特許行政年次報告書2019年版248● 行き過ぎたプロパテント政策の是正 米国は、1980年代以降、特許権を、国際競争力強化のための鍵ととらえるプロパテント政策を推進することによって、世界一のイノベーション大国としての地位を確固たるものとしてきた。しかし、いわゆるパテントトロール問題(またはPAE問題)の顕在化を背景とした2000年代半ば以降のプロパテント政策是正の動きが行き過ぎたことにより、ここ数年は、多くの有識者が、「米国の特許制度は弱体化しており、その結果、米国のイノベーションシステムに悪影響が生じている」といった警鐘を鳴らす状態となっている。例えば、全米商工会議所が発行する「International IP Index」では、2016年以前は世界1位であった米国の特許システムが、2017年は10位、2018年には12位と評価されている。順位を落とした主な原因として、米国特許商標庁(USPTO)や裁判所における特許適格性要件の判断の予見性が低いことや、America Invents Act(AIA)レビュー制度によって特許権が容易に無効にされることなどが挙げられている。● トランプ政権の知的財産政策 特許権を弱める方向に振れ過ぎた振り子の針をプロパテント側に戻して、失われた米国の国際競争力とイノベーション創造能力を回復させるべきとの声が大きくなるなかで、トランプ政権が打ち出したのは、知的財産を重視する政策であった。同政権は、2017年8月に公表した大統領覚書で、中国による米国の知的財産窃盗を徹底的に追及する意向を示した。また、2018年4月26日の世界知的所有権の日には、知的財産に関する大統領宣言を公表して、その中で「知的財産権は米国の経済競争力のために不可欠なものである」と宣言し、海外に対して知的財産権の確実な保護を要求すると同時に、米国内の特許制度を強化するための措置を講じることを明らかにした。 トランプ政権において、特に中心となって知的財産重視政策を推進しているのが、2018年2月8日にUSPTO長官に任命されたアンドレイ・イアンク氏である。Iancu長官は、米国のイノベーションの原動力である特許制度の信頼とバランスを取り戻すことを目指し、就任以降の短期間に、AIAレビュー手続の予見性向上に向けた数々の改訂(クレーム解釈基準の変更(2018年11月)、クレーム訂正手続の改訂(2019年3月)など)や、特許適格性要件の判断の予見性向上のための新たな審査ガイダンスの公表(2019年1月)など、USPTOに数々の変革をもたらした。 イアンク長官による数々の改革は、米国知的財産関係者から高く評価されており、先述の全米商工会議所の「International IP Index」2019年版における特許システムランキングでは、米国は、日本、ドイツなどと並んで2位と大きく順位を上げている。● 吹き始めたプロパテントの風 国際競争力を高めるために、知的財産権、特に特許権を重視するトランプ政権の下、米国では再びプロパテント(プロイノベーション)の風が吹き始めたと考えられる。 さらに、連邦議会も、政権の動きに呼応して、特許適格性の問題を解決するための法案を検討する動きを見せていることから、今後は、連邦議会の動きにも注目が必要となるであろう。Column 18米国に再び吹き始めたプロパテントの風日本貿易振興機構 ニューヨーク事務所
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