特許行政年次報告書 2019年版
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特許行政年次報告書2019年版228Column 16ソニーと盛田氏からアップルとジョブズ氏に受け継がれた新技術と知財権保護の共存歴史の偶然であったのか、必然であったのかは判然としないが、振り返れば、「あの時に未来への道筋が決まった」と確信できる出来事がある。アメリカでソニーが訴えられ、提訴から最高裁判決まで8年がかりとなった大訴訟「ベータマックス訴訟」は、デジタル時代の新技術開発と知的財産権の一つである著作権保護のあり方、両者が共存する未来への道筋を問うものだった。「刑事コロンボと刑事コジャックの 両方を見られます」 ソニーが1975年に発売したベータ方式のVTR1号機、通称「ベータマックス」は、家庭用ビデオテープレコーダー(VTR)の市場を拡大する立役者となった。オープンリール式のビデオテープがカセット化され、またたく間に大ヒット。のちに訴訟で原告と被告になる映画関係者とソニー社員たちさえ、発売当時は、テレビ番組を録画することが著作権に絡む訴訟にまでなるとは考えてはいなかった。しかし、大ヒット商品になったがゆえに、利害関係者たちは新技術の持つ「脅威」に気づかされることになる。 ベータマックスのアメリカでの発売から1年後の76年9月頃。ある広告代理店がソニーに、多くのテレビ番組を制作していたユニバーサル映画(当時の親会社はMCA)と連動した広告を打とうと提案した。広告案のラフスケッチのコピーは、「『コロンボ』を見ているから『コジャック』を見逃す、ということはなくなります。その逆もありません。ベータマックス――ソニーの製品です」。『刑事コロンボ』と『刑事コジャック』は、共にユニバーサル映画が制作していた人気テレビ番組だった。 ところが、この話を知ったユニバーサル映画のシャインバーグ社長は、烈火の如く怒ったという。理由は二つあった。「そもそも著作物を録画複製するのは著作権の侵害であり、ベータマックスが売れたら、(自社で開発中の)ビデオ動画ディスクの市場が破壊されてしまう」と。 ユニバーサルスタジオは76年11月、呼び掛けに賛同したウォルト・ディズニー・プロダクションと共に、ソニー本社とソニー・アメリカを著作権侵害でカリフォルニア州中央地区連邦地裁に提訴した。その主張は、次の通りである。「映画は制作者の著作物であり、著作権は複製の独占権を伴い、勝手にテレビ映画を複製できるようにする家庭用VTRは複製権の独占の侵害、つまり著作権を侵害している。VTRを使用した個人はもちろん、それを製造・販売するソニーも侵害行為に加担している」盛田氏が考案した造語 「タイムシフト」の概念 当時、ソニー・アメリカの社長を兼務していた盛田昭夫*1・ソニー会長は、提訴に対して徹底抗戦を決断する。「ソニーはテクノロジーの進歩によって新しい市場を創り、ライフスタイルを変え、新しいカルチャーを生み出した。そのテクノロジーの進歩が、古びた法律によって*1 ソニーの前身である東京通信工業を井深大と共に設立した共同創業者。

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