第Ⅲ部 特許要件  第2章 新規性・進歩性

第2章 新規性・進歩性(特許法第29条第1項・第2項)

第1節 新規性

1. 概要

特許法第29条第1項各号には、日本国内又は外国において、特許出願前に公然知られた発明(第1号)、公然実施をされた発明(第2号)、頒布された刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明(第3号)が掲げられている。そして、同項は、これらの公知(注)の発明(新規性を有していない発明。以下この章において「先行技術」という。)については、特許を受けることができない旨を規定している。

特許制度は発明公開の代償として特許権を付与するものであるから、特許権が付与される発明は新規な発明でなければならない。同項は、このことを考慮して規定されたものである。

この節では、審査の対象となっている特許出願(以下この章において「本願」という。)に係る発明の新規性の判断について取り扱う。

(注)「公知」という用語は、一般に、第29条第1項第1号に該当するときを指す場合と、同項第1号から第3号までのいずれかに該当するときを指す場合とがあるが、以下この部においては、後者の意味で用いる。

2. 新規性の判断

新規性の判断の対象となる発明は、請求項に係る発明である。

審査官は、請求項に係る発明が新規性を有しているか否かを、請求項に係る発明と、新規性及び進歩性の判断のために引用する先行技術(引用発明)とを対比した結果、請求項に係る発明と引用発明との間に相違点があるか否かにより判断する。相違点がある場合は、審査官は、請求項に係る発明が新規性を有していると判断する。相違点がない場合は、審査官は、請求項に係る発明が新規性を有していないと判断する。

審査官は、特許請求の範囲に二以上の請求項がある場合は、請求項ごとに、新規性の有無を判断する。

第2節 進歩性

1. 概要

特許法第29条第2項は、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下この部において「当業者」という。) が先行技術に基づいて容易に発明をすることができたときは、その発明(進歩性を有していない発明)について、特許を受けることができないことを規定している。

当業者が容易に発明をすることができたものについて特許権を付与することは、技術進歩に役立たず、かえってその妨げになるからである。

この節では、特許を受けようとする発明の進歩性の判断、すなわち、その発明が先行技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるか否かの判断を、どのようにするかについて取り扱う。

2. 進歩性の判断に係る基本的な考え方

進歩性の判断の対象となる発明は、請求項に係る発明である。

審査官は、請求項に係る発明の進歩性の判断を、先行技術に基づいて、当業者が請求項に係る発明を容易に想到できたことの論理の構築(論理付け)ができるか否かを検討することにより行う。

当業者が請求項に係る発明を容易に想到できたか否かの判断には、進歩性が否定される方向に働く諸事実及び進歩性が肯定される方向に働く諸事実を総合的に評価することが必要である。そこで、審査官は、これらの諸事実を法的に評価することにより、論理付けを試みる。

以下この部において「当業者」とは、以下の(ⅰ)から(ⅳ)までの全ての条件を備えた者として、想定された者をいう。当業者は、個人よりも、複数の技術分野からの「専門家からなるチーム」として考えた方が適切な場合もある。

  • (ⅰ)請求項に係る発明の属する技術分野の出願時の技術常識(注1)を有していること。
  • (ⅱ)研究開発(文献解析、実験、分析、製造等を含む。)のための通常の技術的手段を用いることができること。
  • (ⅲ)材料の選択、設計変更等の通常の創作能力を発揮できること。
  • (ⅳ)請求項に係る発明の属する技術分野の出願時の技術水準(注2)にあるもの全てを自らの知識とすることができ、発明が解決しようとする課題に関連した技術分野の技術を自らの知識とすることができること。

論理付けを試みる際には、審査官は、請求項に係る発明の属する技術分野における出願時の技術水準を的確に把握する。そして、請求項に係る発明についての知識を有しないが、この技術水準にあるもの全てを自らの知識としている当業者であれば、本願の出願時にどのようにするかを常に考慮して、審査官は論理付けを試みる。

(注1)「技術常識」とは、当業者に一般的に知られている技術(周知技術及び慣用技術を含む。)又は経験則から明らかな事項をいう。したがって、技術常識には、当業者に一般的に知られているものである限り、実験、分析、製造の方法、技術上の理論等が含まれる。当業者に一般的に知られているものであるか否かは、その技術を記載した文献の数のみで判断されるのではなく、その技術に対する当業者の注目度も考慮して判断される。

ここで、「周知技術」とは、その技術分野において一般的に知られている技術であって、例えば、以下のようなものをいう。

  • (ⅰ)その技術に関し、相当多数の刊行物(「第3節 新規性・進歩性の審査の進め方」の3.1.1参照)又はウェブページ等(「第3節 新規性・進歩性の審査の進め方」の3.1.2参照) (以下この章において「刊行物等」という。)が存在しているもの
  • (ⅱ)業界に知れ渡っているもの
  • (ⅲ)その技術分野において、例示する必要がない程よく知られているもの
    「慣用技術」とは、周知技術であって、かつ、よく用いられている技術をいう。
(注2)「技術水準」とは、先行技術のほか、技術常識その他の技術的知識(技術的知見等)から構成される。

3. 進歩性の具体的な判断

審査官は、先行技術の中から、論理付けに最も適した一の引用発明を選んで主引用発明とし、以下の(1)から(4)までの手順により、主引用発明から出発して、当業者が請求項に係る発明に容易に到達する論理付けができるか否かを判断する。審査官は、独立した二以上の引用発明を組み合わせて主引用発明としてはならない。

審査官は、特許請求の範囲に二以上の請求項がある場合は、請求項ごとに、進歩性の有無を判断する。

  • (1)審査官は、請求項に係る発明と主引用発明との間の相違点に関し、進歩性が否定される方向に働く要素(3.1参照)に係る諸事情に基づき、他の引用発明(以下この章において「副引用発明」という。)を適用したり、技術常識を考慮したりして、論理付けができるか否かを判断する。
  • (2)上記(1)に基づき、論理付けができないと判断した場合は、審査官は、請求項に係る発明が進歩性を有していると判断する。
  • (3)上記(1)に基づき、論理付けができると判断した場合は、審査官は、進歩性が肯定される方向に働く要素(3.2参照)に係る諸事情も含めて総合的に評価した上で論理付けができるか否かを判断する。
  • (4)上記(3)に基づき、論理付けができないと判断した場合は、審査官は、請求項に係る発明が進歩性を有していると判断する。
    上記(3)に基づき、論理付けができたと判断した場合は、審査官は、請求項に係る発明が進歩性を有していないと判断する。
図 論理付けのための主な要素
図 論理付けのための主な要素

上記(2)の手順に関し、例えば、請求項に係る発明と主引用発明との間の相違点に対応する副引用発明がなく、相違点が設計変更等でもない場合は、論理付けはできなかったことになる。

他方、上記(4)後段の手順に関し、例えば、請求項に係る発明と主引用発明との間の相違点に対応する副引用発明があり、かつ、主引用発明に副引用発明を適用する動機付け(論理付けのための一要素。上図を参照。)があり、進歩性が肯定される方向に働く事情がない場合は、論理付けができたことになる。

3.1 進歩性が否定される方向に働く要素

3.1.1 主引用発明に副引用発明を適用する動機付け

主引用発明(A)に副引用発明(B)を適用したとすれば、請求項に係る発明(A+B)に到達する場合(注1)には、その適用を試みる動機付けがあることは、進歩性が否定される方向に働く要素となる。

主引用発明に副引用発明を適用する動機付けの有無は、以下の(1)から(4)までの動機付けとなり得る観点を総合考慮して判断される。審査官は、いずれか一つの観点に着目すれば、動機付けがあるといえるか否かを常に判断できるわけではないことに留意しなければならない。

  • (1)技術分野の関連性
  • (2)課題の共通性
  • (3)作用、機能の共通性
  • (4)引用発明の内容中の示唆

(注1)当業者の通常の創作能力の発揮である設計変更等(3.1.2(1)参照)は、副引用発明を主引用発明に適用する際にも考慮される。よって、主引用発明に副引用発明を適用する際に、設計変更等を行いつつ、その適用をしたとすれば、請求項に係る発明に到達する場合も含まれる。

  • (1)技術分野の関連性

    主引用発明の課題解決のために、主引用発明に対し、主引用発明に関連する技術分野の技術手段の適用を試みることは、当業者の通常の創作能力の発揮である。例えば、主引用発明に関連する技術分野に、置換可能又は付加可能な技術手段があることは、当業者が請求項に係る発明に導かれる動機付けがあるというための根拠となる。

    審査官は、主引用発明に副引用発明を適用する動機付けの有無を判断するに当たり、(1)から(4)までの動機付けとなり得る観点のうち「技術分野の関連性」については、他の動機付けとなり得る観点も併せて考慮しなければならない。

    ただし、「技術分野」を把握するに当たり(注2)、単にその技術が適用される製品等の観点のみならず、課題や作用、機能といった観点をも併せて考慮する場合は、「技術分野の関連性」について判断をすれば、「課題の共通性」や「作用、機能の共通性」を併せて考慮したことになる。このような場合において、他の動機付けとなり得る観点を考慮しなくても、「技術分野の関連性」により動機付けがあるといえるならば、動機付けの有無を判断するに当たり、改めて「課題の共通性」や「作用、機能の共通性」について考慮する必要はない。

    (注2)技術分野は、適用される製品等に着目したり、原理、機構、作用、機能等に着目したりすることにより把握される。

    例1:
    [請求項]

    アドレス帳の宛先を通信頻度に応じて並べ替える電話装置。

    [主引用発明]

    アドレス帳の宛先をユーザが設定した重要度に応じて並べ替える電話装置。

    [副引用発明]

    アドレス帳の宛先を通信頻度に応じて並べ替えるファクシミリ装置。

    (説明)

    主引用発明の装置と、副引用発明の装置とは、アドレス帳を備えた通信装置という点で共通する。このことに着目すると、両者の技術分野は関連している。

    さらに、ユーザが通信をしたい宛先への発信操作を簡単にする点でも共通していると判断された場合には、両者の技術分野の関連性が課題や作用、機能といった観点をも併せて考慮されたことになる。

  • (2)課題の共通性

    主引用発明と副引用発明との間で課題が共通することは、主引用発明に副引用発明を適用して当業者が請求項に係る発明に導かれる動機付けがあるというための根拠となる。

    本願の出願時において、当業者にとって自明な課題又は当業者が容易に着想し得る課題が共通する場合も、課題の共通性は認められる。審査官は、主引用発明や副引用発明の課題が自明な課題又は容易に着想し得る課題であるか否かを、出願時の技術水準に基づいて把握する。

    審査官は、請求項に係る発明とは別の課題を有する引用発明に基づき、主引用発明から出発して請求項に係る発明とは別の思考過程による論理付けを試みることもできる。試行錯誤の結果の発見に基づく発明等、請求項に係る発明の課題が把握できない場合も同様である。

    例2:
    [請求項]

    表面に硬質炭素膜が形成されたペットボトル。

    [主引用発明]

    表面に酸化ケイ素膜が形成されたペットボトル。
    (主引用発明が記載された刊行物には、酸化ケイ素膜のコーティングがガスバリア性を高めるためのものであることについて記載されている。)

    [副引用発明]

    表面に硬質炭素膜が形成された密封容器。
    (副引用発明が記載された刊行物には、硬質炭素膜のコーティングがガスバリア性を高めるためのものであることについて記載されている。)

    (説明)

    膜のコーティングがガスバリア性を高めるためのものであることに着目すると、主引用発明と副引用発明との間で課題は共通している。

    例3:
    [請求項]

    握り部に栓抜き部が備えられた調理鋏。

    [主引用発明]

    握り部に殻割部が備えられた調理鋏。

    [副引用発明]

    握り部に栓抜き部が備えられたペティーナイフ。

    (説明)

    調理鋏やナイフ等の調理器具において多機能化を図ることは、調理器具における自明の課題であり、主引用発明と副引用発明との間で課題は共通している。

  • (3)作用、機能の共通性

    主引用発明と副引用発明との間で、作用、機能が共通することは、主引用発明に副引用発明を適用したり結び付けたりして当業者が請求項に係る発明に導かれる動機付けがあるというための根拠となる。

    例4:
    [請求項]

    膨張部材を膨張させて洗浄布を接触させ、ブランケットシリンダを洗浄する印刷機。

    [主引用発明]

    カム機構を用いて洗浄布を接触させ、ブランケットシリンダを洗浄する印刷機。

    [副引用発明]

    膨張部材を膨張させて洗浄布を接触させ、凹版シリンダを洗浄する印刷機。

    (説明)

    主引用発明のカム機構も、副引用発明の膨張部材も、洗浄布を印刷機のシリンダに接触又は離反させる作用のために設けられている点に着目すると、主引用発明と副引用発明との間で作用は共通している。

  • (4)引用発明の内容中の示唆

    引用発明の内容中において、主引用発明に副引用発明を適用することに関する示唆があれば、主引用発明に副引用発明を適用して当業者が請求項に係る発明に導かれる動機付けがあるというための有力な根拠となる。

    例5:
    [請求項]

    エチレン/酢酸ビニル共重合体及び当該共重合体中に分散された受酸剤粒子を含み、当該共重合体が、さらに架橋剤により架橋されている透明フィルム。

    [主引用発明]

    エチレン/酢酸ビニル共重合体及び当該共重合体中に分散された受酸剤粒子を含む透明フィルム。

    (主引用発明が記載された刊行物には、エチレン/酢酸ビニル共重合体が太陽電池の構成部品と接触する部材として用いられることについて言及されている。)

    [副引用発明]

    太陽電池用封止膜に用いられ、エチレン/酢酸ビニル共重合体からなる透明フィルムであって、当該共重合体が架橋剤により架橋された透明フィルム。

    (説明)

    主引用発明が記載された刊行物の前記言及は、主引用発明に、太陽電池用封止膜として用いられる透明フィルムに関する技術を適用することについて、示唆しているものといえる。

3.1.2 動機付け以外に進歩性が否定される方向に働く要素
  • (1)設計変更等

    請求項に係る発明と主引用発明との相違点について、以下の(ⅰ)から(ⅳ)までのいずれか(以下この章において「設計変更等」という。)により、主引用発明から出発して当業者がその相違点に対応する発明特定事項に到達し得ることは、進歩性が否定される方向に働く要素となる。さらに、主引用発明の内容中に、設計変更等についての示唆があることは、進歩性が否定される方向に働く有力な事情となる。

    • (ⅰ)一定の課題を解決するための公知材料の中からの最適材料の選択(例1)
    • (ⅱ)一定の課題を解決するための数値範囲の最適化又は好適化(例2)
    • (ⅲ)一定の課題を解決するための均等物による置換(例3)
    • (ⅳ)一定の課題を解決するための技術の具体的適用に伴う設計変更や設計的事項の採用(例4及び例5)

    これらは、いずれも当業者の通常の創作能力の発揮にすぎないからである。

    • 例1:球技用ボールにおける外皮側とボール側との接着剤として、加圧で接着する接着剤に代え、周知の水反応型接着剤を適用することは,公知材料の中からの最適材料の選択にすぎない。
    • 例2:硬化前のコンクリートについて、流動性を悪化させる75μm以下の粒子の含有量を低減し、1.5質量%以下に定めることは、当業者が適宜なし得る数値範囲の最適化又は好適化にすぎない。
    • 例3:湿度の検知手段に特徴のある浴室乾燥装置の駆動手段として、ブラシ付きDCモータに代えて、周知のブラシレスDCモータを採用することは、均等物による置換にすぎない。
    • 例4:携帯電話機の出力端子と、外部の表示装置であるデジタルテレビとを接続し、当該デジタルテレビに画像を表示する際に、その画面の大きさ、画像解像度に適合したデジタルテレビ用の画像信号(デジタル表示信号)を生成及び出力することは、外部装置の種類や性能に応じて適切な方法を選択するものであって、当業者が適宜なし得る設計的事項である。
    • 例5:顧客側端末装置から入力された情報に応じて当該顧客に宿泊施設情報を提供するシステムにおいて、旅行代理店の窓口でなされているビジネス慣行を参考とし、顧客側端末装置から入力する選択項目として飲食物を採用し、また、提供する宿泊施設情報の項目として宿泊施設の築年数を採用することは、当業者が適宜採用し得る設計的事項である。
  • (2)先行技術の単なる寄せ集め

    先行技術の単なる寄せ集めとは、発明特定事項の各々が公知であり、互いに機能的又は作用的に関連していない場合をいう。発明が各事項の単なる寄せ集めである場合は、その発明は当業者の通常の創作能力の発揮の範囲内でなされたものである。先行技術の単なる寄せ集めであることは、進歩性が否定される方向に働く要素となる。さらに、主引用発明の内容中に先行技術の寄せ集めについての示唆があることは、進歩性が否定される方向に働く有力な事情となる。

    • 例6:公知の昇降手段Aを備えた建造物の外壁の作業用ゴンドラ装置に、公知の防風用カバー部材、公知の作業用具収納手段をそれぞれ付加することは、先行技術の単なる寄せ集めである。

3.2 進歩性が肯定される方向に働く要素

3.2.1 引用発明と比較した有利な効果

引用発明と比較した有利な効果は、進歩性が肯定される方向に働く要素である。このような効果が明細書、特許請求の範囲又は図面の記載から明確に把握される場合は、審査官は、進歩性が肯定される方向に働く事情として、これを参酌する。ここで、引用発明と比較した有利な効果とは、発明特定事項によって奏される効果(特有の効果)のうち、引用発明の効果と比較して有利なものをいう。

  • (1)引用発明と比較した有利な効果の参酌

    請求項に係る発明が、引用発明と比較した有利な効果を有している場合は、審査官は、その効果を参酌して、当業者が請求項に係る発明に容易に想到できたことの論理付けを試みる。そして、請求項に係る発明が引用発明と比較した有利な効果を有していても、当業者が請求項に係る発明に容易に想到できたことが、十分に論理付けられた場合は、請求項に係る発明の進歩性は否定される。

    しかし、引用発明と比較した有利な効果が、例えば、以下の(ⅰ)又は(ⅱ)のような場合に該当し、技術水準から予測される範囲を超えた顕著なものであることは、進歩性が肯定される方向に働く有力な事情になる。(参考) 最三小判令和元年8月27日(平成30年(行ヒ)69号)「アレルギー性眼疾患を処置するためのドキセピン誘導体を含有する局所的眼科用処方物」(ヒト結膜肥満細胞安定化剤事件判決)

    • (ⅰ)請求項に係る発明が、引用発明の有する効果とは異質な効果を有し、この効果が出願時の技術水準から当業者が予測することができたものではない場合
    • (ⅱ)請求項に係る発明が、引用発明の有する効果と同質の効果であるが、際だって優れた効果を有し、この効果が出願時の技術水準から当業者が予測することができたものではない場合

    特に選択発明(「第4節 特定の表現を有する請求項等についての取扱い」の7. 参照)のように、物の構造に基づく効果の予測が困難な技術分野に属するものについては、引用発明と比較した有利な効果を有することが進歩性の有無を判断するための重要な事情になる。

    • 例 :請求項に係る発明が特定のアミノ酸配列を有するモチリンであって、引用発明のモチリンに比べ6~9倍の活性を示し、腸管運動亢進効果として有利な効果を奏するものである。この効果が出願当時の技術水準から当業者が予測できる範囲を超えた顕著なものであることは、進歩性が肯定される方向に働く事情になる。
  • (2)意見書等で主張された効果の参酌

    以下の(ⅰ)又は(ⅱ)の場合は、審査官は、意見書等において主張、立証(例えば、実験結果の提示)がなされた、引用発明と比較した有利な効果を参酌する。

    • (ⅰ)その効果が明細書に記載されている場合
    • (ⅱ)その効果は明細書に明記されていないが、明細書又は図面の記載から当業者がその効果を推論できる場合

    しかし、審査官は、意見書等で主張、立証がなされた効果が明細書に記載されておらず、かつ、明細書又は図面の記載から当業者が推論できない場合は、その効果を参酌すべきでない。

3.2.2 阻害要因
  • (1)副引用発明を主引用発明に適用することを阻害する事情があることは、論理付けを妨げる要因(阻害要因)として、進歩性が肯定される方向に働く要素となる。ただし、阻害要因を考慮したとしても、当業者が請求項に係る発明に容易に想到できたことが、十分に論理付けられた場合は、請求項に係る発明の進歩性は否定される。

    阻害要因の例としては、副引用発明が以下のようなものであることが挙げられる。

    • (ⅰ)主引用発明に適用されると、主引用発明がその目的に反するものとなるような副引用発明(例1)
    • (ⅱ)主引用発明に適用されると、主引用発明が機能しなくなる副引用発明(例2)
    • (ⅲ)主引用発明がその適用を排斥しており、採用されることがあり得ないと考えられる副引用発明(例3)
    • (ⅳ)副引用発明を示す刊行物等に副引用発明と他の実施例とが記載又は掲載され、主引用発明が達成しようとする課題に関して、作用効果が他の実施例より劣る例として副引用発明が記載又は掲載されており、当業者が通常は適用を考えない副引用発明(例4)
    例1:
    [主引用発明]

    水道水のオゾンによる滅菌処理において、水流部を主流部と支流部とに分岐し、支流部から陽極に水道水を導入し、これを電解して直接オゾン水とする方法。

    (主引用発明の記載された刊行物には、気体と液体との混合に関する高価な装置(気液接触装置)の使用を避けるという主引用発明の目的が記載されている。)

    [副引用発明]

    純水を電解して電解槽の陽極室にオゾン含有ガスを発生させ、当該ガスを前記電解槽から取り出して陽極液から分離し、分離したオゾン含有ガスを被処理水に注入することによりオゾン水とする方法。

    (説明)

    気体と液体との混合に関する高価な装置(気液接触装置)の使用は、主引用発明の目的に反する。したがって、主引用発明において、副引用発明を適用し、一旦オゾン含有ガスを陽極液から取り出し、これを再び支流又は主流に注入し、溶解させる構成を採用することには、阻害要因がある。

    例2:
    [主引用発明]

    所定の構造を有するベーンポンプ。

    [副引用発明]

    所定の形状を有するガスケット。

    (説明)

    主引用発明のベーンポンプのシール用に、副引用発明のガスケットを用いた場合に、間隙が生じ、ベーンポンプとしての機能を果たしえなくなるときは、主引用発明に副引用発明を適用することについて、阻害要因がある。

    例3:
    [主引用発明]

    液冷媒が通る通路と、気相冷媒が通る通路とを有する樹脂性の弁本体と、制御機構とを固定するために、かしめ固定による連結という手法を採用した温度式膨張弁。

    (主引用発明が記載された刊行物には、先行技術の課題として、螺着の場合には、雄ねじの形成にコストがかかり、かつ、取付けに当たり接着剤を使用する必要があり、取付作業が面倒になることを挙げ、その課題を解決するために、かしめ固定という方法を採用したと記載されている。)

    [副引用発明]

    二つの部材を固定するために、ねじ結合による螺着という手法を採用した圧力制御弁。

    (説明)

    主引用発明は、ねじ結合による螺着という方法を積極的に排斥しており、主引用発明に、副引用発明のねじ結合による螺着という技術を適用することには、阻害要因がある。

    例4:
    [主引用発明]

    合成繊維の仮撚加工中の合成繊維を所定の糸導ガイドを走行させつつ、一の非接触式加熱装置で加熱する方法。

    (主引用発明が記載された刊行物には、染斑を低減させることが目的として記載されている。)

    [副引用発明]

    合成繊維の仮撚加工中の合成繊維を複数の非接触式加熱装置で加熱する方法。

    (副引用発明が記載された刊行物には、いくつかの態様が記載され、そのうち、全ての非接触式加熱装置を温度aで運転する態様については、他の態様よりは、染斑が発生しやすい態様として記載されている。)

    (説明)

    副引用発明の前記態様は、主引用発明が達成しようとする染斑の低減という点では劣る例として示されたものである。したがって、主引用発明に副引用発明を適用し、主引用発明の非接触式加熱装置を温度aで運転することには、阻害要因がある。

  • (2)刊行物等の中に、請求項に係る発明に容易に想到することを妨げるほどの記載があれば、そのような刊行物等に記載された発明は、引用発明としての適格性を欠く。したがって、主引用発明又は副引用発明がそのようなものであることは、論理付けを妨げる阻害要因になる。しかし、一見論理付けを妨げるような記載があっても、進歩性が否定される方向に働く要素に係る事情が十分に存在し、論理付けが可能な場合には、そのような刊行物等に記載された発明も、引用発明としての適格性を有している。

3.3 進歩性の判断における留意事項

  • (1)請求項に係る発明の知識を得た上で、進歩性の判断をするために、以下の(ⅰ)又は(ⅱ)のような後知恵に陥ることがないように、審査官は留意しなければならない。
    • (ⅰ)当業者が請求項に係る発明に容易に想到できたように見えてしまうこと。
    • (ⅱ)引用発明の認定の際に、請求項に係る発明に引きずられてしまうこと(「第3節 新規性・進歩性の審査の進め方」の3.3参照)。
  • (2)審査官は、主引用発明として、通常、請求項に係る発明と、技術分野又は課題(注1)が同一であるもの又は近い関係にあるものを選択する。

    請求項に係る発明とは技術分野又は課題が大きく異なる主引用発明を選択した場合には、論理付けは困難になりやすい。そのような場合は、審査官は、主引用発明から出発して、当業者が請求項に係る発明に容易に想到できたことについて、より慎重な論理付け(例えば、主引用発明に副引用発明を適用するに当たり十分に動機付けとなる事情が存在するのか否かの検討)が要求されることに留意する。

    (注1)自明な課題や当業者が容易に着想し得る課題を含む。
     また、ここで検討されるのは、請求項に係る発明と主引用発明との間で課題が大きく異なるか否かである。ここで請求項に係る発明と主引用発明との間で検討される課題は、3.1.1(2)の課題(主引用発明と副引用発明との間で共通するか否かが検討される課題)と同一である必要はない。

    また、請求項に係る発明の解決すべき課題が新規であり、当業者が通常は着想しないようなものである場合は、請求項に係る発明と主引用発明とは、解決すべき課題が大きく異なることが通常である。したがって、請求項に係る発明の課題が新規であり、当業者が通常は着想しないようなものであることは、進歩性が肯定される方向に働く一事情になり得る。

  • (3)審査官は、論理付けのために引用発明として用いたり、設計変更等の根拠として用いたりする周知技術について、周知技術であるという理由だけで、論理付けができるか否かの検討(その周知技術の適用に阻害要因がないか等の検討)を省略してはならない。
  • (4)審査官は、本願の明細書中に本願出願前の従来技術として記載されている技術について、出願人がその明細書の中でその従来技術の公知性を認めている場合は、出願当時の技術水準を構成するものとして、これを引用発明とすることができる。
  • (5)物自体の発明が進歩性を有している場合には、その物の製造方法及びその物の用途の発明は、原則として、進歩性を有している(注2)。

    (注2)例外としては、物自体の発明が用途発明(「第4節 特定の表現を有する請求項等についての取扱い」の3.1.2参照)である場合における、その物の製造方法が挙げられる。

  • (6)審査官は、商業的成功、長い間その実現が望まれていたこと等の事情を、進歩性が肯定される方向に働く事情があることを推認するのに役立つ二次的な指標として参酌することができる。ただし、審査官は、出願人の主張、立証により、この事情が請求項に係る発明の技術的特徴に基づくものであり、販売技術、宣伝等、それ以外の原因に基づくものではないとの心証を得た場合に限って、この参酌をすることができる。

第3節 新規性・進歩性の審査の進め方

1. 概要

審査官は、新規性及び進歩性の判断をするに当たり、請求項に係る発明の認定と、引用発明の認定とを行い、次いで、両者の対比を行う。対比の結果、相違点がなければ、審査官は、請求項に係る発明が新規性を有していないと判断し(第1節)、相違点がある場合には、進歩性の判断を行う(第2節)。

審査官は、新規性及び進歩性の判断をするに当たり、請求項に係る発明の認定と、引用発明の認定とを行い、次いで、両者の対比を行う。対比の結果、相違点がなければ、審査官は、請求項に係る発明が新規性を有していないと判断し(第1節)、相違点がある場合には、進歩性の判断を行う(第2節)。

2. 請求項に係る発明の認定

審査官は、請求項に係る発明を、請求項の記載に基づいて認定する。この認定において、審査官は、明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識を考慮して請求項に記載されている用語の意義を解釈する。

審査官は、請求項の記載に基づき認定した発明と明細書又は図面に記載された発明とが対応しないことがあっても、請求項の記載を無視して明細書又は図面の記載のみから請求項に係る発明を認定し、それを審査の対象とはしない。審査官は、明細書又は図面に記載があっても、請求項には記載されていない事項は、請求項には記載がないものとして請求項に係る発明の認定を行う。反対に、審査官は、請求項に記載されている事項については必ず考慮の対象とし、記載がないものとして扱ってはならない。(参考) 最二小判平成3年3月8日(昭和62年(行ツ)3号・民集45巻3号123頁)「トリグリセリドの測定法」(リパーゼ事件判決)

2.1 請求項の記載が明確である場合

この場合は、審査官は、請求項の記載どおりに請求項に係る発明を認定する。また、審査官は、請求項の用語の意味を、その用語が有する通常の意味と解釈する。

ただし、請求項に記載されている用語の意味内容が明細書又は図面において定義又は説明されている場合は、審査官は、その定義又は説明を考慮して、その用語を解釈する。なお、請求項の用語の概念に含まれる下位概念を単に例示した記載が発明の詳細な説明又は図面中にあるだけでは、ここでいう定義又は説明には該当しない。

2.2 請求項の記載が一見すると明確でなく、理解が困難な場合

この場合において、明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識を考慮して請求項中の用語を解釈すると請求項の記載が明確になるのであれば、審査官は、それらを考慮してその用語を解釈する。

2.3 明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識を考慮しても、請求項に係る発明が明確でない場合

この場合は、審査官は、請求項に係る発明の認定を行わない。なお、このような発明について、先行技術調査の除外対象になり得ることについて、「第Ⅰ部第2章第2節 先行技術調査及び新規性・進歩性等の判断」の2.3を参照。

3. 引用発明の認定

審査官は、先行技術を示す証拠に基づき、引用発明を認定する。

3.1 先行技術

先行技術は、本願の出願時より前に、日本国内又は外国において、3.1.1から3.1.4までのいずれかに該当したものである。本願の出願時より前か否かの判断は、時、分、秒まで考慮してなされる。外国で公知になった場合については、日本時間に換算した時刻で比較してその判断がなされる。

3.1.1 頒布された刊行物に記載された発明(第29条第1項第3号)

「頒布された刊行物に記載された発明」とは、不特定の者が見得る状態に置かれた(注1)刊行物(注2)に記載された発明をいう。

(注1)現実に誰かが見たという事実を必要としない。

(注2)「刊行物」とは、公衆に対し、頒布により公開することを目的として複製された文書、図面その他これに類する情報伝達媒体をいう。

  • (1)刊行物に記載された発明
    • a 「刊行物に記載された発明」とは、刊行物に記載されている事項及び刊行物に記載されているに等しい事項から把握される発明をいう。審査官は、これらの事項から把握される発明を、刊行物に記載された発明として認定する。刊行物に記載されているに等しい事項とは、刊行物に記載されている事項から本願の出願時における技術常識を参酌することにより当業者が導き出せる事項をいう。

      審査官は、刊行物に記載されている事項及び記載されているに等しい事項から当業者が把握することができない発明を「引用発明」とすることができない。そのような発明は、「刊行物に記載された発明」とはいえないからである。

    • b 審査官は、刊行物に記載されている事項及び記載されているに等しい事項から当業者が把握することができる発明であっても、以下の(ⅰ)又は(ⅱ)の場合は、その刊行物に記載されたその発明を「引用発明」とすることができない。
      • (ⅰ)物の発明については、刊行物の記載及び本願の出願時の技術常識に基づいて、当業者がその物を作れることが明らかでない場合
      • (ⅱ)方法の発明については、刊行物の記載及び本願の出願時の技術常識に基づいて、当業者がその方法を使用できることが明らかでない場合
  • (2)頒布された時期の取扱い
    • a 刊行物の頒布時期の推定
      刊行物に
      発行時期が記載されているか
      推定される頒布時期
      記載されている(注) 発行の年のみが記載されているとき その年の末日の終了時
      発行の年月が記載されているとき その年月の末日の終了時
      発行の年月日まで記載されているとき その年月日の終了時
      記載されていない 外国刊行物で国内受入れの時期が判明しているとき その受入れの時期から、発行国から国内受入れまでに要する通常の期間さかのぼった時期
      その刊行物につき、書評、抜粋、カタログ等を掲載した他の刊行物があるとき 当該他の刊行物の発行時期から推定されるその刊行物の頒布時期
      その刊行物につき、重版又は再版があり、これに初版の発行時期が記載されているとき その記載されている
      初版の発行時期
      その他の適当な手掛かりがあるとき その手掛かりから推定
      又は認定される頒布時期

      (注)刊行物に記載されている発行時期以外に、適当な手掛かりがある場合は、審査官は、その手掛かりから推定又は認定される頒布時期を、その刊行物の頒布時期と推定することができる。

    • b 特許出願の日と刊行物の発行日とが同日の場合の取扱い

      特許出願の日と刊行物の発行日とが同日の場合は、審査官は、刊行物の発行の時が特許出願の時よりも前であることが明らかな場合のほかは、頒布時期を特許出願前であると取り扱わない。

3.1.2 電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明(第29条第1項第3号)

「電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明」とは、電気通信回線(注1)を通じて不特定の者が見得るような状態に置かれた(注2)ウェブページ等(注3)に掲載された発明をいう。

(注1)「回線」とは、一般に往復の通信路で構成された、双方向に通信可能な伝送路を意味する。一方向にしか情報を送信できない放送は、「回線」には含まれない。双方向からの通信を伝送するケーブルテレビ等は、「回線」に該当する。
(注2)現実に誰かがアクセスしたという事実を必要としない。具体的には、以下の(ⅰ)及び(ⅱ)の両方を満たすような場合は、公衆に利用可能となった(不特定の者が見得る状態に置かれた)ものといえる。
  • (ⅰ)インターネットにおいて、公知のウェブページ等からリンクをたどることで到達でき、検索エンジンに登録され、又はアドレス(URL)が公衆への情報伝達手段(例えば、広く一般的に知られている新聞、雑誌等)に載っていること。
  • (ⅱ)公衆からのアクセス制限がなされていないこと。
(注3)「ウェブページ等」とは、インターネット等において情報を掲載するものをいう。「インターネット等」とは、インターネット、商用データベース、メーリングリスト等の電気通信回線を通じて情報を提供するものをいう。
  • (1)ウェブページ等に掲載された発明

    「ウェブページ等に掲載された発明」とは、ウェブページ等に掲載されている事項及びウェブページ等に掲載されているに等しい事項から把握される発明をいう。

    審査官は、ウェブページ等に掲載された発明を、3.1.1(1)に準じて認定する。ただし、その発明を引用するためには、ウェブページ等に掲載されている事項が掲載時期にその内容のとおりにそのウェブページ等に掲載されていたことが必要である。

    審査官は、公衆に利用可能となった時が出願前か否かを、引用しようとするウェブページ等に表示されている掲載時期に基づいて判断する(注4)。

    (注4)掲載時期の記載がなく、又は年若しくは月の記載のみがあり、出願時との先後が不明である場合は、審査官は、掲載された情報に関してその掲載、保全等に権限及び責任を有する者から掲載時期についての証明を得て、掲載時期が出願時よりも前であれば、その情報を引用することができる。
  • (2)掲載時期や掲載内容(ウェブページ等に掲載されている事項が掲載時期にその内容のとおりにそのウェブページ等に掲載されていたか否か)に関する出願人からの反論
    • a 出願人から、表示された掲載時期及び掲載内容について、証拠に裏付けられておらず、単にウェブページ等による開示であるから疑わしいという内容のみの反論がなされた場合

      この場合は、具体的根拠が示されていないので、審査官はその反論を採用しない。

    • b 出願人から具体的根拠を示しつつ反論がなされ、掲載時期又は掲載内容について疑義が生じた場合

      審査官は、その掲載、保全等に権限及び責任を有する者に問い合わせて掲載時期又は掲載内容についての確認を求める。その際、審査官はウェブページ等への掲載時期又は掲載内容についての証明書の発行を依頼する。

      出願人からの反論等を検討した結果、その疑義があるとの心証が変わらない場合は、審査官は、そのウェブページ等に掲載された発明を引用しない。

3.1.3 公然知られた発明(第29条第1項第1号)

「公然知られた発明」とは、不特定の者に秘密でないものとしてその内容が知られた発明をいう(注)。

(注) 守秘義務を負う者から秘密でないものとして他の者に知られた発明は、「公然知られた発明」である。このことと、発明者又は出願人の秘密にする意思の有無とは関係しない。
 学会誌等の原稿は、一般に、その原稿が受け付けられても不特定の者に知られる状態に置かれるものではない。したがって、その原稿の内容が公表されるまでは、その原稿に記載された発明は、「公然知られた発明」とはならない。

「公然知られた発明」は、通常、講演、説明会等を介して知られたものであることが多い。その場合は、審査官は、講演、説明会等において説明された事実から発明を認定する。

説明されている事実の解釈に当たって、審査官は、講演、説明会等の時における技術常識を参酌することにより当業者が導き出せる事項も、「公然知られた発明」の認定の基礎とすることができる。

3.1.4 公然実施をされた発明(第29条第1項第2号)

「公然実施をされた発明」とは、その内容が公然知られる状況又は公然知られるおそれのある状況で実施をされた発明をいう(注)。

(注) その発明が実施をされたことにより、公然知られた事実もある場合は、第29条第1項第1号の「公然知られた発明」にも該当する。

「公然実施をされた発明」は、通常、機械、装置、システム等を用いて実施されたものであることが多い。その場合は、審査官は、用いられた機械、装置、システム等がどのような動作、処理等をしたのかという事実から発明を認定する。

その事実の解釈に当たって、審査官は、発明が実施された時における技術常識を参酌することにより当業者が導き出せる事項も、「公然実施をされた発明」の認定の基礎とすることができる。

3.2 先行技術を示す証拠が上位概念又は下位概念で発明を表現している場合の取扱い

  • (1)先行技術を示す証拠が上位概念(注1)で発明を表現している場合

    この場合は、下位概念で表現された発明が示されていることにならないから、審査官は、下位概念で表現された発明を引用発明として認定しない。ただし、技術常識を参酌することにより、下位概念で表現された発明が導き出される場合には(注2)、審査官は、下位概念で表現された発明を引用発明として認定することができる。

    (注1)「上位概念」とは、同族的若しくは同類的事項を集めて総括した概念又はある共通する性質に基づいて複数の事項を総括した概念をいう。

    (注2)概念上、下位概念が上位概念に含まれる、又は上位概念の用語から下位概念の用語を列挙することができることのみでは、下位概念で表現された発明が導き出される(記載されている)とはしない。

  • (2)先行技術を示す証拠が下位概念で発明を表現している場合

    この場合は、先行技術を示す証拠が発明を特定するための事項として「同族的若しくは同類的事項又はある共通する性質」を用いた発明を示しているならば、審査官は、上位概念で表現された発明を引用発明として認定できる。なお、新規性の判断の手法としては、上位概念で表現された発明を引用発明として認定せずに、対比、判断の際に(4.及び5.1、特に4.2を参照。)、その上位概念で表現された請求項に係る発明の新規性を判断することができる。

3.3 留意事項

審査官は、請求項に係る発明の知識を得た上で先行技術を示す証拠の内容を理解すると、本願の明細書、特許請求の範囲又は図面の文脈に沿ってその内容を曲解するという、後知恵に陥ることがある点に留意しなければならない。引用発明は、引用発明が示されている証拠に依拠して(刊行物であれば、その刊行物の文脈に沿って)理解されなければならない。

4. 請求項に係る発明と引用発明との対比

4.1 対比の一般手法

審査官は、認定した請求項に係る発明と、認定した引用発明とを対比する。請求項に係る発明と引用発明との対比は、請求項に係る発明の発明特定事項と、引用発明を文言で表現する場合に必要と認められる事項(以下この章において「引用発明特定事項」という。)との一致点及び相違点を認定してなされる。審査官は、独立した二以上の引用発明を組み合わせて請求項に係る発明と対比してはならない。

4.1.1 発明特定事項が選択肢を有する請求項に係る発明について

審査官は、選択肢(注1)中のいずれか一の選択肢のみを、その選択肢に係る発明特定事項と仮定したときの請求項に係る発明と、引用発明とを対比することができる(注2)。

(注1)選択肢には、形式上の選択肢と、事実上の選択肢とがある。

「形式上の選択肢」とは、請求項の記載から一見して選択肢であることがわかる表現形式の記載をいう。

「事実上の選択肢」とは、包括的な表現によって、実質的に有限の数の、より具体的な事項を包含するように意図された記載をいう。

(注2)請求項に係る発明が新規性及び進歩性を有するとの判断をするためには、審査官は、請求項に記載された事項に基づいて把握される発明の全てについて、その判断をしなければならない。したがって、審査官は、必ずしもその発明の一部について対比をすればその判断ができるとは限らないことに留意する。

4.2 請求項に係る発明の下位概念と引用発明とを対比する手法

審査官は、請求項に係る発明の下位概念と引用発明とを対比し、両者の一致点及び相違点を認定することができる(注)。

請求項に係る発明の下位概念には、発明の詳細な説明又は図面中に請求項に係る発明の実施の形態として記載された事項等がある。この実施の形態とは異なるものも、請求項に係る発明の下位概念である限り、対比の対象とすることができる。

この対比の手法は、例えば、以下のような請求項における新規性の判断に有効である。

  • (ⅰ)機能、特性等によって物を特定しようとする記載を含む請求項
  • (ⅱ)数値範囲による限定を含む請求項

(注)4.1.1(注2)を参照。

4.3 対比の際に本願の出願時の技術常識を参酌する手法

審査官は、刊行物等に記載又は掲載されている事項と請求項に係る発明の発明特定事項とを対比する際に、本願の出願時の技術常識を参酌し、刊行物等に記載又は掲載されている事項の解釈を行いながら、一致点と相違点とを認定することができる。ただし、この手法による判断結果と、これまでに述べた手法による判断結果とが異なるものであってはならない。

5. 新規性又は進歩性の判断とその判断に係る審査の進め方

5.1 判断

審査官は、請求項に係る発明と、引用発明とを対比し、請求項に係る発明が新規性(「第1節 新規性」参照)及び進歩性(「第2節 進歩性」参照)を有しているか否かを判断する。

5.1.1 発明特定事項が選択肢を有する請求項に係る発明について

一の選択肢のみを、その選択肢に係る発明特定事項と仮定したときの請求項に係る発明と、引用発明との対比の結果、両者に相違点がない場合は、審査官は、請求項に係る発明が新規性を有していないと判断する。

また、一の選択肢のみを、その選択肢に係る発明特定事項と仮定したときの請求項に係る発明と、引用発明とを対比し、論理付けを試みた結果、論理付けができた場合は、審査官は、請求項に係る発明が進歩性を有していないと判断する。

5.2 新規性の判断に係る審査の進め方

審査官は、「第1節 新規性」の2. に基づいて、請求項に係る発明が新規性を有していないとの心証を得た場合は、請求項に係る発明が第29条第1項各号のいずれかに該当し、特許を受けることができない旨の拒絶理由通知をする。

出願人は、新規性を有していない旨の拒絶理由通知に対して、手続補正書を提出して特許請求の範囲について補正をしたり、意見書、実験成績証明書等により反論、釈明をしたりすることができる。

補正や、反論、釈明により、請求項に係る発明が新規性を有していないとの心証を、審査官が得られない状態になった場合は、拒絶理由は解消する。審査官は、心証が変わらない場合は、請求項に係る発明が第29条第1項各号のいずれかに該当し、特許を受けることができない旨の拒絶理由に基づき、拒絶査定をする。

5.3 進歩性の判断に係る審査の進め方

  • (1)審査官は、「第2節 進歩性」の2. 及び3. に基づいて、請求項に係る発明が進歩性を有していないとの心証を得た場合は、請求項に係る発明が第29条第2項の規定により特許を受けることができない旨の拒絶理由通知をする。審査官は、出願人が反論、釈明をすることができるように、拒絶理由通知書を記載する。具体的には、請求項に係る発明と主引用発明との相違点を明確に示した上で、主引用発明から出発して、当業者が請求項に係る発明に容易に到達する論理付けを記載する。

    出願人は、進歩性を有していない旨の拒絶理由通知に対して、手続補正書を提出して特許請求の範囲について補正をしたり、意見書、実験成績証明書等により反論、釈明をしたりすることができる。

    なお、進歩性が肯定される方向に働く要素(「第2節 進歩性」の3.2参照)に係る事情については、意見書等により明らかとなる場合が多い。そのような場合は、審査官は、その事情も総合的に評価して、論理付けを試みなければならない。

  • (2)補正や、反論、釈明により、拒絶理由通知で示した拒絶理由が維持されず、請求項に係る発明が進歩性を有していないとの心証を、審査官が得られない状態になった場合は、拒絶理由は解消する。審査官は、拒絶理由通知で示した拒絶理由が維持され、請求項に係る発明が進歩性を有していないとの心証が変わらない場合は、第29条第2項の規定により、特許を受けることができない旨の拒絶理由に基づき、拒絶査定をする。
    • 例 :拒絶理由が維持されないと判断する例

      審査官は、新たな証拠を追加的に引用しなければ論理付けができない場合は、拒絶理由通知で示した拒絶理由は維持されないと判断する。ただし、既に示した論理付けに不備はなかったが、その論理付けを補完するために、周知技術又は慣用技術を示す証拠を新たに引用する場合を除く。

  • (3)審査官は、拒絶理由通知又は拒絶査定において、論理付けに周知技術又は慣用技術を用いる場合は、例示するまでもないときを除いて、周知技術又は慣用技術であることを根拠付ける証拠を示す。このことは、周知技術又は慣用技術が引用発明として用いられるのか、設計変更等の根拠として用いられるのか、又は当業者の知識(注1)若しくは能力(注2)の認定の基礎として用いられるのかにかかわらない。

    (注1)ここでの当業者の知識とは、技術常識等を含む技術水準についての知識をいう。

    (注2)ここでの当業者の能力とは、研究開発のための通常の技術的手段を用いる能力又は通常の創作能力をいう。

6. 各種出願についての取扱い

新規性及び進歩性判断の基準時(特許出願の時)は、下表のように取り扱われる。

出願の種類 特許出願の時
分割出願、変更出願又は実用新案登録に基づく特許出願 原出願の出願時(第44条第2項、第46条第6項又は第46条の2第2項)
国内優先権の主張を伴う出願 先の出願の出願時(第41条第2項)
パリ条約(又はパリ条約の例)による優先権の主張を伴う出願 第一国出願の出願日(パリ条約第4条B)(注)
国際特許出願 国際出願日(第184条の3第1項)(注)。ただし、優先権の主張を伴う場合は、上欄のとおり。

(注) 例外的に、「出願時」ではなく、「出願日」で新規性及び進歩性が判断される。

第4節 特定の表現を有する請求項等についての取扱い

1. 概要

本節では、以下の(ⅰ)から(ⅴ)までに掲げられた記載を有する請求項に係る発明及び(vi)選択発明について、新規性及び進歩性の審査をする際に、前節までの事項に加え、審査官が更に留意すべき事項を取り扱う。

  • (ⅰ)作用、機能、性質又は特性を用いて物を特定しようとする記載(2.参照)
  • (ⅱ) 物の用途を用いてその物を特定しようとする記載(3.参照)
  • (ⅲ)サブコンビネーションの発明を「他のサブコンビネーション」に関する事項を用いて特定しようとする記載(4.参照)
  • (ⅳ)製造方法によって生産物を特定しようとする記載(5.参照)
  • (ⅴ)数値限定を用いて発明を特定しようとする記載(6.参照)
  • (ⅵ)選択発明(7.参照)

2. 作用、機能、性質又は特性を用いて物を特定しようとする記載がある場合

2.1 請求項に係る発明の認定

請求項中に作用、機能、性質又は特性(以下この項(2.)において「機能、特性等」という。)を用いて物を特定しようとする記載がある場合は、審査官は、原則として、その記載を、そのような機能、特性等を有する全ての物を意味していると解釈する。例えば、「熱を遮断する層を備えた壁材」について、審査官は「断熱という作用又は機能を有する層」という「物」を備えた壁材と認定する(注)。ただし、審査官は、機能、特性等を用いて物を特定しようとする記載の意味内容が明細書又は図面において定義又は説明されており、その定義又は説明により、機能、特性等を用いて物を特定しようとする記載が通常の意味内容とは異なる意味内容と認定されるべき場合があることに留意する。

また、審査官は、2.1.1に従って、請求項に係る発明を認定しなければならないことがある点に留意する。

(注) 出願時の技術常識を考慮すると、そのような機能を有する全ての物を意味しているとは解釈されない場合がある。具体的には、請求項に「木製の第一部材と合成樹脂製の第二部材を固定する手段」が記載されている場合が挙げられる。文言上は排除されていないが、出願時の技術常識を考慮すると、この手段に、溶接等のような金属に使用される固定手段が含まれないことは、明らかである。

2.1.1 その物が固有に有している機能、特性等が請求項中に記載されている場合

この場合は、請求項中に機能、特性等を用いて物を特定しようとする記載があったとしても、審査官は、その記載を、その物自体を意味しているものと認定する。その機能、特性等を示す記載はその物を特定するのに役に立っていないからである。

例1:抗癌性を有する化合物X
(説明)

抗癌性が特定の化合物Xの固有の性質であるとすると、「抗癌性を有する」という記載は、物を特定するのに役に立っていない。したがって、化合物Xが抗癌性を有することが知られていたか否かにかかわらず、審査官は、例1の記載が「化合物X」そのものを意味しているものと認定する。

例2:高周波数信号をカットし、低周波数信号を通過させるRC積分回路
(説明)

「高周波数信号をカットし、低周波数信号を通過させる」点は、「RC積分回路」が固有に有する機能である。したがって、審査官は、例2の記載が一般的な「RC積分回路」を意味しているものと認定する。

しかし、「・・Hz以上の高周波数信号をカットし、・・Hz以下の低周波数信号を通過させるRC積分回路」という請求項の場合は、一般的な「RC積分回路」が固有に有する機能による特定ではない。この場合には、この請求項の記載は、物を特定するのに役立っており、「一般的なRC積分回路のうち特定の周波数特性を有するもの」を意味しているものとして、請求項に係る発明を認定する。

2.2 新規性又は進歩性の判断

請求項中に記載された機能、特性等を有する物が公知であるならば、審査官は、請求項中の機能、特性等の記載により特定される物について、新規性を有していないと判断する。例えば、「熱を遮断する層を備えた壁材」について、審査官は、「断熱という作用又は機能を有する層」という「物」を備えた何らかの壁材が公知であれば、「熱を遮断する層を備えた壁材」は新規性を有していないと判断する。ただし、審査官は、2.2.1のように判断すべき場合があることに留意する。

2.2.1 その物が固有に有している機能、特性等が請求項中に記載されている場合

この場合は、その物が公知であるならば、審査官は、その物について、新規性を有していないと判断する。請求項中に記載された機能、特性等は、その物を特定するのに役に立っていないからである。

例1:抗癌性を有する化合物X (2.1.1の例1と同じ。)
(説明)

請求項に係る発明は、「化合物X」そのものを意味しているものと認定される。したがって、化合物Xが公知である場合は、この請求項に係る発明の新規性は否定される。

例2:高周波数信号をカットし、低周波数信号を通過させるRC積分回路 (2.1.1の例2と同じ。)
(説明)

請求項に係る発明は、一般的な「RC積分回路」を意味しているものと認定される。したがって、一般的な「RC積分回路」が公知であることを理由として、この請求項に係る発明の新規性は否定される。

しかし、「・・Hz以上の高周波数信号をカットし、・・Hz以下の低周波数信号を通過させるRC積分回路」という請求項の場合は、「一般的なRC積分回路のうち特定の周波数特性を有するもの」を意味しているものとして、請求項に係る発明が認定される。よって、この請求項に係る発明の新規性は、一般的なRC積分回路により否定されない。

2.2.2 機能、特性等の記載により引用発明との対比が困難であり、厳密な対比をすることができない場合

この場合は、請求項に係る発明の新規性又は進歩性が否定されるとの一応の合理的な疑いを抱いたときに限り、審査官は、新規性又は進歩性が否定される旨の拒絶理由通知をする。ただし、その合理的な疑いについて、拒絶理由通知の中で説明しなければならない。

3. 物の用途を用いてその物を特定しようとする記載(用途限定)がある場合

3.1 請求項に係る発明の認定

請求項中に、「~用」といった、物の用途を用いてその物を特定しようとする記載(用途限定)がある場合は、審査官は、明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識を考慮して、その用途限定が請求項に係る発明特定事項としてどのような意味を有するかを把握する。

3.1.1 用途限定がある場合の一般的な考え方

用途限定が付された物が、その用途に特に適した物を意味する場合は、審査官は、その物を、用途限定が意味する形状、構造、組成等(以下この項(3.)において「構造等」という。)を有する物であると認定する(例1及び例2)。その用途に特に適した物を意味する場合とは、用途限定が、明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識をも考慮して、その用途に特に適した構造等を意味すると解釈される場合をいう。

他方、用途限定が付された物が、その用途に特に適した物を意味していない場合は、3.1.2の用途発明に該当する場合を除き、審査官は、その用途限定を、物を特定するための意味を有しているとは認定しない。

例1:~の形状を有するクレーン用フック
(説明)

「クレーン用」という記載がクレーンに用いるのに特に適した大きさ、強さ等を持つ構造を有するという、「フック」を特定するための意味を有していると解釈される場合がある。このような場合は、審査官は、請求項に係る発明を、このような構造を有する「フック」と認定する。したがって、「~の形状を有するクレーン用フック」は、同様の形状の「釣り用フック(釣り針)」とは構造等が相違する。

例2:組成Aを有するピアノ線用Fe系合金
(説明)

「ピアノ線用」という記載がピアノ線に用いるのに特に適した、高張力を付与するための微細層状組織を有するという意味に解釈される場合がある。このような場合は、審査官は、請求項に係る発明を、このような組織を有する「Fe系合金」と認定する。したがって、「組成Aを有するピアノ線用Fe系合金」は、このような組織を有しないFe系合金(例えば、「組成Aを有する歯車用Fe系合金」)とは構造等が相違する。

3.1.2 用途限定が付された物の発明を用途発明と解すべき場合の考え方

用途発明とは、(ⅰ)ある物の未知の属性を発見し、(ⅱ)この属性により、その物が新たな用途への使用に適することを見いだしたことに基づく発明をいう。以下に示す用途発明の考え方は、一般に、物の構造又は名称からその物をどのように使用するかを理解することが比較的困難な技術分野(例:化学物質を含む組成物の用途の技術分野)において適用される。

  • (1)請求項に係る発明が用途発明といえる場合

    この場合は、審査官は、用途限定が請求項に係る発明を特定するための意味を有するものとして、請求項に係る発明を、用途限定の点も含めて認定する。

    例1:特定の4級アンモニウム塩を含有する船底防汚用組成物
    (説明)

    この組成物と、「特定の4級アンモニウム塩を含有する電着下塗り用組成物」とにおいて、両者の組成物がその用途限定以外の点で相違しないとしても、「電着下塗り用」という用途が、部材への電着塗装を可能にし、上塗り層の付着性をも改善するという属性に基づく場合がある。そのような場合において、審査官は、以下の(ⅰ)及び(ⅱ)の両方を満たすときには、「船底防汚用」という用途限定も含め、請求項に係る発明を認定する(したがって、両者は異なる発明と認定される。)。この用途限定が、「組成物」を特定するための意味を有するといえるからである。

    • (ⅰ)「船底防汚用」という用途が、船底への貝類の付着を防止するという未知の属性を発見したことにより見いだされたものであるとき。
    • (ⅱ)その属性により見いだされた用途が、従来知られている範囲とは異なる新たなものであるとき。
    例2:
    • [請求項1]成分Aを有効成分とする二日酔い防止用食品組成物。
    • [請求項2]前記食品組成物が発酵乳製品である、請求項1に記載の二日酔い防止用食品組成物。
    • [請求項3]前記発酵乳製品がヨーグルトである、請求項2に記載の二日酔い防止用食品組成物。
    (説明)

    「成分Aを有効成分とする二日酔い防止用食品組成物」と、引用発明である「成分Aを含有する食品組成物」とにおいて、両者の食品組成物が「二日酔い防止用」という用途限定以外の点で相違しないとしても、審査官は、以下の(ⅰ)及び(ⅱ)の両方を満たすときには、「二日酔い防止用」という用途限定も含め、請求項に係る発明を認定する(したがって、両者は異なる発明と認定される。)。この用途限定が、「食品組成物」を特定するための意味を有するといえるからである。

    • (ⅰ)「二日酔い防止用」という用途が、成分Aがアルコールの代謝を促進するという未知の属性を発見したことにより見いだされたものであるとき。
    • (ⅱ)その属性により見いだされた用途が、「成分Aを含有する食品組成物」について従来知られている用途とは異なる新たなものであるとき。

      請求項に係る発明の認定についてのこの考え方は、食品組成物の下位概念である発酵乳製品やヨーグルトにも同様に適用される。

  • (2)請求項中に用途限定があるものの、請求項に係る発明が用途発明といえない場合

    未知の属性を発見したとしても、その技術分野の出願時の技術常識を考慮し、その物の用途として新たな用途を提供したといえない場合は、請求項に係る発明は、用途発明に該当しない。審査官は、その用途限定が請求項に係る発明を特定するための意味を有しないものとして、請求項に係る発明を認定する。請求項に係る発明と先行技術とが、表現上、用途限定の点で相違する物の発明であっても、その技術分野の出願時の技術常識を考慮して、両者の用途を区別することができない場合も同様である。

    例3:特定成分Aを有効成分とする肌のシワ防止用化粧料
    (説明)

    「成分Aを有効成分とする肌の保湿用化粧料」は、角質層を軟化させ肌への水分吸収を促進するとの整肌についての属性に基づくものである。他方、「成分Aを有効成分とする肌のシワ防止用化粧料」は、体内物質Xの生成を促進するとの肌の改善についての未知の属性に基づくものである。しかし、両者はともに皮膚に外用するスキンケア化粧料として用いられるものである。そして、保湿効果を有する化粧料は、保湿によって肌のシワ等を改善して肌状態を整えるものであって、肌のシワ防止のためにも使用されることが、この技術分野における技術常識である場合には、両者の用途を区別することができない。したがって、審査官は、「シワ防止用」という用途限定が請求項に係る発明を特定するための意味を有しないものとして、請求項に係る発明を認定する。

  • (3)留意事項

    記載表現の面から用途発明をみると、用途限定の表現形式をとるもののほか、いわゆる剤形式(例:「・・・を有効成分とするガン治療剤」)をとるもの、使用方法の形式をとるもの等がある。上記(1)及び(2)の取扱いは、このような用途限定の表現形式でない表現形式の用途発明にも適用され得る。ただし、請求項中に用途を意味する用語がある場合(例えば、「~からなる触媒」、「~合金からなる装飾材料」、「~を用いた殺虫方法」等)に限られる。

3.1.3 3.1.1や3.1.2の考え方が適用されない、又は通常適用されない場合
  • (1)化合物、微生物、動物又は植物

    「~用」といった用途限定が付された化合物(例えば、用途Y用化合物Z) については、3.1.1及び3.1.2に示される考え方が適用されない。その化合物について、審査官は、用途限定のない化合物(例えば、化合物Z)そのものと解釈する。このような用途限定は、一般に、化合物の有用性を示しているにすぎないからである。この考え方は、微生物、動物及び植物にも同様に適用される。

    例1:殺虫用の化合物Z
    (説明)

    審査官は、「殺虫用の化合物Z」という記載を、用途限定のない「化合物Z」そのものと認定する。明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識をも考慮すると、「殺虫用の」という記載はその化合物の有用性を示しているにすぎないからである。なお、「化合物Zを主成分とする殺虫剤」という記載であれば、このようには認定しない。

  • (2) 機械、器具、物品、装置等

    通常、3.1.2の用途発明の考え方が適用されることはない。通常、その物と用途とが一体であるためである。

3.2 新規性の判断

3.2.1 請求項に記載された発明に係る物に用途限定が付されており、用途限定がその用途に特に適した物を意味している場合

この場合において、請求項に係る発明の発明特定事項と、引用発明特定事項とが、用途限定以外の点で相違しない場合であっても、用途限定が意味する構造等が相違するときは、審査官は両者を異なる発明と判断する。したがって、審査官は、請求項に係る発明は新規性を有していると判断する。

例1:~の形状を有するクレーン用フック(3.1.1の例1と同じ。)
(説明)

請求項の記載がクレーンに用いるのに特に適した大きさ、強さ等を持つ構造を有するという、「フック」を特定するための意味を有していると解釈される場合は、同様の形状の「釣り用フック(釣り針)」が公知であっても、請求項に係る発明は新規性を有している。

3.2.2 請求項に記載された発明に係る物に用途限定が付されているものの、用途限定がその用途に特に適した物を意味していない場合であって、請求項に係る発明が3.1.2の用途発明にも該当しない場合

この場合において、請求項に係る発明の発明特定事項と、引用発明特定事項とが、用途限定以外の点で相違しない場合は、審査官は、両者を異なる発明であると判断しない。したがって、審査官は、請求項に係る発明は新規性を有していないと判断する。

3.2.3 請求項に係る発明が3.1.2の用途発明に該当する場合

この場合は、たとえその物自体が公知であったとしても、請求項に係る発明は、その公知の物に対し新規性を有している(注)。

(注) 新規性を有している用途発明であっても、既知の属性、物の構造等に基づいて、当業者がその用途を容易に想到することができたといえる場合は、その用途発明の進歩性は否定される。

4. サブコンビネーションの発明を「他のサブコンビネーション」に関する事項を用いて特定しようとする記載がある場合

サブコンビネーションとは、二以上の装置を組み合わせてなる全体装置の発明、二以上の工程を組み合わせてなる製造方法の発明等(以上をコンビネーションという。)に対し、組み合わされる各装置の発明、各工程の発明等をいう。

4.1 請求項に係る発明の認定

審査官は、請求項に係る発明の認定の際に、請求項中に記載された「他のサブコンビネーション」に関する事項についても必ず検討対象とし、記載がないものとして扱ってはならない。その上で、その事項が形状、構造、構成要素、組成、作用、機能、性質、特性、方法(行為又は動作)、用途等(以下この項(4.)において「構造、機能等」という。)の観点からサブコンビネーションの発明の特定にどのような意味を有するのかを把握して、請求項に係るサブコンビネーションの発明を認定する。その把握の際には、明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識を考慮する。

4.1.1 「他のサブコンビネーション」に関する事項が請求項に係るサブコンビネーションの発明の構造、機能等を特定していると把握される場合

この場合は、審査官は、請求項に係るサブコンビネーションの発明を、そのような構造、機能等を有するものと認定する。

  • 例1:検索ワードを検索サーバに送信し、検索サーバから直接受信した返信情報を復号手段で復号して検索結果を表示手段に表示するクライアント装置であって、前記検索サーバは前記返信情報を暗号化方式Aにより符号化した上で送信することを特徴とするクライアント装置
    (説明)

    出願時の技術常識を考慮すると、暗号化方式Aに対応した復号手段を用いなければ、クライアント装置において、検索結果を表示することはできない。したがって、検索サーバが返信情報を暗号化方式Aで暗号化した上で送信することは、クライアント装置の復号手段が暗号化方式Aに対応した復号処理を行うという点で、クライアント装置を特定している。よって、サブコンビネーションの発明であるクライアント装置について、そのような特定がなされているものとして請求項に係る発明を認定する。

  • 例2:収容凹部内の4つの内側側面のうちの一の側面に給電端子を備え、その給電端子とは反対の側面に受光手段を備えた充電器に収容可能な、充電端子を備えた携帯電話機であって、前記充電器が前記受光手段を用いて携帯電話機の充電完了を示すランプの色を検知し、充電を停止することを特徴とする携帯電話機
    (説明)

    充電器の給電端子と受光手段との位置関係により、携帯電話機の充電端子とは反対側の側面にランプが設けられるという位置関係が特定されている。よって、サブコンビネーションの発明である携帯電話機について、そのような特定がなされているものとして請求項に係る発明を認定する。

4.1.2 「他のサブコンビネーション」に関する事項が、「他のサブコンビネーション」のみを特定する事項であって、請求項に係るサブコンビネーションの発明の構造、機能等を何ら特定していない場合

この場合は、審査官は、「他のサブコンビネーション」に関する事項は、請求項に係るサブコンビネーションの発明を特定するための意味を有しないものとして発明を認定する。

  • 例1:検索ワードを検索サーバに送信し、返信情報を受信して検索結果を表示手段に表示することができるクライアント装置であって、前記検索サーバが検索ワードの検索頻度に基づいて検索手法を変更することを特徴とするクライアント装置
    (説明)

    検索サーバが検索ワードの検索頻度に基づいて検索手法を変更することは、検索サーバがどのようなものであるのかについて特定する一方で、クライアント装置の構造、機能等を何ら特定していない。したがって、検索サーバが検索ワードの検索頻度に基づいて検索手法を変更する点は、サブコンビネーションの発明であるクライアント装置を特定するための意味を有しないものとして、請求項に係る発明を認定する。

  • 例2:湿度センサを備えた画像形成装置に装着可能な、液体インク収納容器であって、前記画像形成装置がインクをシート部材に向けて吐出する圧力を、前記湿度センサにより検出された湿度に応じて制御することを特徴とする液体インク収納容器
    (説明)

    画像形成装置が検出した湿度に応じてインクを吐出する圧力を制御することは、画像形成装置がどのようなものであるかについて特定する一方で、液体インク収納容器の構造、機能等を何ら特定していない。したがって、画像形成装置が湿度センサを備え、その湿度センサにより検出された湿度に応じてインクを吐出する圧力を制御する点は、サブコンビネーションの発明である液体インク収容容器を特定するための意味を有しないものとして、請求項に係る発明を認定する。

  • 例3:キーホルダーのホルダーリングに吊り下げることができるように穴が設けられたキーにおいて、操作することで警報音を出力する防犯ブザーが前記キーホルダーに取り付けられていることを特徴とするキー
    (説明)

    キーホルダーに防犯ブザーが取り付けられていることは、キーホルダーがどのようなものであるのかについて特定する一方で、キーの構造、機能等を何ら特定していない。したがって、キーホルダーに防犯ブザーが取り付けられている点は、サブコンビネーションの発明であるキーを特定するための意味を有しないものとして、請求項に係る発明を認定する。

ただし、審査官は、サブコンビネーションと、「他のサブコンビネーション」とが異なる物又は方法であることのみに着目し、「他のサブコンビネーション」に関する事項がサブコンビネーションの発明を特定するための意味を有しないものと誤解しないように留意しなければならない。

4.2 新規性又は進歩性の判断

4.2.1 請求項中に記載された「他のサブコンビネーション」に関する事項がサブコンビネーションの発明の構造、機能等を特定していると把握される場合

サブコンビネーションの発明と、引用発明との間に相違点があるときには、審査官は、このサブコンビネーションの発明が新規性を有しているものと判断する。ただし、その相違点がサブコンビネーションの発明の作用、機能、性質、特性、方法(行為又は動作)、用途等に係るものである場合の新規性の判断については、2.、3.及び5.を参照。

  • 例1:検索ワードを検索サーバに送信し、検索サーバから直接受信した返信情報を復号手段で復号して検索結果を表示手段に表示するクライアント装置であって、前記検索サーバは前記返信情報を暗号化方式Aにより符号化した上で送信することを特徴とするクライアント装置(4.1.1の例1と同じ。)
    (説明)

    検索ワードを検索サーバに送信し、返信情報を受信して検索結果を表示手段に表示するクライアント装置において、暗号化方式Aに対応する復号手段を備えたものが公知でないならば、請求項に係る発明は新規性を有している。

  • 例2:収容凹部内の4つの内側側面のうちの一の側面に給電端子を備え、その給電端子とは反対の側面に受光手段を備えた充電器に収容可能な、充電端子を備えた携帯電話機であって、前記充電器が前記受光手段を用いて携帯電話機の充電完了を示すランプの色を検知し、充電を停止することを特徴とする携帯電話機(4.1.1の例2と同じ。)
    (説明)

    充電端子と充電完了を示すランプとを備えた携帯電話機において、充電端子のある側面とは反対側の側面にランプが設けられているものが公知でないならば、請求項に係る発明は新規性を有している。

4.2.2 請求項中に記載された「他のサブコンビネーション」に関する事項がサブコンビネーションの発明の構造、機能等を何ら特定していない場合

この場合は、「他のサブコンビネーション」に関する事項と、引用発明特定事項とに記載上、表現上の相違が生じていても、他に相違点がなければ、サブコンビネーションの発明と引用発明との間で、構造、機能等に差異は生じない。

したがって、審査官は、このサブコンビネーションの発明が新規性を有していないと判断する。

  • 例1:検索ワードを検索サーバに送信し、返信情報を受信して検索結果を表示手段に表示することができるクライアント装置であって、前記検索サーバが検索ワードの検索頻度に基づいて検索手法を変更することを特徴とするクライアント装置(4.1.2の例1と同じ。)
    (説明)

    検索ワードを検索サーバに送信し、返信情報を受信して検索結果を表示手段に表示することができるクライアント装置が公知であれば、請求項に係る発明は新規性を有していない。検索サーバが検索ワードの検索頻度に基づいて検索手法を変更する点において、その公知のクライアント装置と、請求項に係る発明のクライアント装置とは、記載上、表現上の相違があるものの、構造、機能等に差異はないからである。

  • 例2:湿度センサを備えた画像形成装置に装着可能な、液体インク収納容器であって、前記画像形成装置がインクをシート部材に向けて吐出する圧力を、前記湿度センサにより検出された湿度に応じて制御することを特徴とする液体インク収納容器(4.1.2の例2と同じ。)
    (説明)

    画像形成装置に装着可能な液体インク収納装置が公知であれば、請求項に係る発明は新規性を有していない。画像形成装置が湿度センサを備え、その湿度センサにより検出された湿度に応じてインクを吐出する圧力を制御する点において、その公知の液体インク収納装置と、請求項に係る発明の液体インク収納装置とは、記載上、表現上の相違があるものの、構造、機能等に差異はないからである。

  • 例3:キーホルダーのホルダーリングに吊り下げることができるように穴が設けられたキーにおいて、操作することで警報音を出力する防犯ブザーが前記キーホルダーに取り付けられていることを特徴とするキー(4.1.2の例3と同じ。)
    (説明)

    キーホルダーのホルダーリングに吊り下げることができるように穴が設けられたキーが公知であれば、請求項に係る発明は新規性を有していない。操作することで警報音を出力する防犯ブザーがキーホルダーに取り付けられている点において、その公知のキーと、請求項に係る発明のキーとは、記載上、表現上の相違があるものの、構造、機能等に差異はないからである。

4.2.3 請求項中に「他のサブコンビネーション」に関する記載がされていることにより、引用発明との対比が困難であり、厳密な対比をすることができない場合

この場合は、請求項に係る発明の新規性又は進歩性が否定されるとの一応の合理的な疑いを抱いたときに限り、審査官は、新規性又は進歩性が否定される旨の拒絶理由通知をすることができる。ただし、その合理的な疑いについて、拒絶理由通知の中で説明しなければならない。

5. 製造方法によって生産物を特定しようとする記載がある場合

5.1 請求項に係る発明の認定

請求項中に製造方法によって生産物を特定しようとする記載がある場合は、審査官は、その記載を、最終的に得られた生産物自体を意味しているものと解釈する。したがって、出願人自らの意思で、「専らAの方法により製造されたZ」のように、特定の方法によって製造された物のみに限定しようとしていることが明白な場合であっても、審査官は、生産物自体(Z)を意味しているものと解釈し、請求項に係る発明を認定する。

5.2 新規性又は進歩性の判断

5.2.1 請求項中に記載された製造方法による生産物と、引用発明に係る生産物とが同一である場合

この場合は、請求項中に記載された製造方法が新規であるか否かにかかわらず、その製造方法に係る発明特定事項によっては、請求項に係る発明は、新規性を有しない。

例 :製造方法P(工程p1,p2…及びpn)により生産されるタンパク質
(説明)

製造方法Pにより製造されるタンパク質が製造方法Qにより製造される公知の特定のタンパク質Zと同一の物である場合には、製造方法Pが新規であるか否かにかかわらず、請求項に係る発明は新規性を有しない。

5.2.2 生産物自体が構造的にどのようなものかを決定することが極めて困難なため、引用発明との対比が困難であり、厳密な対比をすることができない場合

この場合は、請求項に係る発明の新規性又は進歩性が否定されるとの一応の合理的な疑いを抱いた場合に限り、審査官は、新規性又は進歩性が否定される旨の拒絶理由通知をする。ただし、その合理的な疑いについて、拒絶理由通知の中で説明しなければならない。

6. 数値限定を用いて発明を特定しようとする記載がある場合

6.1 請求項に係る発明の認定

請求項に数値限定を用いて発明を特定しようとする記載がある場合も、通常の場合と同様に請求項に係る発明を認定する(「第3節 新規性・進歩性の審査の進め方」の2.参照)。

6.2 進歩性の判断

請求項に数値限定を用いて発明を特定しようとする記載がある場合において、主引用発明との相違点がその数値限定のみにあるときは、通常、その請求項に係る発明は進歩性を有していない。実験的に数値範囲を最適化又は好適化することは、通常、当業者の通常の創作能力の発揮といえるからである。

しかし、請求項に係る発明の引用発明と比較した効果が以下の(ⅰ)から(ⅲ)までの全てを満たす場合は、審査官は、そのような数値限定の発明が進歩性を有していると判断する。

  • (ⅰ)その効果が限定された数値の範囲内において奏され、引用発明の示された証拠に開示されていない有利なものであること。
  • (ⅱ)その効果が引用発明が有する効果とは異質なもの、又は同質であるが際だって優れたものであること(すなわち、有利な効果が顕著性を有していること。)。
  • (ⅲ)その効果が出願時の技術水準から当業者が予測できたものでないこと。

なお、有利な効果が顕著性を有しているといえるためには、数値範囲内の全ての部分で顕著性があるといえなければならない。

また、請求項に係る発明と主引用発明との相違が数値限定の有無のみで、課題が共通する場合は、いわゆる数値限定の臨界的意義として、有利な効果の顕著性が認められるためには、その数値限定の内と外のそれぞれの効果について、量的に顕著な差異がなければならない。他方、両者の相違が数値限定の有無のみで、課題が異なり、有利な効果が異質である場合には、数値限定に臨界的意義があることは求められない。

7. 選択発明

7.1 請求項に係る発明の認定

選択発明とは、物の構造に基づく効果の予測が困難な技術分野に属する発明であって、以下の(ⅰ)又は(ⅱ)に該当するものをいう。

  • (ⅰ)刊行物等において上位概念で表現された発明(a)から選択された、その上位概念に包含される下位概念で表現された発明(b)であって、刊行物等において上位概念で表現された発明(a)により新規性が否定されないもの
  • (ⅱ)刊行物等において選択肢(注)で表現された発明(a)から選択された、その選択肢の一部を発明特定事項と仮定したときの発明(b)であって、刊行物等において選択肢で表現された発明(a)により新規性が否定されないもの

したがって、刊行物等に記載又は掲載された発明とはいえないものは、選択発明になり得る。

選択発明についても、通常の場合と同様に請求項に係る発明を認定する(「第3節 新規性・進歩性の審査の進め方」の2.参照)。

(注) 「選択肢」については、「第3節 新規性・進歩性の審査の進め方」の4.1.1(注1)を参照。

7.2 進歩性の判断

請求項に係る発明の引用発明と比較した効果が以下の(ⅰ)から(ⅲ)までの全てを満たす場合は、審査官は、その選択発明が進歩性を有しているものと判断する。

  • (ⅰ)その効果が刊行物等に記載又は掲載されていない有利なものであること。
  • (ⅱ)その効果が刊行物等において上位概念又は選択肢で表現された発明が有する効果とは異質なもの、又は同質であるが際立って優れたものであること。
  • (ⅲ)その効果が出願時の技術水準から当業者が予測できたものでないこと。
  • 例:ある一般式で表される化合物が殺虫性を有することが知られていた。請求項に係る発明は、この一般式に含まれている。

    しかし、請求項に係る発明は、殺虫性に関し具体的に公知でない、ある特定の化合物について、人に対する毒性がその一般式中の他の化合物に比べて顕著に少ないことを見いだし、これを殺虫剤の有効成分として選択したものである。そして、これを予測可能とする証拠がない。

    この場合は、請求項に係る発明は選択発明として、進歩性を有している。

第5節 発明の新規性喪失の例外(特許法第30条)

1. 概要

特許法第29条は、特許出願より前に同条第1項各号に該当するに至った発明(以下この節において「公開された発明」という。)については、原則として、特許を受けることができないことを規定している。しかし、自らの発明を公開した後に、その発明について特許出願をしても一切特許を受けることができないとすると、発明者にとって酷な場合がある。また、そのように一律に特許を受けることができないとすることは、産業の発達への寄与という特許法の趣旨にもそぐわない。したがって、特許法では、特定の条件の下で発明が公開された後にその発明の特許を受ける権利を有する者(以下この節において「特許を受ける権利を有する者」を「権利者」という。)が特許出願した場合には、先の公開によってその発明の新規性が喪失しないものとして取り扱う規定、いわゆる、発明の新規性喪失の例外規定(第30条)が設けられている。

発明の新規性喪失の例外規定の適用対象となる「公開された発明」は、以下の発明であって、発明が公開されてから出願されるまでの期間が1年以内のものである。

  • (ⅰ)権利者の意に反して公開された発明(第1項)
  • (ⅱ)権利者の行為に起因して公開された発明(第2項)

また、第2項の規定の適用を受けるためには、「公開された発明」が第2項の規定の適用を受けることができる発明であることを証明する書面(以下この節において「証明する書面」という。)が、特許出願の日から30日以内(注)に提出されていなければならない(第3項)。

(注) 「証明する書面」を提出する者がその責めに帰すことができない理由により特許出願の日から30日以内に「証明する書面」を提出することができない場合は、その理由がなくなった日から14日(出願人が在外者である場合は2月)以内で、特許出願の日から30日の期間の経過後6月以内にその「証明する書面」を特許庁長官に提出することができる(第4項)。

第1項又は第2項は、権利者の意に反して、又は権利者の行為に起因して発明が公開され、その後、その者が特許出願をした場合について規定している。しかし、その発明について、発明が公開されてから1年以内に、特許を受ける権利を承継した者が特許出願をした場合も、第1項又は第2項の規定が適用される。

「公開された発明」について発明の新規性喪失の例外規定が適用されると、特許出願に係る発明の新規性及び進歩性の要件の判断において、その「公開された発明」は、引用発明とはならない。

2. 第30条第2項の規定の適用についての判断

2.1 適用要件

審査官は、第2項の規定の適用の判断に当たっては、第3項又は第4項の規定に従って提出された「証明する書面」(以下この節において、単に「証明する書面」という。)によって、以下の二つの要件を満たすことの証明がなされたか否かを判断する。

  • (要件1)発明が公開された日から1年(注)以内に特許出願されたこと。
  • (要件2)権利者の行為に起因して発明が公開され、権利者が特許出願をしたこと。

(注) 平成29年12月9日以降に公開された発明について特許出願する際に適用される。

2.2 判断時期

出願人が第2項の規定の適用を受けることができるものであることを証明しようとした「公開された発明」は、同項の規定が適用できない場合には、本願発明の新規性及び進歩性を否定する証拠となり得る。したがって、審査官は、審査に着手する際にこの規定の適用の可否を判断する。

2.3 「証明する書面」に基づく第2項の規定の適用についての判断手順

2.3.1 以下に示す書式に従って作成された「証明する書面」が提出されている場合

審査官は、原則として、要件1及び2を満たすことについて証明されたものと判断し、第2項の規定の適用を認める。

ただし、「公開された発明」が第2項の規定の適用を受けることができる発明であることに疑義を抱かせる証拠を発見した場合には、審査官は、同項の規定の適用を認めない。

「証明する書面」の書式

発明の新規性喪失の例外規定の適用を受けるための証明書

  1. 公開の事実
    • ① 公開日
    • ② 公開場所
    • ③ 公開者
    • ④ 公開された発明の内容(証明する対象を特定し得る程度に記載)
  2. 特許を受ける権利の承継等の事実
    • ① 公開された発明の発明者
    • ② 発明の公開の原因となる行為時の特許を受ける権利を有する者(行為時の権利者)
    • ③ 特許出願人(願書に記載された者)
    • ④ 公開者
    • ⑤ 特許を受ける権利の承継について(①の者から②の者を経て③の者に権利が譲渡されたこと)
    • ⑥ 行為時の権利者と公開者との関係等について

(②の者の行為に起因して、④の者が公開をしたこと等を記載)

上記記載事項が事実に相違ないことを証明します。
平成○年○月○日
出願人○○○

以下この節において、上記「1. 公開の事実」及び「2. 特許を受ける権利の承継等の事実」の欄の内容と同程度の事実を、それぞれ「公開の事実」及び「特許を受ける権利の承継等の事実」という。

2.3.2 2.3.1に示した書式に従っていない「証明する書面」が提出されている場合

審査官は、その提出された「証明する書面」によって要件1及び2を満たすことについて証明されたか否かを判断する。例えば、2.3.1に示した書式に従った「証明する書面」と同程度の内容が記載されていれば、審査官は、原則として、要件1及び2を満たすことについて証明されたと判断し、第2項の規定の適用を認める。

ただし、2.3.1に示した書式に従った「証明する書面」と同程度の内容が記載された「証明する書面」が提出されていても、「公開された発明」が第2項の規定の適用を受けることができる発明であることに疑義を抱かせる証拠を発見した場合には、審査官は、同項の規定の適用を認めない。

2.4 第2項の規定の適用を認めずに拒絶理由通知をした後の判断手順

「証明する書面」において「公開の事実」が明示的に記載された「公開された発明」について、審査官が、第2項の規定の適用を認めずに拒絶理由通知をした後、出願人から意見書、上申書等により、同項の規定の適用は認められるべきであるとの主張がなされる場合がある。この場合には、審査官は、「証明する書面」に記載された事項と併せて出願人の主張も考慮し、要件1及び2を満たすことについて証明されたか否かを再び判断する。

3. 第30条第1項の規定の適用についての判断

3.1 適用要件

審査官は、出願人から提出された意見書、上申書等によって、以下の二つの要件を満たすことが合理的に説明されているか否かを判断する。

  • (要件1)発明が公開された日から1年(注)以内に特許出願されたこと。
  • (要件2)権利者の意に反して発明が公開されたこと。

(注)平成29年12月9日以降に公開された発明について特許出願する際に適用される。

「(要件2) 権利者の意に反して発明が公開されたこと」が「合理的に説明されている」とは、例えば、以下のような場合について具体的な状況が説明されていることを意味する。

  • (ⅰ)権利者と公開者との間で、秘密保持に関する契約等によって守秘義務が課されていたにもかかわらず、公開者が公開した場合
  • (ⅱ)権利者以外の者が窃盗、詐欺、強迫その他の不正の手段により公開した場合

4. 第30条第1項又は第2項の規定の適用についての判断に係る留意事項

4.1 拒絶理由通知及び拒絶査定の際の留意事項

審査官は、出願人が第30条第1項又は第2項の規定の適用を受けようとする発明について、その適用を認めない場合は、適用を認めない理由を拒絶理由通知又は拒絶査定において明示する。

4.2 権利者の行為に起因して公開された発明が複数存在する場合に、「証明する書面」が提出されていなくても第2項の規定の適用を受けることができる発明について

権利者が発明を複数の異なる雑誌に掲載した場合等、権利者の行為に起因して公開された発明が複数存在する場合において、第2項の規定の適用を受けるためには、原則として、それぞれの「公開された発明」について「証明する書面」が提出されていなければならない。しかし、「公開された発明」が以下の条件(ⅰ)から(ⅲ)までの全てを満たすことが出願人によって証明された場合は、その「証明する書面」が提出されていなくても第2項の規定の適用を受けることができる。

  • (ⅰ)「証明する書面」に基づいて第2項の規定の適用が認められた発明(以下この節において、単に「第2項の規定の適用が認められた発明」という。)と同一であるか、又は同一とみなすことができること。
  • (ⅱ) 「第2項の規定の適用が認められた発明」の公開行為と密接に関連する公開行為によって公開された発明であること、又は権利者若しくは権利者が公開を依頼した者のいずれでもない者によって公開された発明であること。
  • (ⅲ)「第2項の規定の適用が認められた発明」の公開以降に公開された発明であること。

審査官は、「証明する書面」において「公開の事実」が明示的に記載された「公開された発明」以外は、拒絶理由通知において引用発明とすることができる。審査官は、意見書、上申書等における出願人の主張を考慮し、上記の条件(ⅰ)から(ⅲ)までの全てを満たすことが証明されたと認められた場合は、その引用発明について第2項の規定の適用を認める。

例えば、先に公開された「第2項の規定の適用が認められた発明」と、その発明の公開以降に権利者の行為に起因して公開された発明とが、以下のような関係にある場合は、先に公開されたその発明の公開以降に公開された発明について「証明する書面」が提出されていなくても、第2項の規定の適用を認める。

  • 例1:権利者が同一学会の巡回的講演で同一内容の講演を複数回行った場合における、最初の講演によって公開された発明と、2 回目以降の講演によって公開された発明
  • 例2:出版社ウェブサイトに論文が先行掲載され、その後、その出版社発行の雑誌にその論文が掲載された場合における、ウェブサイトに掲載された発明と雑誌に掲載された発明
  • 例3:学会発表によって公開された発明と、その後の、学会発表内容の概略を記載した講演要旨集の発行によって公開された発明(注)

    (注) 学会発表内容の概略を記載した講演要旨集の発行によって公開された発明と、その後の、学会発表によって公開された発明という関係の場合には、上記条件(ⅰ)の「同一又は同一とみなすことができる」に該当しない場合が多い。したがって、講演要旨集の発行によって公開された発明について第2項の規定の適用が認められても、通常、その後の学会発表によって公開された発明についても特許出願の日から30日以内に「証明する書面」を提出していなければ、第2項の規定の適用は認められない。

  • 例4:権利者が同一の取引先へ同一の商品を複数回納品した場合における、初回の納品によって公開された発明と、2 回目以降の納品によって公開された発明
  • 例5:テレビ、ラジオ等での放送によって公開された発明と、その放送の再放送によって公開された発明
  • 例6:権利者が商品を販売したことによって公開された発明と、その商品を入手した第三者がウェブサイトにその商品を掲載したことによって公開された発明
  • 例7:権利者が記者会見したことによって公開された発明と、その記者会見内容が新聞に掲載されたことによって公開された発明

4.3 各種出願における留意事項

「(要件1) 発明が公開された日から1年以内に特許出願をしたこと」を満たしているか否かの判断に当たっては、各種出願の「特許出願をした」日は、以下のように取り扱われる。

4.3.1 国内優先権の主張を伴う特許出願

国内優先権の主張を伴う特許出願に係る発明が、先の出願の出願当初の明細書、特許請求の範囲又は図面(以下この節において「当初明細書等」という。)に記載されている場合は、優先日(国内優先権の主張の基礎となった先の出願の出願日)である。

ただし、先の出願において「証明する書面」が提出されていない場合は、国内優先権の主張を伴う特許出願出願日である。

また、国内優先権の主張を伴う特許出願に係る発明が、先の出願の当初明細書等に記載されていない場合も、国内優先権の主張を伴う特許出願の出願日である。

4.3.2 パリ条約による優先権の主張を伴う特許出願

パリ条約による優先権の主張を伴う特許出願の場合は、我が国への出願日である。

4.3.3 特許協力条約に基づく国際出願による特許出願(以下この節において「国際特許出願」という。)

国内優先権の主張を伴う国際特許出願の場合であって、その国際特許出願に係る発明が、先の出願の当初明細書等に記載されている場合は、優先日である。

ただし、先の出願において「証明する書面」が提出されていない場合は、国内優先権の主張を伴う国際特許出願の国際出願日である。

また、国内優先権の主張を伴う国際特許出願に係る発明が、先の出願の当初明細書等に記載されていない場合も、国際出願日である。

パリ条約による優先権の主張を伴う国際特許出願の場合は、国際出願日である。

そして、パリ条約による優先権の主張を伴わない国際特許出願の場合は、国際出願日である。

4.3.4 分割出願、変更出願及び実用新案登録に基づく特許出願

分割出願、変更出願及び実用新案登録に基づく特許出願の場合は、原出願の出願日である。

ただし、原出願において「証明する書面」が提出されていない場合は、現実の出願日である。