特許行政年次報告書 2019年版
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国際的な動向と特許庁の取組第3部特許行政年次報告書2019年版291第2章支援している。 2013年11月から運用が開始され、2019年3月現在、提供技術情報は3,424件、ニーズ情報は219件が公開されている。(2)世界貿易機関(WTO)①知的所有権の貿易関連の側面に関する協定(TRIPS協定)1とTRIPS理事会 1995年、WTOの創設に合わせ、新たな貿易関連ルールの一つとして発効したTRIPS協定は、知的財産権の保護に関してWTO加盟国が遵守すべき最低基準(ミニマム・スタンダード)として機能しており、WIPOを中心とした国際的な知的財産権保護に関するルールメイキングの土台となるものである。 TRIPS理事会は、TRIPS協定に基づく義務の遵守状況の審査や、TRIPS協定に関する事項の協議を行う場であり、2002年以降は以下の事項を中心に議論が行われている。a. TRIPS協定と生物多様性条約との関係 TRIPS協定と生物多様性条約(CBD)2との関係は、ドーハ閣僚宣言において実施問題3と認められたものの1つである。 遺伝資源提供国(主として、途上国)は、CBDに規定されている遺伝資源及び関連する伝統的知識(遺伝資源等)の利用から生ずる利益の配分を確実にし、特許要件(新規性・進歩性等)を満たさない誤った特許付与を防止するために、TRIPS協定を改正(特許出願時の遺伝資源等の出所/原産国の開示、事前の情報に基づく同意及び利益配分の証拠の開示)すべきと主張している。 一方、米国、我が国等の先進国は、TRIPS協定とCBDに不整合はなく、CBDの遵守のための具体的な措置としては、名古屋議定書4が採択されていることから、TRIPS協定を改正する必要はないと反論している。また、誤った特許付与を防止する防御的保護の観点から、我が国は、WIPO/IGC5と同様に、特許審査用データベースの構築提案を行っている。b. 知的財産とイノベーション 知的財産活用の成功事例等を紹介することにより、知的財産制度の肯定的な側面に焦点を当てることを目的とした議題であり、米の主導により、2012年11月のTRIPS理事会から議論が行われている。2018年のTRIPS理事会では、「新たな経済における知財の社会的価値・生活を改善する知財」を通年テーマに、知財を重視する産業(IP-intensive industry)が社会に与える経済的な影響(3月)、知財の社会的価値・生活を改善する知財(6月)、知財と新ビジネスの関係、スタートアップの呼び込みや支援の施策(10月)といったテーマのもと、我が国を含む先進国が具体的取組の紹介を通じてイノベーション促進に果たす知的財産権の重要性を説明した。他方、インド等の一部の途上国は、知財はイノベーションの障壁ともなり得ると主張した。c. 医薬品に関する後発開発途上国(LDC)に対する経過措置の延長 TRIPS協定第66条第1項では、LDCに対しTRIPS協定を履行するまでに10年の経過期間が与えられていた。これについて、LDCからの経過期間延長要請がTRIPS理事会で承認され、現在、2021年7月1日まで経過期間が延長されている。 また、2015年2月のTRIPS理事会では、医薬品に関して、TRIPS協定第2部第5節の「特許」及び同第7節の「非開示情報の保護」についての経過期間、TRIPS協定第70条第8項(メールボックス出願規定)の履行義務免除、並びにTRIPS協定第70条第9項(排他的販売権規定)の履行義務免除を、各国がLDCであ1 Agreement on Trade-Related Aspects of Intellectual Property Rights2 1992年の国連環境開発会議で、生物種保護のために成立した条約であるが、同条約の中には、遺伝資源(ヒトを除く動物、植物、微生物の全てが「遺伝資源」に該当する)の利用から生ずる利益の遺伝資源提供国への配分、原住民の伝統的知識の保護、途上国へのバイオテクノロジーの移転等が盛り込まれた。CBDの規定をどのように履行していくべきかという議論の中で、既存の知的財産権制度、とりわけTRIPS 協定の改正が必要との主張が途上国からなされている。3 実施問題とは、TRIPS協定を含む、WTO協定の実施段階に入って途上国が直面している様々な問題のこと。一括受諾項目と異なり、ドーハ・ラウンドにおける正式な交渉対象項目として合意されたものではない。4 「生物の多様性に関する条約の遺伝資源の取得の機会及びその利用から生ずる利益の公正かつ衡平な配分に関する名古屋議定書」5 本章(1)⑤a.参照

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