特許行政年次報告書 2019年版
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特許行政年次報告書2019年版160 現在、特許庁では、「STARTUPs×知財戦略」などスタートアップ支援を推進している。イノベーションを促進するためには、新しいアイデアを持った企業を育成し、既存企業との連携も含め、それを事業化しやすく社会に普及させやすい環境を作っていく必要がある。そして、新たなシーズを持つイノベーションの担い手として、スタートアップに注目しているのである。日本は米国と比べると、新たに開設される事業所のうち小規模スタートアップが占める割合が圧倒的に低いことが知られている(例えば、少し古いデータであるが、比較可能な平成18年事業所・企業統計調査とBusiness Dynamics Statisticsのデータによれば、新規開設事業所のうち5人未満の事業所が占める割合は米国で20.7%、日本で2.7%である)。ここにも、小規模スタートアップを支援する必要性が見て取れる。そのための手段として、特許庁では、特許権の取得支援や啓蒙活動を行っているわけである。 さて、ここでひとつの疑問がわいてくる。果たして本当に特許を取得することがスタートアップの事業活動の役に立つのかという疑問である。特許制度の存在を前提とすれば、当然ながら、制度を有効に活用できる企業の方が競争で優位に立てるだろう。この点で、資金力や技術力が高く多くの権利を保有する大企業ほど、特許制度の恩恵を享受できるため、特許制度はむしろ、大企業と中小企業の格差を広げることになるのではないかという見方もある。もちろん、中小企業に資金の制約がなく、望むだけ権利を取得できるのであれば、制度を適切に活用することで、大企業との格差を縮めることができるはずである。したがって、資金の制約に関わらず公平に制度を利用できるようにすれば、制度利用に起因する格差の問題はある程度解消できる。特許庁による中小企業支援・スタートアップ支援もまさにそうした不公平の是正を目的としていると言える。 では、特許制度を活用することで事業活動を有利に進められるという見方に、科学的な根拠(エビデンス)はあるのだろうか。実は、それに関しては、特許庁は毎年、「我が国の知的財産制度と経済の関係に関する調査」(以下、我が国調査)を行っており、かなりのエビデンスが蓄積されてきている。そこでは、経済学者が質の高い実証研究を行っている(近年では統計的な因果推論まで行っているものもある)。例えば平成27年度調査では、中小企業の属性の違いを考慮したうえで、特許を取得した企業は、取得しなかった企業と比べて、統計的因果推論の結果として、売上高や付加価値、研究開発投資が増えることが示されている。これはどちらかというと、特許権による事業領域の確保(投資の保護)の効果に着目した研究であるが、中小企業にとって、特許の取得が重要になるのはそのためだけではない。特に、資金繰りは中小企業の事業継続に極めて重要であり、特許権の取得は、投資家に対して自社の技術力や交渉力をアピールする有効な手段と考えられる。仮に技術力において競合企業とそれほど差がなかったとしても、特許の取得は、投資家に安心感を与えることで資金調達を容易にすることも考えられる(シグナリング効果)。スタートアップ企業にとっても特許権の取得は重要!特許庁 知的財産経済アドバイザー/明治大学 情報コミュニケーション学部 准教授 山内 勇Column 7

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