特許行政年次報告書2019年版236人生の一発逆転をめざしアップルとの闘い開始 主文「アップルジャパン株式会社は3億3664万1920円を支払わなければならない」 2013年9月26日、東京地裁は個人発明家・齋藤憲彦氏に対するアップルジャパン(以下アップル)の特許権侵害を認め、賠償金の支払いを命じた。15年9月9日、最高裁もこの判断を支持し、判決は確定。ドラマ『下町ロケット』を地で行く奇跡のような結末は、携帯音楽プレーヤーiPod搭載のクリックホイール*1(入力装置)が齋藤氏の特許権を侵害した事件(通称「アップル事件」)での出来事だ。「巨象アップル、個人発明家に敗れる」。このニュースは世界を驚かせたのはもちろん、多くの個人発明家、ベンチャー、中小企業に勇気を与えた。形勢不利ななか、8年に及ぶアップルとの戦いを制した齋藤氏とはいかなる人物か。 齋藤氏はバブル経済下にソフト会社を起業し、一応の成功を収めたが、バブル崩壊とともに会社は倒産。人生の一発逆転を目指し、志したのが「無」から「有」を生み出す発明であり、その知財をお金に換えることだった。そして、ソニーのウォークマンに使われていたジョグダイヤルをヒントに、それまでにない新しい発想のクリックホイールを考案した。 特許について勉強していた齋藤氏は、躊躇なく特許取得に動き出した。まずは「特許出願」。東京都にある発明協会(現・一般社団法人発明推進協会)と日本弁理士会の無料相談を利用するなど、専門家に相談しながら、なんと書類の9割を自作。1998年に出願を終え、日本企業にライセンス供与を働きかけるも、すべて不発。 03年、後輩がたまたま見せてくれたアップルのiPodが自分の発明を利用していることに気がついた齋藤氏は、同社とのライセンス交渉を開始。04年8月、アップルに単身で乗り込んだ。齋藤 先方は法務部長と顧問弁護士、弁理士2人が待ち構え、法務部長から次のように言われました。「ライセンス契約をお望みとのことですが、そのような申し出は受けられません。まだ特許も成立してないですし。代わりに、今日まで齋藤さんがかけた経費と同額で、関連する特許をすべて買い取りましょう」。 カチンと来ましてね、即答してやりましたよ。「お断りします。おかしいでしょ。もし私の特*1 表面を指でなぞったり押したりすることで、機能の選択や調節ができる円形の操作盤。事実は小説より奇なり巨象アップルをひれ伏せさせた〝町の発明家〟齋藤憲彦氏個人発明家自分の発明が無断で、携帯音楽プレーヤー「iPod」に使われている。齋藤憲彦氏がこの事実に気づいた時、すでにiPodは世界中で大ヒット。グローバルメーカーが相手では泣き寝入りをするところだが、齋藤氏は諦めなかった。形勢不利な状況のなか、8年に及ぶアップルとの裁判を戦い抜き、逆転勝利を手にした。まさに、事実は小説よりも奇なり。何が、この快挙を可能にしたのか。運命の分岐点となった四つのエピソードとともに、齋藤氏が当時を振り返る。Column 17
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