特許行政年次報告書2019年版174「特許オタク」として 週1ペースで特許を申請──遠藤先生は、半導体の分野で多くの特許を持っていらっしゃるとうかがいました。遠藤 特許は、先行者利益を守るためのルールであり、知財の中核です。半導体の領域は、サイエンスとテクノロジー、基礎研究と応用研究が一体化しているだけに、特許を取得して先行者利益を明確にしておくことが重要です。 私は1987年に東芝に入社してNANDメモリの研究に取り組んでいたのですが、「研究成果は特許申請するのが当然」という教育を受け、計算すると週に1件ぐらいのペースで特許を申請していました。今から考えると「特許オタク」といってもいいでしょう。 平日は実験と分析に明け暮れ、週末にその週の研究成果を少し離れた視点から俯瞰して、特許申請を考えるのが習慣になっていました。大学に来てからもこの生活習慣は変わっておらず、東北大学に着任後の申請分も含めて、申請したうちの97%は登録に成功しています。──特許を考えるポイントは何でしょうか。遠藤 多数の特許のなかでも、五つぐらいは自分でもよくできたと自負しているものがありますが、「考え込んでいない」ときに、頭の中に「降りてきた」ものが多いように思います。デスクに向かって考える特許はロジカルシンキングに則っているためか、技術常識がちらつくので奇抜な発想が除外されてしまい、既存の技術の延長線上になりやすい。一方で、突如として頭の中に「降りてきた」特許は、週末に研究を離れて遊んでいるときにひらめくことが多い。そのうちのほんの数件が「着地」に成功するのです。全国発明表彰をいただいた3D NANDの特許も、週末にスキー場でリフトに乗っているときに、ふと頭に「降りて」きました。──特許で失敗した経験はありますか。遠藤 東芝の研究所にいたころ、当然ですが、「研究成果を学会で発表するには、先に特許を申請しておかなければいけない」という規則がありました。ギリギリまでデータを取得していたために、学会への投稿期日が迫ってしまい、その時には知財としてあまり重要な案件になると思わずに、熟考しないまま特許の明細書を作成しました。これが大失敗でした。 論文というのは、他の人が再現実験できるように、実験条件を明確に限定し、ある意味成果研究成果を社会実装させることが研究者の責務であり本来業務遠藤哲郎氏(工学博士)東北大学 国際集積エレクトロニクス研究開発センター センター長教授 工学研究科電気エネルギーシステム専攻 教授日本のアカデミアの視点から見ると、特許にはどのような意味があり、特許を取得することでどのようなメリットを享受できるのだろうか。現在の半導体研究で最先端技術とされる3D NANDメモリ*1、MRAMや不揮発性ロジック・AIチップの第一人者である東北大学教授の遠藤哲郎氏は、従来から特許取得に積極的に取り組んできた。自身の豊富な経験を踏まえた提言や若手研究者への助言を聞いた。*1半導体不揮発メモリとして、USBメモリやSDカードで広く使われているフラッシュメモリがあるが、近年、微細化の限界から、その大容量化が困難になってきていた。これに対して、微細化に加えて、メモリセルを縦方向に積層することで大容量化を図る新しい概念・構造の新規半導体不揮発性メモリが3D NANDメモリである。2013年から量産が始まっており、USBメモリなどの民生品に加えて、データセンターなどのエンタープライズSSDシステムへの応用が広がっている。Column 10
元のページ ../index.html#204