第Ⅸ部 特許権の存続期間の延長 第1章 期間補償のための特許権の存続期間の延長
特許制度の目的は、発明者にその発明に係る技術を公開することの代償として一定期間その権利の専有を認めることによって発明を保護・奨励し、もって産業の発達に寄与することにある。
特許権は審査を経て登録されるが、審査には一定の期間を要することが想定され、通常、この一定の期間内で審査は終了している。しかし、出願人の書類提出の状況や特許庁での審査状況等によって、特許出願から特許査定を経て特許権の設定登録がされるまでにこの想定される一定の期間よりも長い時間を要するものが生じる可能性がある。
特許権の存続期間は、特許出願の日から20年をもって終了する(第67条第1項)。一方、特許権の差止請求や損害賠償請求等の権利行使は、設定登録により権利が発生してから可能となるため、特許権の設定登録が、想定される一定の期間を超えた時期にされた場合には、特許権者にとっては権利行使が可能である期間が短くなることになる。
特許権者が権利行使できない期間について特許権の存続期間の延長を行うことは、特許権者にとって利益となる。他方、特許権の権利行使をされる可能性のある第三者にしてみれば、いたずらに特許権の存続期間が延長されることとなると、事業の安定性等に影響する可能性もある。
そこで、特許法は、特許権者の権利行使の期間を十分確保する一方で、存続期間の延長による出願人間の公平性、第三者への影響等を考慮し、特許権の設定登録が特許出願の日から起算して5年を経過した日又は出願審査の請求があった日から起算して3年を経過した日のいずれか遅い日(以下「基準日」という。)以後になされたときは、延長登録の出願により存続期間を延長できることとした(第67条第2項)。そして、延長することができる期間は、基準日から特許権の設定登録の日までの期間に相当する期間から、第67条第3項各号に掲げる期間を合算した期間に相当する期間を控除した期間(以下「延長可能期間」という。)を超えない範囲内の期間とすることとした(第67条第3項)。
期間補償のための特許権の存続期間の延長登録の出願(以下この部において、「期間補償のための延長登録の出願」ということがある。)の出願人は特許権者に限られる(第67条の3第1項第3号)。
特許権が共有に係るときは、各共有者は、他の共有者と共同でなければ、期間補償のための延長登録の出願をすることができない(第67条の2第4項)。
期間補償のための延長登録の出願は、特許権の設定登録の日から3月を経過する日までの期間以内にしなければならない。ただし、期間補償のための延長登録の出願をする者がその責めに帰することができない理由により当該期間内に出願をすることができないときは、その理由がなくなった日から14日(在外者にあっては、2月)を経過する日までの期間(当該期間が9月を超えるときは、9月)内にしなければならない(第67条の2第3項)。また、特許権の存続期間の満了後は、期間補償のための延長登録の出願をすることができない。
設定登録が基準日以後にされた特許権が、期間補償のための延長登録の出願の対象となる(第67条第2項)。
基準日は、特許出願の日から起算して5年を経過した日又は出願審査の請求があった日から起算して3年を経過した日のいずれか遅い日である(第67条第2項)。
通常、特許出願の日は、現実の出願の日を意味する。分割出願、変更出願、実用新案登録に基づく特許出願及び先願参照出願については、形式的要件が満たされた上で特許権の設定登録がされているので、以下のとおり、実体的要件によって出願日が認定される。
分割出願について、分割要件のうち実体的要件が満たされている場合は、原出願の日が特許出願の日とみなされる。他方、実体的要件が満たされていない場合は、現実の出願の日が特許出願の日となる。
変更出願について、出願の変更の要件のうち実体的要件が満たされている場合は、原出願の日が特許出願の日とみなされる。他方、実体的要件が満たされていない場合は、現実の出願の日が特許出願の日となる。
実用新案登録に基づく特許出願について、実用新案登録に基づく特許出願の要件のうち実体的要件が満たされている場合は、その実用新案登録に係る実用新案登録出願の日が特許出願の日とみなされる。他方、実体的要件が満たされていない場合は、現実の出願の日が特許出願の日となる。
先願参照出願について、先願参照出願の実体的要件が満たされている場合は、先願参照出願の願書の提出日が特許出願の日になる。他方、実体的要件が満たされていない場合は、明細書又は図面の提出日が特許出願の日になる。
期間補償のための延長登録の出願をしようとする者は、次に掲げる事項を記載した願書を特許庁長官に提出しなければならない(第67条の2第1項及び特許法施行規則第38条の14の3第1項)。
願書には、延長を求める期間の算定の根拠を記載した書面を添付しなければならない(第67条の2第2項)。なお、願書に必要な事項を記載することで、延長を求める期間の算定の根拠を記載した書面の添付を省略することができる(特許法施行規則第38条の14の4第2項)。
願書に添付しなければならない延長を求める期間の算定の根拠を記載した書面には、次に掲げる事項を記載しなければならない(特許法施行規則第38条の14の4)。
期間補償のための延長登録の出願があったときは、存続期間は延長されたものとみなされる。ただし、拒絶査定が確定したとき、又は存続期間の延長がなされたときは、この擬制的な効果は排除される(第67条の2第5項)。
期間補償のための延長登録の出願があったときは、第67条の2第1項各号に掲げる事項が特許公報に掲載される(第67条の2第6項)。
また、第67条の3第3項に規定される延長登録があったときには、同条第4項各号に掲げる事項が特許公報に掲載される(第67条の3第4項)。
審査官は、期間補償のための延長登録の出願の審査に当たり、期間補償のための延長登録の出願が以下の(1)から(4)までに示す第67条の3第1項各号のいずれかに該当するか否かを判断する。期間補償のための延長登録の出願が、以下の(1)から(4)までのいずれかに該当する場合は、拒絶理由が生じる。
特許権の設定登録が基準日より前になされた場合は、第67条の3第1項第1号に該当し拒絶理由が生じる。
延長可能期間とは、基準日から特許権の設定登録の日までの期間に相当する期間から、第67条第3項各号に掲げる期間を合算した期間に相当する期間を控除した期間(第67条第3項)である。
第67条第3項各号に掲げる期間とは、その特許出願に係る以下の(i)から(x)に掲げる期間である。
特許法(第39条第6項及び第50条を除く。)、実用新案法若しくは工業所有権に関する手続等の特例に関する法律又はこれらの法律に基づく命令の規定による通知又は命令(特許庁長官又は審査官が行うものに限る。)があった場合において当該通知又は命令を受けた場合に執るべき手続が執られたときにおける当該通知又は命令があった日から当該執るべき手続が執られた日までの期間が第67条第3項第1号に掲げられている(手続を執るべき期間が延長された場合も含む。)。
上記のとおり、上記通知又は命令には、第50条に規定される拒絶理由通知や第39条第6項に規定される特許庁長官名での協議の指令は含まれないので、これらを受けた場合に執るべき手続によって生じた期間は控除されない。
特許法又はこの法律に基づく命令(以下「特許法令」ともいう。)の規定による手続を執るべき期間の延長があった場合における当該手続を執るべき期間が経過した日から当該手続をした日までの期間が第67条第3項第2号に掲げられている。
上記(i)で示したとおり、第50条に規定される拒絶理由通知や第39条第6項に規定される特許庁長官名での協議の指令を受けた場合に執るべき手続によって生じた期間は控除されない。しかし、これらの手続を執るべき期間の延長によって生じた期間は控除される。
特許法令の規定による手続であって当該手続を執るべき期間の定めがあるものについて特許法令の規定により出願人が当該手続を執るべき期間の経過後であっても当該手続を執ることができる場合において当該手続をしたときにおける当該手続を執るべき期間が経過した日から当該手続をした日までの期間が第67条第3項第3号に掲げられている。
特許法若しくは工業所有権に関する手続等の特例に関する法律又はこれらの法律に基づく命令(以下「特許法関係法令」ともいう。)の規定による処分又は通知について出願人の申出その他の行為(注)により当該処分又は通知を保留した場合における当該申出その他の行為があった日から当該処分又は通知を保留する理由がなくなった日までの期間が第67条第3項第4号に掲げられている。
特許法令の規定による特許料又は手数料の納付について当該特許料又は手数料の軽減若しくは免除又は納付の猶予の決定があった場合における当該軽減若しくは免除又は納付の猶予に係る申請があった日から当該決定があった日までの期間が第67条第3項第5号に掲げられている。
第38条の4第7項の規定による明細書等補完書の取下げがあった場合における当該明細書等補完書が第38条の4第3項の規定により提出された日から第38条の4第7項の規定により当該明細書等補完書が取り下げられた日までの期間が第67条第3項第6号に掲げられている。
拒絶査定不服審判の請求があった場合における次の(vii-1)から(vii-3)までに掲げる区分に応じて当該(vii-1)から(vii-3)までに定める期間が第67条第3項第7号に掲げられている。
特許法関係法令の規定による処分について行政不服審査法の規定による審査請求に対する裁決が確定した場合における当該審査請求の日から当該裁決の謄本の送達があった日までの期間が第67条第3項第8号に掲げられている。
特許法関連法令の規定による処分について行政事件訴訟法の規定による訴えの判決が確定した場合における当該訴えの提起の日から当該訴えの判決が確定した日までの期間が第67条第3項第9号に掲げられている。
特許法令の規定による手続が中断し、又は中止した場合における当該手続が中断し、又は中止した期間が第67条第3項第10号に掲げられている。
なお、第67条第3項各号に掲げる期間については、経済安全保障推進法第82条第4項において読み替えて以下の(xi)の期間が追加で規定されている。
経済安全保障推進法第70条第1項の規定による通知を受けた日から同法第77条第2項の規定による通知を受けた日までの期間
第67条第3項各号に掲げる期間のうち重複する期間がある場合には、第67条第3項各号に掲げる期間を合算した期間に相当する期間から、当該重複する期間を合算した期間を除くものとする。
審査官は、延長を求める期間の算定の根拠を記載した書面の記載を参照して、自ら、暦に従って延長可能期間(年月日で表された期間)を算定する。そして、願書に記載された延長を求める期間(年月日で表された期間)と算定された延長可能期間を対比し、延長を求める期間が延長可能期間を超えているか否かを判断する。
提出された延長を求める期間の算定の根拠を記載した書面を考慮した結果、出願人が延長を求める期間が延長可能期間を超えていると判断された場合は、第67条の3第1項第2号に該当し拒絶される。
延長を求める期間については、延長可能期間を超えていなければよく、両者が一致している必要はない。
また、基準日から特許権の設定登録の日までの期間に相当する期間よりも第67条第3項各号に掲げる期間を合算した期間に相当する期間が長い場合は、延長可能期間がないため、第67条の3第1項第2号に該当し拒絶される。
期間補償のための延長登録の出願を特許権者以外の者がした場合は、第67条の3第1項第3号に該当し拒絶理由が生じる。
共有に係る期間補償のための延長登録の出願を共有者のうちの一部の者のみがした場合は、第67条の3第1項第4号に該当し拒絶理由が生じる。
審査官は、期間補償のための延長登録の出願が第67条の3第1項各号のいずれかに該当するときは、出願人に対し、拒絶の理由を通知し、相当の期間を指定して、意見書を提出する機会を与えなければならない(第67条の4において準用する第50条)。
手続をした者は、事件が特許庁に係属している場合に限り、その補正をすることができる(第17条第1項)ため、期間補償のための延長登録の出願をした者は、出願が特許庁に係属している限り、随時その補正をすることができる。
期間補償のための延長登録の出願の審査では、どの特許権を延長するかが最も重要な点である。そのため、特許権を特定するための事項(例えば、特許番号)が出願時に願書又は延長を求める期間の算定の根拠を記載した書面に記載されていれば、その事項から把握できる範囲内で願書又は延長を求める期間の算定の根拠を記載した書面を訂正する補正が認められる。
審査官は、意見書等を参酌しても、依然として期間補償のための延長登録の出願が第67条の3第1項各号のいずれかに該当するときは、その出願について拒絶をすべき旨の査定をしなければならない(第67条の3第1項)。
審査官は、期間補償のための延長登録の出願について拒絶の理由を発見しないときは、延長登録をすべき旨の査定をしなければならない(第67条の3第2項)。
当該査定があったときは、延長登録がなされ(第67条の3第3項)、次に掲げる事項が特許公報に掲載される(第67条の3第4項)。