第Ⅲ部 特許要件 第1章 発明該当性及び産業上の利用可能性
特許法第29条第1項柱書は、産業上利用することができる発明をした者がその発明について特許を受けることができることを規定している。特許法における「発明」は、第2条第1項において、「自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のもの」と定義されている。この定義にいう「発明」に該当しないものに対しては特許が付与されない。また、この定義にいう「発明」に該当するものであっても、特許法の目的が産業の発達にあることから(第1条)、特許を受けようとする発明は、産業上利用することができる発明でなければならない。
第29条第1項柱書に規定されている特許要件は、以下の二つである。
この章では、発明該当性及び産業上の利用可能性の判断について取り扱う。
なお、この章においては、発明該当性の要件を満たすものを「発明」と表記することとする。「請求項に係る発明」という用語における発明という記載は、発明該当性の要件を満たすものを意味するわけではない。
発明該当性の要件についての判断の対象は、請求項に係る発明である。
審査官は、請求項に係る発明が2.1のいずれかの類型に該当する場合は、発明該当性の要件を満たさないと判断する。請求項に係る発明がコンピュータソフトウエアを利用するものである場合は、2.2を参照。
審査官は、特許請求の範囲に二以上の請求項がある場合は、請求項ごとに、発明該当性の要件についての判断をする。
なお、「発明」の定義中の「高度のもの」は、主として実用新案法における考案と区別するためのものである。よって、審査官は、発明該当性の判断においては、考慮する必要はない。
「発明」といえるためには、「自然法則を利用した技術的思想の創作」である必要がある。以下の(ⅰ)から(ⅵ)までの類型に該当するものは、「自然法則を利用した技術的思想の創作」ではないから、「発明」に該当しない。
「発明」は、自然法則を利用したものでなければならないから、エネルギー保存の法則、万有引力の法則などの自然法則自体は、「発明」に該当しない。
「発明」は、創作されたものでなければならないから、発明者が目的を意識して創作していない天然物(例:鉱石)、自然現象等の単なる発見は、「発明」に該当しない。
しかし、天然物から人為的に単離した化学物質、微生物等は、創作されたものであり、「発明」に該当する。
請求項に係る発明を特定するための事項(以下この部において「発明特定事項」という。)の少なくとも一部に、エネルギー保存の法則などの自然法則に反する手段(例:いわゆる「永久機関」)がある場合は、請求項に係る発明は、「発明」に該当しない。
請求項に係る発明が以下の(ⅰ)から(ⅴ)までのいずれかに該当する場合は、その請求項に係る発明は、自然法則を利用したものとはいえず、「発明」に該当しない(例1及び例2参照)。
発明特定事項に自然法則を利用している部分があっても、請求項に係る発明が全体として自然法則を利用していないと判断される場合は、その請求項に係る発明は、自然法則を利用していないものとなる(例3から例6まで参照)。
逆に、発明特定事項に自然法則を利用していない部分があっても、請求項に係る発明が全体として自然法則を利用していると判断される場合は、その請求項に係る発明は、自然法則を利用したものとなる。
どのような場合に、全体として自然法則を利用したものとなるかは、技術の特性を考慮して判断される。
(自然法則を利用していないものの例)
チャットシステムという技術的手段を利用した部分があるが、全体としては、遠隔地にいる対局者との間で交互に手番を繰り返して将棋を行うという人為的な取決めのみを利用した方法にすぎないため、「発明」に該当しない。
コンピュータによる抽選という技術的手段を利用した部分があるが、全体としては、遊戯者が自己のカードに抽選で選択された数字があればチェックをして、いち早く一列の数字についてチェックを行った遊戯者を勝者とするというゲームのルールのみを利用した遊戯方法にすぎないため、「発明」に該当しない。
なお、情報の提示(提示それ自体、提示手段、提示方法等)に技術的特徴があるものは、情報の単なる提示に当たらない。
テストチャートそれ自体に技術的特徴がある。
エンボス加工によりプラスチックカードに刻印された情報を型押しすることで転写することができ、情報の提示手段に技術的特徴がある。
火山の爆発は、火口底においてウラン等が核分裂することに起因するという、誤った因果関係を前提としている。
(注) 「コンピュータソフトウエア」とは、コンピュータの動作に関するプログラム、その他コンピュータによる処理の用に供する情報であってプログラムに準ずるものをいう(第2条第4項の「プログラム等」に同じ。以下この章において、「コンピュータソフトウエア」は「ソフトウエア」ともいう。)。
ここで、「プログラム」とは、コンピュータ(電子計算機)に対する指令であって、一の結果を得ることができるように組み合わされたものをいう(第2条第4項)。
また、「プログラムに準ずるもの」とは、コンピュータに対する直接の指令ではないためプログラムとは呼べないが、コンピュータの処理を規定するものという点でプログラムに類似する性質を有するものをいう。例えば、データ構造(データ要素間の相互関係で表される、データの有する論理的構造)が「プログラムに準ずるもの」に該当することがある。
なお、「自然法則を利用した技術的思想の創作」であることから「発明」に該当する方法の手順をコンピュータに実行させるためのコンピュータソフトウエア又はその手順を実行するコンピュータ若しくはシステムは、通常、全体として自然法則を利用した技術的思想の創作であるため、「発明」に該当する。
なお、ビジネスを行う方法、ゲームを行う方法又は数式を演算する方法に関連するものは、コンピュータソフトウエアを利用している部分があっても、全体として自然法則を利用していない場合があるので、「自然法則を利用した技術的思想の創作」に該当するか否かを慎重に検討する必要がある(2.1.4 自然法則を利用していないものの例5及び6を参照。)。
(注)「ハードウエア資源」とは、処理、操作又は機能実現に用いられる物理的装置又 は物理的要素をいう。例えば、物理的装置としてのコンピュータ、その構成要素であるCPU、メモリ、入力装置、出力装置又はコンピュータに接続された物理的装置をいう。
産業上の利用可能性の要件についての判断の対象は、請求項に係る発明である。
審査官は、請求項に係る発明が3.1のいずれかの類型に該当する場合は、産業上の利用可能性の要件を満たさないと判断する。
審査官は、特許請求の範囲に二以上の請求項がある場合は、請求項ごとに、産業上の利用可能性の要件についての判断をする。
ここでいう「産業」は、広義に解釈される。この「産業」には、製造業、鉱業、農業、漁業、運輸業、通信業等が含まれる。
以下の(ⅰ)から(ⅲ)までのいずれかに該当する発明は、産業上の利用可能性の要件を満たさない。
人間を手術、治療又は診断する方法は、通常、医師(医師の指示を受けた者を含む。以下同じ。)が人間に対して手術、治療又は診断を実施する方法であって、いわゆる「医療行為」といわれているものである。
以下の(ⅰ)から(ⅲ)までのいずれかに該当する方法は、「人間を手術、治療又は診断する方法の発明」に該当する。
また、以下の(a)及び(b)の方法は、上記「人間を手術、治療又は診断する方法の発明」に含まれる。
なお、手術、治療又は診断する方法の対象が動物一般であっても、人間が対象に含まれないことが明らかでなければ、「人間を手術、治療又は診断する方法の発明」として取り扱われる。
人間を手術する方法には、以下のものが含まれる。
なお、人間を手術する方法には、美容又は整形のための手術方法のように、治療や診断を目的としないものも含まれる。
人間を治療する方法には、以下のものが含まれる。
人間を診断する方法は、医療目的で以下の(ⅰ)又は(ⅱ)について判断する工程を含む方法をいう。
例:MRI検査で得られた画像を見て脳梗塞であると判断する方法
以下の(ⅰ)又は(ⅱ)に該当する発明は、「業として利用できない発明」に該当する。
理論的にはその発明を実施することが可能であっても、その実施が実際上考えられない発明は、「実際上、明らかに実施できない発明」に該当する。
例:オゾン層の減少に伴う紫外線の増加を防ぐために、地球表面全体を紫外線吸収プラスチックフイルムで覆う方法
上記3.1のいずれの類型にも該当しない発明は、原則として、産業上の利用可能性の要件を満たす発明である。以下に、「人間を手術、治療又は診断する方法の発明」に該当しない発明及び「業として利用できない発明」に該当しない発明の類型を示す。
医療機器、医薬自体は、物であり、「人間を手術、治療又は診断する方法」に該当しない。これらを複数組み合わせた物も、「人間を手術、治療又は診断する方法」に該当しない。
医療機器の作動方法は、医療機器自体に備わる機能を方法として表現したものであり、「人間を手術、治療又は診断する方法の発明」に該当しない。ここでいう「医療機器の作動方法」には、医療機器内部の制御方法に限らず、医療機器自体に備わる機能的又はシステム的な作動(例:操作信号に従った切開手段の移動や開閉作動又は放射線、電磁波、音波等の発信や受信)が含まれる。
(注)発明特定事項として、以下の(ⅰ)又は(ⅱ)のいずれかの工程を含む方法は、ここでいう「医療機器の作動方法」には該当しない。
人間の身体の各器官の構造又は機能を計測する等して人体から各種の資料を収集するための以下の(ⅰ)又は(ⅱ)の方法は、「人間を診断する方法」に該当しない。
ただし、医療目的で以下の(a)又は(b)について判断する工程を含む場合を除く。
また、このような方法であっても、人間を手術する方法に該当する工程又は人間を治療する方法に該当する工程を含む方法は、「人間を手術する方法」又は「人間を治療する方法」に該当する。
(「人間を診断する方法」に該当しない方法の例)
人間から採取したもの(例:血液、尿、皮膚、髪の毛、細胞、組織)を処理する方法又はこれを分析するなどして各種データを収集する方法であって、以下の(ⅰ)又は(ⅱ)の方法は、「人間を手術、治療又は診断する方法の発明」に該当しない。
市販又は営業の可能性があるものは、「業として利用できない発明」に該当しない。
「髪にウエイブをかける方法」のように、個人的に利用され得るものであっても、営業の可能性があるものは、3.1.2(ⅰ)の「個人的にのみ利用される発明」に該当しない。また、学校において使用される「理科の実験セット」のように、実験に利用されるものであっても、市販又は営業の可能性があるものは、3.1.2(ⅱ)の「学術的、実験的にのみ利用される発明」に該当しない。
出願人は、請求項に係る発明が第29条第1項柱書の要件を満たさないために特許を受けることができない旨の拒絶理由通知に対して、手続補正書を提出して特許請求の範囲について補正をしたり、意見書等により反論、釈明したりすることができる。
補正や、反論、釈明により、請求項に係る発明が第29条第1項柱書の要件を満たすとの心証を、審査官が得られる状態になった場合は、拒絶理由は解消する。そうでない場合は、請求項に係る発明が第29条第1項柱書の要件を満たさないために特許を受けることができない旨の拒絶理由に基づき、拒絶査定をする。