異議の決定


異議2023-685011
Friedrichstrase 9 70174 Stuttgart(Germany)
 商標権者  
Flip GmbH
東京都千代田区丸の内一丁目9番2号 グラントウキョウサウスタワー 20階 弁理士法人志賀国際特許事務所
 代理人弁理士
阿部 達彦
  
東京都千代田区丸の内一丁目9番2号 グラントウキョウサウスタワー 20階 弁理士法人志賀国際特許事務所
 代理人弁理士
小暮 理恵子
  
東京都千代田区丸の内一丁目9番2号 グラントウキョウサウスタワー 20階 弁理士法人志賀国際特許事務所
 代理人弁理士
行田 朋弘
  
アメリカ合衆国 ワシントン州 98052-6399 レッドモンド ワン マイクロソフト ウェイ
 商標登録異議申立人  
マイクロソフト コーポレーション
東京都港区六本木6-10-1 六本木ヒルズ森タワー23階 TMI総合法律事務所
 代理人弁理士
稲葉 良幸
  
東京都港区六本木6-10-1 六本木ヒルズ森タワー23階 TMI総合法律事務所
 代理人弁理士
田中 克郎
  
東京都港区六本木6-10-1 六本木ヒルズ森タワー23階 TMI総合法律事務所
 代理人弁理士
石田 昌彦
  


 国際登録第1646444号商標の商標登録に対する登録異議の申立てについて、次のとおり決定する。



 結 論
  
 国際登録第1646444号商標の商標登録を維持する。



 理 由
  
1 本件商標
 本件国際登録第1646444号商標(以下「本件商標」という。)は、「Flip」の文字を表してなり、2021年(令和3年)11月15日に国際商標登録出願され、第42類「Software development, programming and implementation; maintenance and updating of computer software.」を指定役務として、令和5年8月14日に登録査定、同年9月29日に設定登録されたものである。
 
2 引用商標
 登録異議申立人(以下「申立人」という。)が、本件商標に係る登録異議申立ての理由において引用する登録第6665558号商標(以下「引用商標」という。)は、「FLIP」の文字を標準文字で表してなり、2021年2月5日にジャマイカにおいてした商標登録出願に基づいてパリ条約第4条による優先権を主張し、令和3年8月4日に登録出願、第41類、第42類及び第45類に属する商標登録原簿に記載の役務を指定役務として、同5年1月25日に設定登録されたものであり、現に有効に存続しているものである。
 
3 登録異議の申立ての理由
 申立人は、本件商標は、商標法第4条第1項第15号に該当するものであるから、その登録は同法第43条の2第1号により取り消されるべきであるとして、その理由を要旨以下のように述べ、証拠方法として甲第1号証ないし甲第18号証(枝番号を含む。枝番号をまとめて引用するときは枝番号を省略する。)を提出した。
(1)申立人について
 申立人は、1975年にアメリカ合衆国において設立され、コンピュータソフトウェア、ハードウェアを開発、販売する世界屈指の規模を誇る国際企業である(甲3、甲4)。申立人の提供するソフトウェア製品群である「Microsoft Office」には、ビジネスにおいてはもちろん、家庭や個人での使用にも需要の高い、文書作成用ソフトウェア「Word」、表計算用ソフトウェア「Excel」、メールの送受信やスケジュール管理用ソフトウェア「Outlook」など、いずれも各用途別ソフトウェア(アプリケーションソフトウェア)の代名詞ともいえるまでに需要者間に浸透しているソフトウェアが含まれている。
 そして、「Microsoft Office」と同種の「Officeソフト」と呼ばれるアプリケーションソフトウェア製品群の分野において、他メーカーの提供する製品が、申立人ソフトウェアと互換性のある製品を意味する「互換ソフト」として一括りで称されることからも、申立人商品が圧倒的なシェアを占めるものであることは明らかである(甲5)。
 また、同じく申立人の提供するオペレーティングシステム(OS)のWindows(ウィンドウズ)は、日本国内のみならず、世界のOS市場のシェア70%以上を占める(甲6)。
(2)本件商標と引用商標の比較
 ア 本件商標
 本件商標は、欧文字「Flip」を普通に用いられる字体で表してなるところ、同語は我が国の平均的需要者層においても広く親しまれた英単語であって、「フリップ」の称呼と「はじく、反転する(させる)」といった観念が生じるものと容易に理解される。
 イ 引用商標
 引用商標は、欧文字「FLIP」を標準文字で表してなり、本件商標と同様、「フリップ」の称呼と「はじく、反転する(させる)」といった観念が生じるものと容易に理解されるといえる。
 ウ 本件商標と引用商標の類否
 本件商標と引用商標とは、外観においては、2文字目以降の欧文字が大文字であるか小文字であるかの差異を有するにすぎず、同一のつづりからなるものであるから、実質的に同一の商標であるといえる。
 また、いずれの商標からも共通して「フリップ」の称呼及び「はじく、反転する(させる)」との観念が生じるものであるから、本件商標と引用商標とが同一又は類似の商標であることは明らかである。
(3)本件商標の指定役務と引用商標の指定役務の比較
 ア 本件商標の指定役務
 本件商標の指定役務中、「Software development,programming and implementation」は、顧客の依頼に基づいてソフトウェアを新規に開発、設計、実装し、納品することを内容とする役務であるといえる。
 また、「Maintenance and updating of computer software」は、顧客が既に使用しているソフトウェアの保守、機能の追加や不具合の修正、セキュリティの強化などを目的とした「ソフトウェアアップデート」を行う役務であると考えられる。
 ここで、「ソフトウェアアップデート」とは、一般的に、オンラインでダウンロードにより提供される更新プログラムをインストールすることで実行されるものであり、また、ソフトウェアを新しいバージョンの製品に更新する作業や、ハードウェアのファームウェアを最新のものに書き換える作業を指すこともある(甲7)。
 イ 引用商標の指定役務
 引用商標の第42類の指定役務は、「オンラインによるアプリケーションソフトウェアの提供」であるところ、かかる役務は、サーバー上のアプリケーションソフトウェア、つまり特定の目的を達成するために必要な機能を備えたソフトウェアを、それぞれの顧客が必要な分だけインターネット等のネットワークを経由してオンラインで利用することができる形態により提供する、いわゆるSaaSサービスを内容とするものである。
 ウ 本件商標の指定役務と引用商標の指定役務の関連性
 本件商標の指定役務は、顧客の依頼に基づいて新しいソフトウェアを作成する、又は顧客が既に使用しているソフトウェアの保守、機能の追加や不具合の修正、アップデートを行う役務である。
 これに対し、引用商標の第42類の指定役務は、特定の顧客の依頼に基づいて作成されたものではなく、既に開発済みのアプリケーションソフトウェア、例えば、文書作成や会計、表計算、オンラインミーティングなどの特定の機能をもつソフトウェアを利用者のニーズに合わせてオンラインで提供する、いわゆるSaaSサービスを内容とする役務である。
 本件商標の指定役務と引用商標の指定役務は、顧客の依頼を受けて作成したソフトウェアを提供するか、既に作成されたソフトウェアを顧客側で選択して利用するかの違いこそあれ、いずれも、需要者たるソフトウェアユーザーに対し、それぞれの用途に応じたソフトウェアを提供することを目的とし、コンピュータを使用して提供されるものである。
 したがって、本件商標の指定役務と引用商標の指定役務とは、需要者、提供の目的及び提供に関連する物品を共通とする役務であるといえる。
 実際に、申立人は、上述のOS、Windowsに関し、Windows Update(ウィンドウズアップデート)というオンラインサポートを提供している。また、Windows OSに限らず、申立人の提供する広範な製品に対応可能なMicrosoft Update(マイクロソフトアップデート)のサービスも提供している。これらサービスにおいては、利用者が申立人のウェブサイトにアクセスし、新たに発見されたセキュリティホール(脆弱性)の修正プログラムや、追加機能をダウンロードすることにより、ソフトウェアをアップデート、つまり新しいバージョンに更新することができる。
 また、本件商標及び引用商標に係る役務を取り扱う業界においては、ソフトウェアの開発から提供までを一括して手掛ける事業者も多く、我が国のソフトウェア業界において売上高上位を占める、富士通株式会社(甲8)、株式会社NTTデータ(甲9)、株式会社日立製作所(日立グループ)(甲10)、日本電気株式会社(NECグループ)(甲11)、パナソニック ホールディングス株式会社(パナソニックグループ)(甲12)は、いずれもITシステム、ソフトウェア、アプリケーションの開発や実装に加え、ソフトウェアの提供にあたるクラウドサービス、プラットフォームの提供などを一括して行っているほか、情報システムやアプリケーションソフトウェアの開発、運用、保守などと、SaaSをはじめとするクラウドコンピューティングのサービスや開発済みのソフトウェアの提供を合わせて行う企業も数多く存在する(甲13)。
 すなわち、本件商標の指定役務と引用商標の指定役務とは、同一の事業者により提供されるものであるといえる。
 上述のとおり、本件商標の指定役務は、引用商標の指定役務と提供の手段、目的、提供に関連する物品、需要者層が一致するものであって、同一の事業者が提供するものであるから、両者は密接な関連性を持つものである。
(4)引用商標の著名性
 申立人は、動画を活用してユーザー同士が交流できるオンラインプラットフォーム用のアプリケーションソフトウェア「Flip」をSaaSサービスにて提供している(甲14)。同サービスは、2015年より「Flipgrid」の名称でアメリカ合衆国のスタートアップ企業により提供されていたところ、2018年に申立人が同事業を買収し、引用商標「Flip」への改称(2022年)を経て、現在においても継続して提供されているものである。同サービスは、申立人が当該事業を買収した2018年の時点で、既に180か国以上において、2000万人以上の教師、生徒により利用されていた(甲15)。文字によらず、直感的に作成してプラットフォームに投稿できる動画を通じて自己紹介、ディスカッションや質疑応答を行うことができるため、遠隔地の生徒同士や教師とも手軽にコミュニケーションを図れるうえ、2023年には日本語化も実現したことで、我が国でも低年齢の児童から成人まで幅広い層の利用者に支持され(甲16)、「Padlet」(アメリカ合衆国 Wallwisher,Inc.)、「Kahoot!」(ノルウェー Kahoot!ASA)、「Canva」(オーストラリア Canva Pty Ltd)と並ぶ教育4大アプリと称されるに至っている(甲17)。
 また、英語版Wikipediaにおいては、「Flip(software)」の項目のもと、申立人のソフトウェアプラットフォームが紹介されており(甲18)、ソフトウェアの分野において「Flip」といえば申立人の提供に係るサービスを表すものであると認識されていることがわかる。
 上述したように、引用商標は、申立人の拠点であるアメリカ合衆国はもとより、我が国においても、申立人の提供に係るSaaSサービス、つまりオンラインで利用するアプリケーションソフトウェアを表示するものとして、需要者及び取引者の間に広く認識されていたものである。
(5)商標法第4条第1項第15号該当性
 引用商標は、我が国において、申立人の提供に係るSaasサービス、つまりオンラインで利用するアプリケーションソフトウェアを表示するものとして、需要者及び取引者の間に広く認識されていた商標と実質的に同一の商標である。
 また、本件商標の指定役務と引用商標の指定役務は、関連性が極めて高く、需要者を共通にするものである。
 したがって、例えば引用商標がその指定役務「Updating of computer software」に使用された場合、これに接した需要者は、申立人のSaaSサービス「FLIP」に強く印象付けられていることにより、あたかも申立人の提供するソフトウェアに関するソフトウェアアップデートのサービスであるかのように誤認する可能性が高いといえ、本件商標権者が、本件商標をその指定役務に使用した場合、これに接する需要者、取引者は、引用商標を想起し、その役務が申立人あるいは申立人と経済的又は組織的に何らかの関係を有する者の業務に係るものであるかのように、その役務の出所について混同を生ずるおそれがあるというべきである。
 よって、本件商標は申立人の業務に係る商品と混同を生ぜしめるおそれがあるものであり、本件商標は商標法第4条第1項第15号の規定に違反して登録されたものである。
 
4 当審の判断
(1)「Flip」の周知性
 ア 申立人提出の証拠及び申立人の主張によれば、以下のとおりである。
(ア)申立人は、1975年にアメリカ合衆国において設立された、コンピュータソフトウェア、ハードウェアを開発、販売する企業であり、また、「会社四季報ONLINE」のウェブサイトにおいて、ソフトウェアの開発・販売において世界最大手企業であることや「日経XTECH」のウェブサイトにおいて、2021年の企業向けIT売上高が首位であることなどの記載がある(甲3、甲4)。
(イ)申立人は、「Flip」(以下「使用商標」という。)の文字を使用し、動画を活用してユーザー同士が交流できるオンラインプラットフォーム用のアプリケーションソフトウェアをSaaSサービスで提供している(甲14)。
(ウ)「Flip」は、2015年から「Flipgrid」の名称でアメリカ合衆国のスタートアップ企業により提供されていたところ、2018年に申立人が同事業を買収し、2022年に「Flip」への改称した(甲16の2)。 
(エ)「Flipgrid」を紹介するウェブサイト記事(2018年6月18日)において「マイクロソフトは、世界で2000万人以上の生徒や教師に利用されているビデオディスカッションプラットフォームである「Flipgrid」を買収した。(中略)(同プラットフォームは)世界180か国の生徒・教師により利用されている」(翻訳)の記載がある(甲15)。
(オ)「EdTechZine」のウェブサイトにおいて、「2023年にFlipは日本語に対応し、日本のユーザーにとっても使いやすくなりました。」の記載がある(甲16の16)。
(カ)「東洋経済ONLINE」のウェブサイト(2023年5月30日)には、「教育4大アプリ 「Padlet」「Kahoot!」「Canva」「Flip」」及び「動画共有アプリ「Flip」とは? 「Flip(フリップ、旧称:Flipgrid)」は、教師や子ども同士で互いにショートビデオを共有できるツールです。」の記載がある(甲17)。
 イ 上記アによれば、申立人は、使用商標を、動画を活用してユーザー同士が交流できるオンラインプラットフォーム用のアプリケーションソフトウェアを提供する役務(以下「申立人役務」という。)に使用していることが認められ、我が国においては2022年より申立人役務が提供されていることがうかがえる。
 しかしながら、使用商標は本件商標の国際登録出願日(2021年11月15日)後の2022年から使用が開始されたものであり、その使用期間は短く、また、日本語への対応は2023年に行われたばかりであって、その使用者も教育関係者に限定される。その他、申立人が提出した証拠からは、使用商標を使用した我が国における申立人役務の市場占有率(売上高、販売数量、ユーザー数等)、宣伝広告の回数や期間及び広告費などを具体的に立証するものは提出されていない。
 したがって、使用商標は、本件商標の国際登録出願時及び登録査定時において、我が国の需要者の間に広く認識されていたものと認めることができない。
 なお、提出された証拠において、引用商標「FLIP」の使用は確認できない。
(2)本件商標と使用商標の類似性の程度
 ア 本件商標は、上記1のとおり、「Flip」の文字からなるところ、その構成文字に相応し、「フリップ」の称呼を生じ、当該文字は「はじくこと」の意味を有する英語(ジーニアス英和辞典第6版 株式会社大修館書店)ではあるものの、我が国において親しまれた語とはいえず、需要者が直ちに上記意味合いを想起するとはいえない。
 そうすると、本件商標からは、「フリップ」の称呼を生じ、特定の観念を生じないものである。
 イ 使用商標は、上記(1)のとおり、「Flip」の文字からなるものであるから、本件商標と同様に「フリップ」の称呼が生じ、特定の観念を生じないものである。
 ウ 本件商標と使用商標を比較してみると、構成文字を同じくし、外観及び称呼を共通にするものであり、いずれも観念が生じないものであるから、同一又は類似する商標である。
(3)使用商標の独創性の程度
 使用商標は「Flip」の文字からなるものであり、当該文字は、上記(2)アのとおり、成語であるから、独創性の程度は高いものとはいえない。
(4)本件商標の指定役務と申立人役務との関連性及び需要者の共通性
 本件商標の指定役務は、コンピュータソフトウェアの開発・プログラミング及び実装並びに保守及びバージョンアップであり、申立人役務である動画を活用してユーザー同士が交流できるオンラインプラットフォーム用のアプリケーションソフトウェアの提供とは、いずれもコンピュータソフトウェアの使用者をユーザーとするものであり、また、ソフトウェアの開発や保守等を行う者とアプリケーションソフトウェアの提供のいずれも行う企業が存在することからすれば、本件商標の指定役務と申立人役務とは、需要者及び取引者を共通にする場合があるものといえ、互いに関連性を有する役務といい得るものである。
(5)商標法第4条第1項第15号該当性について
 本件商標と使用商標については類似性の程度は高く、また、本件商標の指定役務と申立人役務とは、互いに関連性を有する役務といえる。しかしながら、使用商標は、申立人の業務に係る役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されていると認められないものであり、また、「Flip」の文字は成語であって、その独創性が高いとはいえないことからすれば、本件商標権者が本件商標をその指定役務について使用した場合には、取引者、需要者をして使用商標を連想又は想起させることはなく、その役務が他人(申立人)の業務と経済的若しくは組織的に何らかの関係を有する者の業務に係るものであるかのように、役務の出所について混同を生じるおそれはないものというべきである。
 その他、本件商標が出所の混同を生じさせるおそれがあるというべき事情は見いだせない。
 したがって、本件商標は、商標法第4条第1項第15号に該当しない。
(6)むすび
 以上のとおり、本件商標の登録は、商標法第4条第1項第15号に違反してされたものとはいえず、他に同法第43条の2各号に該当するというべき事情も見いだせないから、同法第43条の3第4項の規定により、維持すべきである。
 よって、結論のとおり決定する。
 
 


        令和 6年 8月22日

     審判長  特許庁審判官 旦 克昌
          特許庁審判官 大島 康浩
          特許庁審判官 小林 裕子

 
 
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〔決定分類〕T1651.271-Y  (W42)

上記はファイルに記録されている事項と相違ないことを認証する。
認証日 令和 6年 8月22日  審判書記官  荒川 香奈子