特許行政年次報告書 2019年版
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特許庁における取組第2部特許行政年次報告書2019年版229第9章阻害されるようなことがあれば、ソニーはこの世に存在できない。この訴訟は、科学技術というシビリゼーション(文明)に対する挑戦である」と檄を飛ばしたという。 ソニーの主張は、「(VTR録画は)一般公衆に無料で放送されている番組を、都合が悪くて見られない場合にビデオに録画して後で見ているだけの『タイムシフト』(時間に拘束されずにテレビ番組を見られる)」であり、それはアメリカ著作権法における著作権侵害の例外規定とされる『フェアユース*2(公正利用)』に該当する」というものだった。 1審は、タイムシフト論を全面的に認めてソニー勝訴の判決を下した。ところが2審は、9人の裁判官の全員一致でソニー敗訴となる。「常識的に言えば、テレビ番組にはすべて著作者がいる。したがって録画を行うビデオは本質的に著作権を侵害しており、フェアユースの範囲を拡大するのは法の枠組みを破壊するものである」という判決理由を多くの新聞が「けしからん判決」と伝えた。なかには、テレビの前でビデオを見ている人にミッキーマウスが手錠をかけに来る漫画を掲載した新聞もあった。 そして84年1月17日、最高裁はソニー勝訴の判決を下す。82年の上告申請から判決まで2年もの時間を要し、9人の裁判官の判断は5対4の僅差。それほど新技術と著作権保護は、対立するテーマとしてとらえられ、解を見出すのが難しい問題であったのだ。「大憲章(マグナカルタ)」と 呼ばれたベータマックス判決 「ソニーは、著作物の無料放送に許諾を与える著作権者の大多数は、視聴者が私的な範囲で放送をタイムシフトすることに対して異議を申し立てない可能性が高いことを立証した」という最高裁判決は、新技術によってコンテンツを楽しむのはフェアユースであり、著作権保護が新技術の開発を阻害することがあってはならないという技術促進の立場を示した。以後、最高裁判決は、「大憲章(マグナカルタ)」とまで呼ばれるほどの重みを持ち、新技術による著作物の複製は、私的利用を前提に容認されるものとされていく。 そもそもソニーは、アメリカの関連法に新技術に対する明確な記述がないことが、問題の本質であると考えていた。アメリカの著作権法には、日本の「個人の楽しみのための複製は著作権侵害にあたらない」というような私的利用の規定がなかったのである。 盛田氏は、タイムシフトという考え方に賛同するメーカーや消費者などと連携して組織化し、これを母体に議員へのロビー活動に力を注ぐ一方、マスメディアでの公開討論やスピーチにも積極的に応じてアメリカ国民へメッセージを送*2アメリカ著作権法では第107条の規定(使用目的・性格、著作物の性質、著作物全体における使用部分の量・実質性、著作物の潜在的市場・価値に対する使用の影響)により、公正な利用かどうかを裁判により決める(特許庁HP)。1960年設立のソニー・アメリカで社長を務めた盛田氏が「法律的なことを抜きにはアメリカでビジネスはできない」と言うほど米国法独自のローカルルールに悩まされた。1970年代のベータマックス訴訟の後、80年代には、「不公正税制」を撤廃すべく、日本企業の活動への理解を求めて、全米各州で「草の根(グラスルーツ)PRキャンペーン」を展開。現地スタッフを指揮して自ら精力的に動き、活路を開いた。

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