第Ⅲ部 特許要件  第5章 不特許事由

第5章 不特許事由(特許法第32条)

1. 概要

特許法第32条は、産業上利用することができるような発明であっても、公の秩序、善良の風俗又は公衆の衛生(以下この章において「公序良俗等」という。)を害するような発明について、特許を受けることができないことを規定している。本条は、公益的な理由から不特許事由について規定したものである。

公序良俗等を害するといえるか否かは、国家社会の一般的利益や道徳観、倫理観(以下この章において「道徳観等」という。)に関わるものである。このような道徳観等は時代とともに変遷し、また、人により異なり得る。したがって、本条違反により拒絶査定をすべきものと判断されると、発明の技術的な評価とは関係せず、時代とともに変遷し、また、人により異なり得る道徳観等という規範的な価値観のみに基づいて、不利益処分が課されることになる。こうした点を考慮し、審査官は、2. (2) に示すように、請求項に係る発明が不特許事由に該当する旨の判断を抑制的に行う。

また、知的所有権の貿易関連の側面に関する協定(以下この章において「TRIPS協定」という。)第27条(2)は、加盟国が「公の秩序又は善良の風俗を守ること(人、動物若しくは植物の生命若しくは健康を保護し又は環境に対する重大な損害を回避することを含む。)を目的として、商業的な実施を自国の領域内において防止する必要がある発明を特許の対象から除外すること」を許容している。しかし、同条(2)ただし書は、「その除外が、単に当該加盟国の国内法令によって当該実施が禁止されていることを理由として行われたものでないことを条件とする。」と規定している。したがって、2. (3) に示すように、審査官は、その発明の実施が単に我が国の法令によって禁止されていることを理由として、不特許事由に該当すると解釈し、不特許事由に該当する旨の拒絶理由通知、拒絶査定等をしてはならない。

2. 不特許事由に該当するか否かの判断

3. 不特許事由に該当するか否かの判断に係る審査の進め方

審査官は、請求項に係る発明が公序良俗等を害するものであることが明らかであるとの心証を得た場合は、請求項に係る発明が第32条の規定により特許を受けることができない旨の拒絶理由通知をする。

出願人は、これに対して、手続補正書を提出して特許請求の範囲について補正をしたり、意見書により反論、釈明をしたりすることができる。

補正や、反論、釈明により、請求項に係る発明が公序良俗等を害するものであることが明らかであるとの心証を、審査官が得られない状態になった場合は、拒絶理由は解消する。審査官は、心証が変わらない場合は、第32条の規定により特許を受けることができない旨の拒絶理由に基づき、拒絶査定をする。