特許行政年次報告書2018年度版
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特許行政年次報告書2018年版309第3部・国際的な動向と特許庁の取組第1章第2章(2)世界貿易機関(WTO)①知的所有権の貿易関連の側面に関する協定(TRIPS協定)1とTRIPS理事会1995年、WTOの創設に合わせ、新たな貿易関連ルールの一つとして発効したTRIPS協定は、知的財産権の保護に関してWTO加盟国が遵守すべき最低基準(ミニマム・スタンダード)として機能しており、WIPOを中心とした国際的な知的財産権保護に関するルールメイキングの土台となるものである。TRIPS理事会は、TRIPS協定に基づく義務の遵守状況の審査や、TRIPS協定に関する事項の協議を行う場であり、2002年以降は以下の事項を中心に議論が行われている。a. TRIPS協定と生物多様性条約との関係TRIPS協定と生物多様性条約(CBD)2との関係は、ドーハ閣僚宣言において実施問題3と認められたものの1つである。遺伝資源提供国(主として、途上国)は、CBD に規定されている遺伝資源及び関連する伝統的知識(遺伝資源等)の利用から生ずる利益の配分を確実にし、特許要件(新規性・進歩性等)を満たさない誤った特許付与を防止するために、TRIPS協定を改正(特許出願時の遺伝資源等の出所/原産国の開示、事前の情報に基づく同意及び利益配分の証拠の開示)すべきと主張している。一方、米国、我が国等の先進国は、TRIPS協定とCBDに不整合はなく、CBDの遵守のための具体的な措置としては、名古屋議定書4が採択されていることから、TRIPS協定を改正する必要はないと反論している。また、誤った特許付与を防止する防御的保護の観点から、我が国は、WIPO/IGC5と同様に、特許審査用データベースの構築提案を行っている。b. 医薬品アクセス途上国の国民にとって医薬品が高価となっている原因として特許権の存在が指摘され、国際的な関心が高まっていたことを受け、2001年11月、第4回閣僚会議において、「TRIPS協定と公衆衛生に関する宣言」が採択された。2003年8月の一般理事会において、本宣言のパラグラフ6の実施に関する決定が行われた6。さらに、2005年12月の一般理事会では、同決定をTRIPS協定に反映するためのTRIPS協定改正に関する議定書が採択された。改正議定書は、2017年1月、WTO全加盟国・地域の3分の2に当たる110加盟国・地域が受諾したため、受諾した加盟国・地域の間で改正議定書が発効した7。我が国は、2007年6月の国会承認を受けて、2007年8月31日にWTO事務局長に対し受諾書を寄託済みである。TRIPS理事会においても、我が国は知的財産と公衆衛生の議論に貢献すべく、積極的に議論に参加している。c. 知的財産とイノベーション知的財産活用の成功事例等を紹介することにより、知的財産制度の肯定的な側面に焦点を当てることを目的とした議題であり、米の主導により、2012年11月のTRIPS理事会から議論が行われている。2017年のTRIPS理事会では、「包摂的なイノベーションと零細・中小企業」を通年テーマに、包摂的なイノベーションと零細・中小企業の協力(3月)、包摂的なイノベーションと零細・中小企業の成長(6月)、包摂的なイノベーションと零細・中小企業の1 Agreement on Trade-Related Aspects of Intellectual Property Rights2 1992年の国連環境開発会議で、生物種保護のために成立した条約であるが、同条約の中には、遺伝資源(ヒトを除く動物、植物、微生物の全てが「遺伝資源」に該当する)の利用から生ずる利益の遺伝資源提供国への配分、原住民の伝統的知識の保護、途上国へのバイオテクノロジーの移転等が盛り込まれた。CBDの規定をどのように履行していくべきかという議論の中で、既存の知的財産権制度、とりわけTRIPS協定の改正が必要との主張が途上国からなされている。3 実施問題とは、TRIPS協定を含む、WTO協定の実施段階に入って途上国が直面している様々な問題のこと。一括受諾項目と異なり、ドーハ・ラウンドにおける正式な交渉対象項目として合意されたものではない。4 「生物の多様性に関する条約の遺伝資源の取得の機会及びその利用から生ずる利益の公正かつ衡平な配分に関する名古屋議定書」5 知的財産と遺伝資源・伝統的知識・フォークロアに関する政府間委員会6 上記宣言のパラグラフ6に基づき、医薬品の製造能力が不十分又は欠如している加盟国が強制実施権を効果的に利用できないという問題に対して、強制実施権を活用し、特許が付与された医薬品を製造能力が不十分又は欠如している国へ供給することを目的とし、一定の条件のもとで、他国の公衆衛生の問題に対処する上で必要な医薬品を製造及び輸出することを認める決定。7 発効した改正議定書の効力は受諾国に対してのみ有効。非受諾国ついては、効力は及ばないが、2003年一般理事会決定が引き続き有効であり、パラグラフ6の利用が可能。

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