不活化ワクチンとしては、日本脳炎、インフルエンザHA、A型肝炎、B型肝炎、狂犬病用が市販されている。最近では試験管内遺伝子組換え技術の発展により多くの安全なワクチンが提案されている。(RNAウイルスの場合には逆転写酵素でcDNAとして遺伝子操作に用いる)。
ウイルスは標的細胞に遺伝子を注入することができるため、ワクチン以外にもベクターとして種々の使い道がある。有用タンパク質を適当な細胞系で発現させる例も多いし、さらにはウイルスをベクターとして用いる遺伝子治療も既に始っている。
本節では1977〜99年7月までに公開された出願を対象にして展望する。
ウイルスの利用は分離、培養、精製に始まり、ワクチン類の開発へと続く。ウイルスから抗原タンパク質の遺伝子を分離してそのタンパク質を生産しワクチンにする(コンポーネントワクチン)とか、他の確立された弱毒ウイルスに組込んで多価生ワクチンを作るとか、抗原の特定のエピトープ部分に対するワクチンとか、細胞内に入って抗原を生産する組換えプラスミド(DNAワクチン)など、種々の新しい試みが提案されている。
一方ウイルスをベクターとして使用する立場からは、新しい発現ベクターの構築、有用タンパク質の生産系、細胞内薬剤供給系、遺伝子治療系の確立などが進められている。ただし対象がヒトかその他の動物か、あるいは植物かによって開発の重点は大いに異なる。ヒトを対象とする分野では多くのウイルスに対する安全なワクチンの開発が進められているが、この間の特に大きな話題はヒト免疫不全ウイルスすなわちエイズウイルス(特許2727212)の発見や、以前は非A非B型といっていたC型肝炎ウイルス(特許2843318)の発見に関するものであろう。また治療目的で細胞に特定のタンパク質の生産性を導入する発現ベクターの考案も増えてきた。その最たるものは遺伝子治療であろう。マウス白血病ウイルスを改変した欠損レトロウイルス(特許2773833)を用いての先天性免疫不全症の治療は一定の成果を挙げた。
家畜、家禽対象では疾病予防、治療のための生ワクチン開発が圧倒的に多い。昆虫ウイルスではカイコ多角体バキュロウイルスをベクターとして有用タンパク質を虫体内で大量に生産する系の特許出願が目立つ。養蚕業の伝統から日本が優位にある分野である。植物界では弱毒ウイルスの選択による耐性植物の開発が主であるが、殺虫タンパク質の導入による害虫に耐性の植物も既に完成している。
