特許庁における取組第2部特許行政年次報告書2019年版161第8章 実際、平成28年度の我が国調査では、特許取得がスタートアップの資金獲得可能性を高める結果が示されている。その実証研究を簡単に紹介しよう。コンピュータやバイオテクノロジーなどいくつか選択された業種を対象に、ベンチャーキャピタルからの資金調達額が判明しているベンチャー企業1106社を対象とした分析結果である(ジャパンベンチャーリサーチ社の商用データベースを利用)。 まず、特許出願後にベンチャーキャピタルから資金を得られる確率がどのように変化するかを、図1によって確認してみる。横軸は経過日数で、縦軸はその時点までに資金を獲得できている累積確率を意味している。上の折れ線が特許出願を行った場合の資金獲得確率で、下の折れ線が特許出願を行わなかった場合の資金獲得確率を推定したものである。特許出願を開始した場合の方が、資金獲得確率は急激に上昇しており、早期に資金を得られる可能性が高いことが分かる。また、特許を出願した場合には、資金獲得確率は最終的に28%程度にまで高まるのに対し、出願しない場合には6%程度である[図1]。 なお、報告書では、業種やベンチャーキャピタルの属性ごとに、他の条件を一定にしたままで、特許を出願(取得)した場合と出願(取得)しなかった場合の資金獲得確率の比率を推定している。その一部を簡単にまとめたのが図2である。図中の数値は、例えば、特許を出願すると資金獲得確率は4.77倍になることを意味している。なお、統計的な有意性の検定も行っており、*印が多いほど統計的な有意性は高いことを示している。 この図によれば、特許出願やその査定が、統計的にも有意に資金獲得確率を高めることが分かる。また、特許出願の効果はコンピュータ産業で高く、バイオ・医療産業では出願よりもむしろ特許査定の効果や有意性が高いことも分かる。これは、技術が早い業界においては、出願というシグナリングの機能がより重要で、不確実性の高い業界においては、専有可能性や事業領域の確保がより重視されることを示唆している。なお、ここでは省略するが、報告書では、早期に特許査定を受ける企業ほど資金調達可能性が高いことなども明らかにされている。 これらの結果は、特許の出願・取得がスタートアップの資金調達に重要な影響をもたらすというエビデンスを提供している。イノベーションの促進に当たって、スタートアップに期待される役割も大きく、その成長のためには継続的な資金調達が不可欠だろう。したがって、スタートアップが特許出願を行いやすい環境を整えること、早期の権利化を実現することが、イノベーションの促進に寄与するものと考えられる[図2]。図1 特許出願と資金獲得確率注:業種や設立年の影響をコントロールした競合リスクモデルで推定した累積確率である。図2 資金獲得確率への影響(企業属性の違いを考慮した値)資金獲得確率の変化(比率)特許出願による効果 特許査定による追加的効果0.002.004.006.008.0010.0012.004.77***3.01***10.99***2.03*2.34**2.63***バイオ・医療業コンピュータ業全体注:***は1%水準、**は5%水準、*は10%水準で有意であることを意味する。
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