第Ⅸ部 特許権の存続期間の延長 第2章 医薬品等の特許権の存続期間の延長
特許制度の目的は、発明者にその発明に係る技術を公開することの代償として一定期間その権利の専有を認めることによって発明を保護・奨励し、もって産業の発達に寄与することにある。
しかしながら、医薬品等一部の分野では、安全性の確保等を目的とする法律の規定による許可等を得るにあたり所要の試験・審査等に相当の長期間を要するため、その間はたとえ特許権が存続していても権利の専有による利益を享受できないという問題が生じている。
このような法規制そのものは、その趣旨からして必要欠くべからざるものであるが、その結果として医薬品等の分野では、その分野全体として、本来享受できるはずの特許期間がその規制に係る分だけ享受しえないこととなっている。しかも、薬事審査等の期間の短縮にも、安全性の確保等の観点からおのずから限界がある。
こうした事態は、特許制度の基本に関わる問題であり、これを解決するためには、特許期間の延長措置が必要である。
そこで、特許法は、安全性の確保等を目的とする法律の規定による許可その他の処分であってその目的、手続等からみて当該処分を的確に行うには相当の期間を要するものとして政令で定める処分を受けることが必要であるために、特許発明の実施をすることができない期間があったときは、5年を限度として、延長登録の出願により当該特許権の存続期間(注)を延長することができることとした(第67条第4項)。
このように、特許権の存続期間の延長制度は、第67条第4項の政令で定める処分(以下この章において、単に「政令で定める処分」又は「処分」ということがある。)を受けるために特許発明を実施することができなかった期間を回復することを目的とするものである(最一小判平成23年4月28日(平成21年(行ヒ)326号・民集65巻3号1654頁)、最三小判平成27年11月17日(平成26年(行ヒ)356号・民集69巻7号1912頁))。
政令で定める処分としては、以下の二つが規定されている(特許法施行令第2条)。
医薬品等の特許権の存続期間の延長登録の出願(以下この章において、単に「医薬品等に係る延長登録の出願」ということがある。)の出願人は特許権者に限られる(第67条の7第1項第4号)。
特許権が共有に係るときは、各共有者は、他の共有者と共同でなければ、医薬品等に係る延長登録の出願をすることができない(第67条の5第4項において準用する第67条の2第4項)。なお、特許権者又はその特許権についての専用実施権若しくは通常実施権を有する者が第67条第4項の政令で定める処分を受けていなければならない(第67条の7第1項第2号)。
医薬品等に係る延長登録の出願は、第67条第4項の政令で定める処分を受けた日(注)から3月以内にしなければならない。ただし、特許権の存続期間の満了後は、することができない(第67条の5第3項及び特許法施行令第3条)。また、医薬品等に係る延長登録の出願をする者がその責めに帰することができない理由により政令で定める処分を受けた日から3月以内にその出願をすることができないときは、その理由がなくなった日から14日(在外者にあっては、2月)を経過する日までの期間(当該期間が9月を超えるときは、9月)内にしなければならない(特許法施行令第3条)。
なお、医薬品等に係る延長登録の出願をしようとする者は、特許権の存続期間(期間補償のための延長の期間を加えない)の満了前6月の前日までに政令で定める処分を受けることができないと見込まれるときは、次に掲げる事項を記載した書面をその日までに提出しなければならない。(第67条の6第1項及び特許法施行規則第38条の16の2)
上記書面を提出しないときは、特許権の存続期間(期間補償のための延長の期間を加えない)の満了前6月以後に医薬品等に係る延長登録の出願をすることができない(第67条の6第2項)。
第67条第4項の政令で定める処分を受けることが必要であるために特許発明の実施をすることができなかった特許権が、医薬品等に係る延長登録の出願の対象となる。
医薬品等に係る延長登録の出願をしようとする者は、次に掲げる事項を記載した願書を特許庁長官に提出しなければならない(第67条の5第1項及び特許法施行規則第38条の15)。
上記(ⅳ)第67条第4項の政令で定める処分の内容には、延長登録の理由となる処分(例えば「医薬品医療機器等法第14条第1項に規定する医薬品に係る同項の承認」)、処分を特定する番号(例えば承認番号)、処分の対象となった物(注1)及びその処分においてその物の使用される特定の用途が定められている場合にあってはその用途(注2)を記載する。
また、(ⅴ)第67条第4項の政令で定める処分を受けた日については、2.2(注)を参照。
なお、医薬品等に係る延長登録の出願に係る特許発明の実施行為に該当する処分が複数ある場合(3.1.1(1)(ⅱ)参照)であって、他の処分との違いを明確にする必要があるときは、願書の記載事項により、その違いを明確にすることができる。例えば、医薬品の場合において、用法・用量を記載することにより他の処分との違いを明確にするときには、用途の欄に用法・用量を記載することができる。
願書には、延長の理由を記載した資料を添付しなければならない(第67条の5第2項)。
願書に添付しなければならない延長の理由を記載した資料は、次のとおりとする(特許法施行規則第38条の16)。
上記(ⅰ)から(ⅲ)までの資料は、それぞれ、以下の(1)から(3)までの内容を記載した資料であり、それらの記載内容を裏付けるための資料(以下の(4)参照)を含むものである。
医薬品等に係る延長登録の出願の対象となる特許権が存続していることを説明するため、特許権の設定登録の日、特許権の存続期間の満了日、特許料の納付状況等について記載する。
政令で定める処分を特定するのに必要な事項(延長登録の理由となる処分(以下この章において「本件処分」ということがある。)、処分を特定する番号、処分を受けた日)、処分の対象となった物及びその処分においてその物の使用される特定の用途が定められている場合にあってはその用途を記載する(2.4参照)。
出願人は、本件処分の対象となった医薬品類又は農薬が含まれると考える請求項を特定し、当該請求項の発明特定事項と医薬品類の承認書(以下の(4)(ⅱ)参照)又は農薬の登録票等(注)に記載された事項とを対比して、本件処分の対象となった医薬品類又は農薬が当該請求項に係る発明の発明特定事項の全てを備えていることを説明する(3.1.1(1)(ⅰ)参照)。
出願人は、自己が知っている先行処分と本件処分とを対比して、先行処分の対象となった医薬品類の製造販売又は農薬の製造・輸入が、本件処分の対象となった医薬品類の製造販売又は農薬の製造・輸入を包含しないことを説明する(3.1.1(1)(ⅱ)d参照)。
主要な事実及びその日付について説明する。
本件処分を受けることが必要であったために特許発明の実施をすることができなかった期間の根拠を説明する(3.1.3参照)。
なお、(ⅱ)、(ⅲ)の資料において、記載内容を裏付けるのに必要な部分は開示する。
医薬品等に係る延長登録の出願があったときは、存続期間は延長されたものとみなされる。ただし、拒絶査定が確定したとき、又は存続期間の延長がなされたときは、この擬制的な効果は排除される(第67条の5第4項において準用する第67条の2第5項)。
医薬品等に係る延長登録の出願があったときは、第67条の5第1項各号に掲げる事項並びにその出願の番号及び年月日が特許公報に掲載される(第67条の5第4項において準用する第67条の2第6項)。
また、第67条の6第1項に規定される書面が提出されたときは、同項各号に掲げる事項が特許公報に掲載される(第67条の6第3項)。
審査官は、医薬品等に係る延長登録の出願の審査に当たり、医薬品等に係る延長登録の出願が以下の(1)から(5)までに示す第67条の7第1項各号のいずれかに該当するか否かを判断する。医薬品等に係る延長登録の出願が、以下の(1)から(5)までのいずれかに該当する場合は、拒絶理由が生じる。
医薬品等に係る延長登録の出願が以下の(i)又は(ii)の何れかに該当する場合は、特許発明の実施に政令で定める処分を受けることが必要であったとは認められず、拒絶理由が生じる。
特許発明における発明特定事項と医薬品類の承認書又は農薬の登録票等に記載された事項とを対比した結果、本件処分の対象となった医薬品類又は農薬が、いずれの請求項に係る特許発明についてもその発明特定事項の全てを備えているといえない場合は、審査官は、拒絶理由を通知する。
本件処分及び先行処分の対象となった医薬品類の製造販売の行為又は農薬の製造・輸入の行為が医薬品等に係る延長登録の出願に係る特許発明の実施行為に該当する場合においては、以下のように考える。
医薬品等に係る延長登録の出願に係る特許発明の種類や対象に照らして、医薬品類又は農薬としての実質的同一性に直接関わることとなる審査事項について両処分を比較し、先行処分の対象となった医薬品類の製造販売又は農薬の製造・輸入が、本件処分の対象となった医薬品類の製造販売又は農薬の製造・輸入を包含すると認められるときは、医薬品等に係る延長登録の出願に係る特許発明の実施に本件処分を受けることが必要であったとは認められず、審査官は、拒絶理由を通知する。
これは、以下の考え方に基づくものである。
医薬品等の特許権の存続期間の延長登録の制度目的からすると、医薬品等に係る延長登録の出願に係る特許の種類や対象に照らして、医薬品類又は農薬としての実質的同一性に直接関わることとならない審査事項についてまで両処分を比較することは、当該医薬品類又は農薬についての特許発明の実施を妨げるとはいい難いような審査事項についてまで両処分を比較して、医薬品等の特許権の存続期間の延長登録を認めることとなりかねず、相当とはいえない。そうすると、先行処分の対象となった医薬品類の製造販売又は農薬の製造・輸入が、本件処分の対象となった医薬品類の製造販売又は農薬の製造・輸入を包含するか否かは、先行処分と本件処分の審査事項の全てを形式的に比較することによってではなく、医薬品等に係る延長登録の出願に係る特許発明の種類や対象に照らして、医薬品としての実質的同一性に直接関わることとなる審査事項について、両処分を比較して判断することが適切である。
先行処分の対象となった医薬品類の製造販売又は農薬の製造・輸入が、本件処分の対象となった医薬品類の製造販売又は農薬の製造・輸入と一部重複している場合も包含の一態様とする(3.1.1 (4)参照)。
本件処分と先行処分がされている場合において、医薬品等に係る延長登録の出願に係る特許発明の種類や対象に照らして、医薬品類又は農薬としての実質的同一性に直接関わることとなる審査事項について両処分を比較する。例えば、「実質的同一性に直接関わることとなる審査事項」として、以下のものが挙げられる。
医薬品等に係る延長登録の出願に係る特許権が複数の請求項を有している場合は、少なくともいずれか一の請求項について、特許発明の実施に政令で定める処分を受けることが必要であったことが認められなければならない。
したがって、医薬品等に係る延長登録の出願が3.1.1(1)(i)及び(ii)に該当しないことは、いずれか一の請求項において認められる必要がある。すなわち、いずれか一の請求項について、「(a)本件処分の対象となった医薬品類の製造販売の行為又は農薬の製造・輸入の行為が、医薬品等に係る延長登録の出願に係る特許発明の実施行為に該当すること」、及び、「(b)本件処分及び先行処分の対象となった医薬品類の製造販売の行為又は農薬の製造・輸入の行為が医薬品等に係る延長登録の出願に係る特許発明の実施行為に該当する場合において、先行処分の対象となった医薬品類の製造販売又は農薬の製造・輸入が、本件処分の対象となった医薬品類の製造販売又は農薬の製造・輸入を包含しないこと」が認められなければ、特許発明の実施に政令で定める処分を受けることが必要であったとは認められず、拒絶理由が生じる。
一の処分に対応する特許権が複数ある場合は、いずれの特許権についても、その特許発明の実施に処分を受けることが必要であったと認められる限りにおいて、それらの存続期間の延長登録が個別に認められる。
例えば、承認を受けた医薬品の有効成分に関する物質特許、その有効成分を承認された医薬用途に使用する医薬特許及びその有効成分の製造方法に関する製法特許がある場合は、いずれの特許権についても、その特許発明の実施に承認を受けることが必要であったと認められる限りにおいて、それらの存続期間の延長登録が個別に認められる。
一の特許権に対応する処分が複数ある場合は、それぞれの処分を受けることがその特許発明の実施に必要であったと認められれば、異なる複数の処分に基づく同一の特許権の存続期間の延長登録が処分ごとに認められる。
本件処分の対象となった医薬品類の製造販売又は農薬の製造・輸入が、先行処分の対象となった医薬品類の製造販売又は農薬の製造・輸入と一部重複している場合(例えば、本件処分の対象となった医薬品の効能・効果が上位概念であって、先行処分の対象となった医薬品の効能・効果が下位概念である場合)は、その重複部分を除いた特許発明の実施に、本件処分を受けることが必要であったと認められる。
よって、例えば、特許発明が「物質A」であって、本件処分が「有効成分として物質A、効能・効果として抗アレルギー性鼻炎」を備えた医薬品についてのものである場合は、「有効成分として物質A、効能・効果として抗慢性アレルギー性鼻炎」を備えた医薬品についての先行処分が存在しても、その重複部分を除いた特許発明の実施に本件処分を受けることが必要であったと認められる。
医薬品類又は農薬の製造に使用される、中間体、触媒及び製造装置に係る特許権は、延長の対象にならない。
中間体、触媒及び製造装置は、いずれも最終製品である医薬品類又は農薬に含まれるものではない。そして、医薬品医療機器等法、農薬取締法は、それぞれ、最終製品である医薬品類の製造販売、最終製品である農薬の製造・輸入を規制するものであって、中間体、触媒及び製造装置を使用する行為自体を規制するものではない。よって、上記のように取り扱う。
処分を共同で受けた複数の者のうち一部の者のみが特許権についての専用実施権又は通常実施権を有している場合であっても、特許権者又はその特許権についての専用実施権者若しくは通常実施権者が処分を受けていることに変わりはないわけであるから、第67条の7第1項第2号に該当することにはならない。
「特許発明の実施をすることができなかった期間」とは、政令で定める処分を受けることが必要であるために特許発明の実施をすることができなかった期間(第67条第4項)である。
この期間は、政令で定める処分を受けるのに必要な試験を開始した日又は特許権の設定登録の日のうちのいずれか遅い方の日から、承認又は登録が申請者に到達した日、すなわち申請者が現実にこれを了知し又は了知し得べき状態におかれた日(注)の前日までの期間である(最二小判平成11年10月22日(平成10年(行ヒ)43号・民集53巻7号1270頁)、 最二小判平成11年10月22日(平成10年(行ヒ)44号)参照)。
医薬品医療機器等法、農薬取締法は、それぞれ、医薬品類の承認、農薬の登録を受けるためには、試験成績に関する資料を提出して申請する旨規定しており、この成績を得るためには試験を行うことが必要である。また、特許発明は特許を受けている発明(第2条第2項)であるから、「特許発明の実施をすることができなかった期間」は、特許権の設定登録後の期間となる。このため、処分を受けるのに必要な試験に要した期間と処分の申請から処分を受けるまでの期間を合わせた期間のうち、特許権の設定登録の日以降の期間が、「特許発明の実施をすることができなかった期間」となる。
この期間内であっても、処分を受けるのに必要ではなかったと認められる期間については、延長されない。
規制法の目的、趣旨及び内容により、多種多様な試験が行われているが、以下の(i)から(iii)までの全ての要件を満たす試験を行う期間でなければ、「特許発明の実施をすることができなかった期間」(注)に含めることはできない。
処分を受けるために必要な試験を開始した日とは、例えば、医薬品類の場合は、臨床試験を開始した日(治験計画の届出日等)、農薬の場合は、化合物名を明示してなされた委託圃場試験を開始した日(委託圃場試験の依頼日等)である。
特許発明の実施をすることができなかった期間が、承認又は登録が申請者に到達した日、すなわち申請者が現実にこれを了知し又は了知し得べき状態におかれた日の前日に終了するのは、規制法に基づく「禁止」状態が解除される日が承認又は登録が申請者に到達した日であるからである。
審査官は、延長の理由を記載した資料の記載を参照して、自ら、暦に従って特許発明の実施をすることができなかった期間(年月日で表された期間)を算定する。そして、願書に記載された延長を求める期間(年月日で表された期間)と算定された特許発明の実施をすることができなかった期間を対比し、延長を求める期間が特許発明の実施をすることができなかった期間を超えているか否かを判断する。
第67条の7第1項第3号の「特許発明の実施をすることができなかった期間」の判断においては、出願人が提出した資料のほかに、政令で定める処分の通常の到達過程が考慮される。提出された資料及び政令で定める処分の通常の到達過程を考慮した結果、出願人が延長を求める期間が政令で定める処分を受けることが必要なために特許発明の実施をすることができなかった期間を超えていると判断された場合は、第67条の7第1項第3号に該当し拒絶される。
延長を求める期間については、その期間が政令で定める処分を受けることが必要なために特許発明の実施をすることができなかった期間を超えていなければよく、両者が一致している必要はない。
また、承認又は登録が申請者に到達した日が特許権の設定登録の日以前である場合は、特許発明を実施することができなかった期間がないため、第67条の7第1項第3号に該当し拒絶される。
医薬品等に係る延長登録の出願を特許権者以外の者がした場合は、第67条の7第1項第4号に該当し拒絶理由が生じる。
共有に係る医薬品等に係る延長登録の出願を共有者のうちの一部の者のみがした場合は、第67条の7第1項第5号に該当し拒絶理由が生じる。
審査官は、医薬品等に係る延長登録の出願が第67条の7第1項各号のいずれかに該当するときは、出願人に対し、拒絶の理由を通知し、相当の期間を指定して、意見書を提出する機会を与えなければならない(第67条の8において準用する第67条の4において準用する第50条)。
手続をした者は、事件が特許庁に係属している場合に限り、その補正をすることができる(第17条第1項)ため、医薬品等に係る延長登録の出願をした者は、出願が特許庁に係属している限り、随時その補正をすることができる。
医薬品等に係る延長登録の出願の審査では、どの特許権をどの処分に基づいて延長するかが最も重要な点である。そのため、特許権及び処分を特定するための事項(例えば、特許番号及び処分の内容)が出願時に願書又は延長の理由を記載した資料に記載されていれば、その範囲内で願書又は延長の理由を記載した資料を訂正する補正が認められる。
審査官は、意見書等を参酌しても、依然として医薬品等に係る延長登録の出願が第67条の7第1項各号のいずれかに該当するときは、その出願について拒絶をすべき旨の査定をしなければならない(第67条の7第1項)。
審査官は、医薬品等に係る延長登録の出願について拒絶の理由を発見しないときは、延長登録をすべき旨の査定をしなければならない(第67条の7第2項)。
特許権の存続期間を延長した旨の登録があったときは、次に掲げる事項が特許公報に掲載される(第67条の7第4項)。