特許行政年次報告書 2019年版
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特許行政年次報告書2019年版238齋藤 拒絶を覚悟していたのですが、「本件には特許性がある発明が存在している、という特許庁の基本見解をお伝えします。特許が成立することが決定しました。*2本件はあまりにも社会的影響が大きく、内容が難しすぎました。本来、審査は私一人で行うところなのですが、特別に、合議制により複数の審査官と相談して結論を出しました」と言われ、ジーンと来ました。 審査官が電話を直接してくることも、合議制で審査を行うことも異例なことのようです。「社会的影響が大きい」というのは、私の特許権の範囲がiPodのクリックホイールを包含していることと、日本にある携帯電話のほぼすべてに使用できることを意味するものと思いました。それから、私の入力装置は構造的には単純なので、コンセプトをとらえることが難しかったのでしょう。 最後に「最善を尽くして判断しました。あとは齋藤さんの番です。頑張ってください」と言われましてね。それまで手を貸してくださった方々に対する感謝の念が込み上げてきました。 こうして、巨象アップルと戦う準備は整い、本格的な闘争の幕が切って落とされたのである。裁判を始める前に司法の壁があった――当時、齋藤さんは、日本の発明家のために戦ったヒーローのように報道されましたね。齋藤 いえいえ、国も司法も、個人ではなく大企業の味方だと感じることが多かったので、私のことより、そのことに注目してほしいと思っていました。実は裁判の前に、税関に「輸入差止申立」をしたのですが、学識経験者3人が侵害の有無を判断した結果、不受理でした。*3「提出証拠だけでは判断できない」「責任を負えないから判断しなかった」という、特許庁の判断を無視した見解には納得できませんでしたね。あの時、「水際の取り締まり」を実施してもらえれば、良い条件で和解できたのに、悔しくてなりません。――裁判を起こすのに必要な印紙代も大きな障壁になったそうですね。齋藤 私は最終的に100億円の損害賠償を求めたので、約1600万円の印紙代を工面しなければなりませんでした。当時の私は、とてもそんなお金は払えません。それで、訴訟費用の後払いを認める「訴訟救助」という制度を使いました。 でも、裁判に勝てば賠償金で支払えますが、負けた場合は大変な負担です。特許を取ったとしても、裁判で勝つとは限らない。つまり、侵害した者勝ち。被害を被ったとしても、印紙代が工面できなかった時点で、裁判もできず負けが決まる。道理に合いませんよ。――裁判中に理不尽なことはありましたか。齋藤 はい。私の被害額を算定するための売上情報等の資料提出をアップルに求めたのですが、いっこうに出てこない。強く抗議すると「アメリカ本社が管理しているので日本にはない」という不可解な回答をしてきました。アップルの訴訟引き延ばし戦略なのに、裁判所はそれをすんなり許してしまいました。発明家よ、自分の発明の世界一のスペシャリストたれ――大変な苦労をして、勝訴されたのですね。齋藤 クリックホイールは私の発明です。アップルは特許無効を訴えてきましたが、東京地裁も*2 齋藤氏の特許第3852854号「接触操作型入力装置およびその電子部品」。*3 知的財産の侵害物品は、関税法第69条の2及び第69条の11により「輸出及び輸入してはならない貨物」と定められており、税関で取締りを行っている(財務省HP「知的財産侵害物品の取締り」参照)。*4 知的財産高等裁判所。特許権や著作権などの知的財産に関する争いを専門に扱う日本で唯一の専門裁判所。2005年4月、東京高裁の中に創設された特別の支部で、独立性が高い。

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