理 由 |
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1 本件商標 |
本件国際登録第1567402号商標(以下「本件商標」という。)は、別掲1のとおりの構成からなり、2020年(令和2年)12月1日に国際商標登録出願、第3類「Washing powder; cleaning preparations; grinding preparations; essential oils; cosmetic kits; beauty masks; potpourris [fragrances]; cosmetics for animals; air fragrancing preparations.」を指定商品として、令和3年(2021年)11月2日に登録査定、同4年(2022年)2月18日に設定登録されたものである。 |
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2 引用商標 |
登録異議申立人(以下「申立人」という。)が引用する商標は、以下の2件であり、いずれも申立人が被服、鞄、帽子、靴、身飾品など(以下「申立人商品」という。)について使用し、同人の業務に係る商品を表示するものとして需要者の間に広く認識されているとするものである。 |
(1)別掲2のとおりの構成からなる商標(以下「引用商標1」という。) |
(2)別掲3のとおりの構成からなる商標(以下「引用商標2」という。) |
以下、引用商標1及び引用商標2をまとめていうときは、「引用商標」という。 |
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3 登録異議の申立ての理由 |
申立人は、本件商標は商標法第4条第1項第15号、同項第19号及び同項第7号に違反して登録されたものであるから、その登録は同法第43条の2第1号により取り消されるべきであるとして、その理由を要旨次のように述べ、証拠方法として甲第1号証ないし甲第46号証(枝番号を含む。)を提出した。 |
(1)申立人及び引用商標について |
ア 申立人について |
申立人は、テルファー・クレメンス氏(以下「クレメンス氏」という。)が2005年に立ち上げたユニセックスのファッションブランド「テルファー(Telfar)」を運営・管理している企業である。テルファーは、多様性を尊重する価値観を打ち出し、特に若者の間において絶大な人気を博している。 |
イ 引用商標及びその周知性について |
(ア)引用商標について |
2014年に、クレメンス氏が、引用商標を鞄の正面部に大きくあしらった「テルファーバック」を発表すると、ニューヨーカーを中心に爆発的なヒットを記録し(甲4~甲6)、世界中のファッションニスタから絶大な支持を獲得した。テルファーは、約15,000円~50,000円程度と、比較的リーズナブルな価格帯にて高品質の鞄などを提供するブランドであり、若者達の間で特に人気を博していることから「若者のバーキン」とも呼ばれ、入荷しても即完売する人気ブランドになっている(甲4、甲5)。 |
また、テルファーは、2017年には「ヴォーグファッション基金」賞を受賞(甲7)、2020年9月にはアメリカファッションデザイナーズ協議会からアメリカン・アクセサリーデザイナー・オブ・ザ・イヤーを受賞するなど(甲8)、需要者だけでなく、ファッション業界関係者からも評価されている。 |
引用商標は、クレメンス氏が独自に考案しており、同氏のイニシャルである英字の「C」の中に「T」を組み合わせてなるものであって、シンプルではあるものの、独創性が非常に高く、一度目にすると忘れられないロゴであり、今ではブランドを代表するアイコンとして世界的に認知されている。 |
ブランド戦略上、申立人の販売実績に関する情報の開示は控えるものの、クレメンス氏の直筆署名済の宣誓書において(甲9)、テルファーが世界的に人気であること、申立人商品に引用商標が使用されていること、引用商標を用いた広告、宣伝、マーケティングには今までに数百万ドルが支出されていること、日本における総売り上げは数百万ドル等であることが事実として宣誓されている。 |
2021年に開催された東京オリンピックにおいては、申立人は、クレメンス氏のルーツであるリベリア国の公式ユニフォームを製作し、引用商標がアイコンとして用いられた(甲10)。オリンピックのユニフォームはその国の顔であり、申立人が引用商標を用いたリベリア国のユニフォームを製作したことは、申立人が世界的ブランドとして認知されている証である。 |
(イ)引用商標を用いた商品の販売・宣伝広告活動について |
前述のとおり、申立人は申立人商品に引用商標をアイコンとして用い、日本を含む世界各国において人気を博しているところ、テルファーの特色の一つとして、直営の実店舗は一切持たず、自社の公式オンラインショップでの販売を主にしており、我が国を含めた世界37ヶ国から購入することが可能となっている(甲12)。 |
テルファーは、日本では容易に手に入れることができない入手困難な人気のブランドであることから、テルファーを紹介する複数のサイトでは、ブランド紹介や製品の説明だけでなく、その購入方法についても詳細に紹介されている(甲4~甲7、甲13)。なお、販売しても即完売が常駐化していたため転売業者が後を絶たず、かかる業者を排除する目的から、購入希望者が確実に入手できるように、2020年には24時間限定にて受注販売も行われた(甲14)。 |
申立人は、「Converse(コンバース)」、「UGG(アグ)」、「Eastpak(イーストパック)」及び「Moose Knucles(ムースナックルズ)」といった世界的に有名なブランドとタッグを組み、コラボ商品を多数展開しているところ、いずれの商品にも引用商標が付されている(甲15~甲18)。これは、引用商標が、申立人を代表するアイコンとして世界的に認知されているためである。 |
テルファーの特徴の一つとして、各界の有名人が愛好することによって、そのファンの間で人気に火がつくことが挙げられる。例えば、歌手のビヨンセや、アメリカの最年少下院議員であるアレクサンドリア・オカシオ=コルテス氏、セレーナ・ゴメス氏等がテルファーの鞄などを愛用していることが話題となり、その人気に拍車をかけている(甲19、甲20)。 |
(ウ)引用商標を使用した商品の雑誌、メディアでの紹介について |
テルファーは、そのファッション性はもちろんのこと、販売手法や積極的な他ブランドとのコラボなどの新しい挑戦が評価され、VOGUE、ELLE、GQなどの有名ファッション誌(ウェブ版)においても引用商標と共に多数取り上げられ、紹介されていることから、引用商標が申立人の出所識別標識として、我が国の需要者・取引者の間で広く認知されていることは明白である(甲21~甲34)。 |
(エ)引用商標の出願・権利化状況 |
申立人は、日本において引用商標の権利化を進めており、商願2021-81615号及び国際登録1597024号が現在審査中である(甲35、甲36)。また、アメリカ、イギリス、イスラエル、インドネシア、欧州連合及び中国においては既に引用商標の登録が認められている。(甲37~甲42)。 |
(オ)小括 |
上述のとおり、テルファーは特に若者からの絶大な支持を集めており、引用商標は、本件商標の出願日以前から、申立人の出所識別標識として、我が国及びアメリカなどの多数の国々の需要者・取引者に広く知られ、周知であることは明白である。 |
(2)本件商標と引用商標との類否について |
引用商標は、英字の「C」の中に「T」を外観上まとまりよく組み合わせたシンプルながらも特徴的な構成からなる。一方、本件商標も英字の「C」に「T」を組み合わせた構成からなる。両商標は、線の太さ、組合せによってできた半円上様のスペースの大きさ、及び「C」の下端部が水平線か斜線かの相違は有するものの、基本的な構成態様は共通しており、両者が極めて酷似していることは一目瞭然である。ここまで商標の態様が酷似するのは不自然といわざるを得ず、偶然ではすまされないレベルであり、本件商標に接した需要者などが引用商標と混同することは明らかである。 |
(3)本件商標の指定商品と申立人商品との類否について |
シャネル、ディオール、イヴ・サンローランなど、世界的なファッションブランドの多角化が進んでおり、アパレルを主とするブランドが化粧品を展開することは昨今では当たり前となっている(甲45)。かかる取引実情を勘案すると、本件商標の指定商品は、申立人商品と密接に関連しているといえ、混同が生じやすい。 |
(4)本件商標の商標法第4条第1項第15号該当性について |
上述のとおり、引用商標は申立人商品の分野においては、申立人の業務を表すものとして、本件商標の出願日には既に需要者・取引者に広く知られていた。 |
また、本件商標と引用商標とは互いに極めて類似する商標であって、その商品も密接に関連している。よって、引用商標が、申立人商品の分野において既に獲得している世界的な周知・著名性を考慮すれば、需要者などは、本件商標から申立人の出所表示標識を認識し、申立人と関連付けて出所を混同するおそれが強く危惧される。 |
よって、本件商標は、引用商標と出所について混同を生じるおそれが極めて高く、商標法第4条第1項第15号に該当する。 |
(5)本件商標の商標法第4条第1項第19号該当性について |
引用商標が用いられたテルファーは、本件商標権者が住所を有する中国においても広く認知されている。このことは、中国で人気のオンラインショップ「TAOBAO」において、引用商標が付されたテルファーの商品が多数転売されていることからも明らかである(甲46)。 |
かかる取引実情を鑑みれば、中国において人気を博しているテルファーを知った本件商標権者が、日本では引用商標が権利化されていないことを奇貨として、先取り的に本件商標を出願・登録することによって申立人の日本市場への参入を妨害し、本件商標を申立人に高額で買い取らせるためや、引用商標に化体された業務上の信用や顧客吸引力にただ乗り(フリーライド)するため等、不正の利益を得る目的、すなわち不正の目的をもって出願されたものであるといわざるを得ない。 |
よって、本件商標は、商標法第4条第1項第19号に該当する。 |
(6)本件商標の商標法第4条第1項第7号該当性について |
前述のとおり、本件商標は日本その他の国々で広く知られた申立人の引用商標と極めて類似するものであり、本件商標権者が、引用商標を知った上で、本件商標を出願したことは明白である。このような行為は、健全な取引上の信義則に反するものであり、不正の目的をもって出願されたものであることは明らかである。したがって、「当該商標の登録出願の経緯に社会的相当性を欠くものがあり、登録を認めることが商標法の予定する秩序に反するものとして到底容認し得ないような場合」(知財高裁平成17年(行ケ)第10349号、同18年9月20日判決参照)に該当するものであるというべきである。 |
よって、本件商標は、商標法第4条第1項第7号に該当する。 |
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4 当審の判断 |
(1)引用商標の周知性について |
ア 申立人提出の甲各号証(なお、提出された証拠において、掲載日又は出力日が明らかでないもの、本件商標の登録査定日以降に掲載されたものについては除く。)及び同人の主張によれば、申立人は、別掲2に示すとおりの引用商標1(右部に開口部を有する円輪郭図形の内部に、Tの態様からなる直線を配した構成からなる。)を付した鞄(以下「使用商品」という。)を、2014年に販売開始し(甲16)、その後も主に自社の公式オンラインショップで販売していること、申立人は、「UGG(アグ)」(甲14、甲16、甲22、ほか)や「Converse(コンバース)」(甲15)などとのコラボレーション商品を販売し、各商品には引用商標1が付されていたこと、申立人が運営するファッションブランド「テルファー(Telfar)」の創設者であるクレメンス氏が宣誓書(甲9)において、引用商標1を付した申立人商品の日本における総売り上げは数百万ドルであり、世界中での引用商標1を用いた広告宣伝にこれまで数百万ドルが支出されたと述べていること、及び2020年8月ないし2021年6月の期間に、使用商品について「あまりの人気ぶりに、一気に入手困難な“希少”アイテムになったTelfarのバッグ。」、「入手困難になるほど人気を集めている。公式オンラインストアでは、入荷する度に数分で完売。」などと紹介する複数のインターネット記事があること(甲5、甲10、甲19の1、甲27の1、ほか)などが認められる。 |
しかしながら、引用商標1を付した申立人商品の日本における売上高や、引用商標1を用いた全世界における広告宣伝費については、宣誓書(甲9)において「数百万ドル」と記載されるにとどまり、当該記載を裏付ける証拠もなく客観性に欠けるとことに加え、使用商品の売上高、販売数、市場シェア等の販売実績や、宣伝広告の方法及び規模等、引用商標の周知性を数量的に判断し得る客観的かつ具体的な証拠は提出されていない。 |
なお、引用商標2については、申立人ウェブサイト(甲2、甲3。いずれも出力年月日は不明。)のサイドバーと思しき箇所に使用されている以外は、その使用を見出すことができない。 |
イ 上記アのとおり、申立人は、2014年から、使用商品の販売を開始し、現在も販売していることなどは認められるが、その販売実績を確認することができず、宣伝広告の方法及び規模等についても不明である。 |
そうすると、申立人に係る複数のコラボレーション商品やインターネット記事などを考慮すれば、引用商標1は、ファッションに興味のある一部の需要者の間で、ある程度知られているとは言い得るものの、申立人の提出に係る証拠によっては、引用商標の周知性の程度を推し量ることはできないことから、引用商標が、本件商標の登録出願時及び登録査定時において、申立人の業務に係る商品を表示するものとして、我が国又は外国の需要者の間に広く認識されているものと認めることはできない。 |
(2)商標法第4条第1項第15号該当性について |
上記(1)のとおり、引用商標は、申立人の業務に係る商品を表示するものとして、我が国又は外国の需要者の間に広く認識されているものと認められないものであるから、本件商標と引用商標との類似性の程度などについて判断するまでもなく、本件商標は、これに接する取引者、需要者が引用商標を連想又は想起するものということはできない。 |
してみれば、本件商標は、商標権者がこれをその指定商品について使用しても、取引者、需要者をして引用商標を連想又は想起させることはなく、その商品が他人(申立人)あるいは同人と経済的若しくは組織的に何らかの関係を有する者の業務に係るものであるかのように、その商品の出所について混同を生ずるおそれはないものというべきである。 |
その他、本件商標が出所の混同を生じさせるおそれがあるというべき事情は見いだせない。 |
したがって、本件商標は、商標法第4条第1項第15号に該当しない。 |
(3)商標法第4条第1項第19号及び同項第7号該当性について |
上記(1)のとおり、引用商標は、申立人の業務に係る商品を表示するものとして我が国又は外国の需要者の間に広く認識されているものと認められないものであり、上記(2)のとおり、本件商標は、引用商標を連想又は想起させるものでもない。 |
そうすると、本件商標は、申立人商品の著名性に便乗して不正な利益を得るために使用する目的をもって登録出願されたものとはいえず、その指定商品に使用することが、引用商標の名声にただ乗りするなど不正の目的をもって使用をするものと認めることはできない。 |
さらに、申立人が提出した全証拠を勘案しても、本件商標が剽窃的に出願されたものであって、高額で買い取らせる等の目的など、本件商標の登録出願の経緯に社会的妥当性を欠くものがあり、登録を認めることが商標法の予定する秩序に反するものとして到底容認し得ないとすべき具体的事情等を見いだすことができない。 |
その他、本件商標が、商標法第4条第1項第7号にいう「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」に該当するものというべき事情も見いだせない。 |
したがって、本件商標は、商標法第4条第1項第19号及び同項第7号のいずれにも該当しない。 |
(4)むすび |
以上のとおり、本件商標の登録は、商標法第4条第1項第7号、同項第15号及び同項第19号のいずれにも違反してされたものとはいえず、他に同法第43条の2各号に該当するというべき事情も見いだせないから、同法第43条の3第4項の規定により、維持すべきである。 |
よって、結論のとおり決定する。 |