第Ⅲ部 特許要件 第4章 先願
特許法第39条は、一発明一特許の原則を明らかにするとともに、一の発明について複数の出願があったときには、最先の出願人のみが特許を受けることができること(先願主義)を明らかにした規定である。
特許制度は、技術的思想の創作である発明の公開に対し、その代償として特許権者に一定期間独占権を付与するものである。したがって、一発明について二以上の権利を認めるべきではない。このような、重複特許を排除すべきであるという趣旨により、本条は設けられている。
本条により、同一の発明について異なった日に二以上の特許出願があったときは、最先の特許出願人のみがその発明について特許を受けることができる(同条第1項)。
特許出願に係る発明が実用新案登録出願に係る考案と同一である場合において、これらの出願が異なった日にされたものであるときは、特許出願人は、実用新案登録出願人よりも先に出願した場合にのみ、その発明について特許を受けることができる(同条第3項)。
同一の発明について同日に二以上の特許出願があったときは、出願人の協議によって定めた一の出願人のみが特許を受けることができる(同条第2項前段)。協議が成立せず、又は協議をすることができないときは、いずれの出願人も、その発明について特許を受けることができない(同条第2項後段)。
特許庁長官は、同一の発明について同日に二以上の特許出願があったときに、指定した期間内に協議をしてその結果を届け出るべき旨を出願人に命じる(同条第6項)。特許庁長官は、協議の結果の届出がないときは、協議が成立しなかったものとみなすことができる(同条第7項)。
特許出願に係る発明が実用新案登録出願に係る考案と同一である場合において、それらの出願が同日にされたものであるときについても同様である(同条第4項、第6項及び第7項)。
以下この章においては、審査の対象となっている特許出願を「本願」といい、同条第1項から第4項までの適用について、本願以外の出願を「他の出願」という。また、同条第1項又は第3項に関し、異なる日になされている複数の出願について、先になされている出願を「先願」、その出願よりも後になされている出願を「後願」といい、同条第2項又は第4項に関し、本願と同日になされた他の出願を「同日出願」という。さらに、発明又は考案を「発明等」という。
第39条が本願に適用され、本願が拒絶されるという効果を生じさせるための要件には、以下のものがある。
ここで、本願に係る発明とは、本願の請求項に係る発明(以下この章において「本願発明」という。)である。また、他の出願に係る発明等とは、他の出願の請求項に係る発明等である。
審査官は、他の出願が第39条の形式的要件(2. (1)参照)を満たすか否かを判断する。
審査官は、第39条の実質的要件(2. (2))が満たされているか否かを、本願発明と、第39条の形式的要件を満たす他の出願の請求項に係る発明等とを対比した結果、両者が同一か否かにより判断する。審査官は、両者が同一であると判断した場合に、本願発明が第39条の規定により特許を受けることができないものと判断する。
審査官は、本願の特許請求の範囲に二以上の請求項がある場合は、請求項ごとに、この判断をする。
審査官は、他の出願が2. (1)の(ⅰ)及び(ⅱ)の要件を共に満たすか否かを判断する。他の出願がそれらの要件を一つでも満たさない場合は、審査官は、当該他の出願に基づいて、第39条の規定を本願に適用して本願を拒絶することができない。
以下の(ⅰ)又は(ⅱ)の場合は、第39条第1項から第4項までの規定について、当該他の出願が初めからなかったものとみなされる。したがって、審査官は、以下の(ⅰ)及び(ⅱ)のいずれにも該当しない場合に、他の出願が2. (1)(ⅱ)の要件を満たすと判断する。
審査官は、本願発明と、先願の請求項に係る発明等(以下この章において「先願発明」という。)とを対比した結果、以下の(ⅰ)又は(ⅱ)の場合は、両者を「同一」と判断する。
ここでの実質同一とは、相違点が以下の(ⅱ-1)から(ⅱ-3)までのいずれかに該当する場合をいう。
(注1)「周知技術」及び「慣用技術」については、「第2章第2節 進歩性」の2.(注1)を参照。
(注2)上位概念については、「第2章第3節 新規性・進歩性の審査の進め方」の3.2(注1)を参照。
本願発明と同日出願の請求項に係る発明等(以下この章において「同日出願発明」という。)がそれぞれ発明Aと発明Bである場合において、以下の(ⅰ)及び(ⅱ)のいずれのときにも、発明Aと発明Bとが同一(上記3.2.1でいう「同一」を意味する。以下この項(3.)において同じ。)であるときに、審査官は、本願発明と同日出願発明とを「同一」と判断する。
他方、発明Aを先願とし、発明Bを後願としたときに後願発明Bと先願発明Aとが同一であっても、発明Bを先願とし、発明Aを後願としたときに後願発明Aと先願発明Bとが同一でない場合(例えば、発明Aが「バネ」であり、発明Bが「弾性体」である場合)は、審査官は、本願発明と同日出願発明とが「同一」でないと判断する。
第39条は本願発明と先願発明又は同日出願発明とが同一である場合に適用されるものであり、他の出願の特許(実用新案登録)請求の範囲についての補正により、先願発明又は同日出願発明の内容は、変更される可能性がある。他方、第29条(新規性及び進歩性)を本願に適用する場合の引用発明には、そのような変更の可能性がない。また、第29条の2(拡大先願)により本願を排除できる範囲は、先願の出願当初の明細書、特許(実用新案登録)請求の範囲又は図面であり、第39条よりも広く、補正によって変動することもない。このことから、以下の(1)又は(2)のように、第29条又は第29条の2の規定を本願に適用できる場合は、審査官は、第39条の規定を本願に適用せずに、それらの規定を本願に適用する。
他の出願と本願との間で、(ⅰ)出願日が同一の場合、(ⅱ)出願人が同一の場合又は(ⅲ)発明者(考案者)が同一の場合は、第29条の2は本願に適用されない。したがって、このような場合に、審査官は、第39条の本願への適用について検討する。
なお、以下この章においては、先願について、本願の出願前に出願公開に係る公開特許公報の発行、特許掲載公報の発行又は実用新案掲載公報の発行がなされていない場合を想定する。
審査官は、本願発明を認定する。
また、審査官は、2. (1)の形式的要件を満たす他の出願に係る先願発明又は同日出願発明(注1及び注2)を認定する。その認定の手法は、「第2章第3節 新規性・進歩性の審査の進め方」の2. の手法と同様である。
(注1)先願発明又は同日出願発明が、補正により出願当初の明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内でないもの(新規事項)を含むこととなった場合は、審査官は、その発明を先願発明又は同日出願発明として認定しない。新規事項を含む請求項に係る発明に後願や同日出願を排除する効果を持たせることは、先願主義の原則に反するからである。
また、同様の趣旨により、外国語書面出願、外国語特許出願又は外国語実用新案登録出願において、先願発明又は同日出願発明が原文新規事項を含む場合は、審査官は、その発明を先願発明又は同日出願発明として認定しない。なお、翻訳文新規事項を含んでいても、原文新規事項を含まない場合は、審査官は、その発明を先願発明又は同日出願発明として認定する。
(注2)「第2章第3節 新規性・進歩性の審査の進め方」の3.1.1(1)bに準じて、先願発明又は同日出願発明が引用発明とすることができない場合に該当するときは、審査官は、その発明を先願発明又は同日出願発明として認定しない。ただし、「第2章第3節 新規性・進歩性の審査の進め方」の3.1.1(1)bにおける「刊行物に記載されている事項及び記載されているに等しい事項から当業者が把握することができる発明」は「他の出願の請求項に係る発明」と読み替えられ、「刊行物の記載」は「他の出願の明細書及び図面の記載」と読み替えられ、「出願時の技術常識」は「他の出願の出願時における技術常識」と読み替えられる。
審査官は、認定した本願発明と、認定した先願発明又は同日出願発明とを対比する。
審査官は、「第2章第3節 新規性・進歩性の審査の進め方」の4.の手法に準じて、この対比を行う(「請求項に係る発明」、「引用発明」のうち、一方が「本願発明」と読み替えられ、他方が「先願発明又は同日出願発明」と読み替えられる。)。
審査官は、本願発明と、先願発明又は同日出願発明とを対比し、3.2に従って、両発明が同一であると判断した場合は、本願発明が第39条の規定により特許を受けることができないものであると判断する。
一方の出願の請求項に係る発明の発明特定事項が選択肢を有する場合において、選択肢中の一の選択肢のみをその選択肢に係る発明特定事項と仮定したときの請求項に係る発明と、他方の出願の請求項に係る発明との対比の結果、両者がこの章でいう「同一」である場合は、審査官は、本願発明が第39条の規定により特許を受けることができないものと判断する。
審査官は、4.3に基づいて、本願発明が第39条第1項から第4項までの規定により特許を受けることができないものであるとの心証を得た場合は、以下の4.4.1及び4.4.2の各場合に応じた取扱いに従い、審査を進める(実務上、問題となることが多い、同一出願人に係る複数の特許出願がある場合については、本章末尾の図も参照。出願人が同じか否かの判断については、審査時点での出願人について行う。その判断手法は「第3章 拡大先願」の3.1.2(2)と同様である。)。
また、審査官は、第39条の拒絶理由通知をした後の取扱いについて、4.4.3に従う。
本願の発明者と他の出願の発明者とが異なる場合は、審査官は、第29条の2の規定を適用する(「第3章 拡大先願」参照) 。
他方、両発明者が同一の場合は、審査官は、本願に第39条第1項又は第3項の規定に基づく拒絶理由通知をする。ただし、その拒絶理由によって拒絶査定をする場合には、先願の確定を待ち、それまでは審査を進めない。
審査官は、先願が確定しているか否かにかかわらず、本願に第39条第1項又は第3項の規定に基づく拒絶理由通知をして審査を進める。審査官は、未確定の先願(出願審査の請求が未だされていないものを含む。)に基づき、本願に第39条第1項又は第3項の規定に基づく拒絶理由通知をする場合は、拒絶理由が解消されないときには先願が未確定であっても拒絶査定をする旨を、拒絶理由通知書に付記する。
なお、本願の拒絶理由通知に対する応答時において、先願についての審査請求はされているが先願の審査は着手されていない場合がある。この場合には、本願の拒絶理由通知に対する応答において、先願についての補正の意思がある旨の申出があれば、審査官は、以下のように取り扱う。
審査官は、先願に拒絶理由通知をし、指定期間の経過後、先願の補正の有無及び補正の内容を確認するまで、本願の審査を進めない。
審査官は、先願の特許査定がされるまで、本願の審査を進めない。
審査官は、全ての同日出願について審査請求がされているか否かに応じて以下のように取り扱う。
審査官は、各出願に対し、特許庁長官名で協議を指令する。なお、本願に第39条第2項又は第4項以外の拒絶理由がある場合には、審査官は、その出願に対して協議を指令する際に、その拒絶理由を併せて通知する。協議を指令する際に第39条第2項又は第4項以外の拒絶理由を通知することにより、出願人は、実質的に全ての拒絶理由を同時に知ることができ、適切な対応をとることが可能となるからである。
指定期間内に協議の結果の届出があった場合において、本願が協議により定められた方の出願であるときは、審査官は、他に拒絶理由がなければ特許査定をする。本願が協議により定められた方の出願でないときは、審査官は、第39条第2項又は第4項の規定に基づく拒絶理由通知をする。
指定期間内に協議の結果の届出がなかった場合には、協議が成立しなかったものとみなされる(第39条第7項)。審査官は、第39条第2項又は第4項の規定に基づく拒絶理由通知をする。ただし、協議の結果の届出以外の理由により、第39条第2項又は第4項の規定が本願に適用されないと判断した場合には、その拒絶理由は通知しない。この場合に該当する例としては、本願の特許請求の範囲についての補正により第39条第2項又は第4項が解消した場合や、意見書の主張を参酌した審査官が第39条第2項又は第4項の規定に基づく拒絶理由がないと判断した場合が挙げられる。
第39条第2項又は第4項以外の規定に基づく拒絶理由もある場合は、審査官は、その拒絶理由については、審査を進めることができる。ただし、その拒絶理由に基づく拒絶査定は、例えば、補正等により本願発明と同日出願発明とが同一ではなくなった場合のように、第39条第2項又は第4項の規定に基づく拒絶理由が解消されている場合に限ってなされる。第39条第2項又は第4項の規定に基づく拒絶理由が解消されていない場合は、審査官は、第39条第2項又は第4項以外の規定に基づく拒絶理由による拒絶査定をしないこととする。
拒絶査定が確定した出願は、原則として、第39条第1項から第4項までの規定の適用については、初めからなかったもの(いわゆる「先願の地位」を有しないもの)とみなされる。ただし、第39条第2項又は第4項の規定に基づく拒絶査定が確定した場合は、その出願は先願の地位を有する。したがって、第39条第2項又は第4項による拒絶査定がされる可能性がある場合に、他の規定に基づく拒絶査定をすると、その出願の先願の地位を失わせ、その出願が拒絶される一方で、同日出願は第39条第2項又は第4項に基づき拒絶されることがなくなる。このことは、協議により定めた方の出願について特許又は実用新案登録を受けることができるとした第39条第2項又は第4項の趣旨に反し適切でない。そこで、審査官は、上記のように取り扱う。
以下の(ⅰ)又は(ⅱ)の場合は、審査官は、審査請求がされている出願の出願人に、他の出願について審査請求がされていないので第39条第2項又は第4項の審査を進めることができない旨を通知する。同日出願のうち一部の出願について審査請求がされていないため、協議を指令できる状態に至っていないからである。
この通知の後は、他の出願について審査請求がなされ、協議を指令することができるようになるまで又は他の出願について取下げ(審査請求期間の経過を含む。)若しくは放棄がされるまで、審査官は、審査を進めない。
少なくとも一の出願が特許又は実用新案登録されている場合には、協議をすることはできない。しかし、特許出願人と特許権者又は実用新案権者との間で実質的な協議の機会を持つことは、拒絶理由又は無効理由を回避し発明又は考案の適切な保護を得るために有用と考えられる。そこで、審査官は、上記のように取り扱う。
出願人が同一である場合も、審査官は、出願人が異なる場合に準じて第39条第2項又は第4項の規定を適用し、4.4.2(1)aのように取り扱う。第39条第2項及び第4項の規定の趣旨は、一の発明に一の権利を設けることにあるので、出願人が同一である場合にもこの規定が適用されるからである。
ただし、4.4.2(1)aの取扱いをする場合において、審査官は、協議の指令をするときには、協議の指令と同時に、全ての拒絶理由を通知する。出願人が同一である場合には、協議のための時間は必要ないからである。
審査官は、4.4.2(1)b(a)と同様に取り扱う。出願人が同一である場合は、拒絶理由通知を受けた段階で適切に対応することが可能であるから、審査官は、4.4.2(1)b(b)の通知を行わない。
審査官は、4.3に基づいて、本願発明が第39条第1項から第4項までの規定により特許を受けることができないものであるとの心証を得た場合は、4.4.1又は4.4.2に照らして、第39条の規定に基づく拒絶理由通知をする。特に本願発明と先願発明又は同日出願発明とが実質同一であると判断した場合(3.2.1(ⅱ)参照)については、出願人が反論、釈明をすることができるように、拒絶理由通知は、そのように判断した理由を把握できるものでなければならない。
出願人は、請求項に係る発明が第39条第1項から第4項までの規定により特許を受けることができない旨の拒絶理由通知に対して、手続補正書を提出して特許請求の範囲について補正をしたり、意見書、実験成績証明書等により反論、釈明したりすることができる。
補正や、反論、釈明により、本願発明が第39条第1項から第4項までの規定により特許を受けることができないものであるとの心証を、審査官が得られない状態になった場合は、拒絶理由は解消する。審査官は、心証が変わらない場合は、本願発明が第39条第1項から第4項までの規定により特許を受けることができない旨の拒絶理由に基づき、拒絶査定をする(4.4.1(1)、4.4.1(2)a及びb、4.4.2(1)a(b)若しくは4.4.2(1)a(b)を準用する4.4.2(2)aに示された、審査を進めない場合を除く。)。
審査官は、本願の請求項が以下の(ⅰ)から(ⅵ)までに掲げた特定の表現を有する場合等において、請求項に係る発明の認定については、「第2章第4節 特定の表現を有する請求項等についての取扱い」に準じて取り扱う。
出願の種類 | 基準日 |
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分割出願、変更出願又は実用新案登録に基づく特許出願 | 原出願の出願日(第44条第2項、第46条第6項又は第46条の2第2項) |
国内優先権の主張を伴う出願 (国内優先権の主張の基礎とされた先の出願の願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載された発明について) |
国内優先権の主張の基礎となる出願のうち、判断の対象となる請求項に係る発明が記載されている出願の出願日(第41条第2項) |
パリ条約による優先権の主張を伴う出願 (パリ条約による優先権の主張の基礎とされた出願の出願書類の全体(明細書、特許請求の範囲又は図面)に記載された発明について) |
パリ条約による優先権の主張の基礎となる出願のうち、判断の対象となる請求項に係る発明が記載されている出願の出願日(パリ条約第4条B) |
国際特許出願又は国際実用新案登録出願 | 国際出願日(第184条の3第1項) 。ただし、優先権の主張を伴う場合は、上欄のとおり。 |
出願の変更があったときは、原出願は取り下げられたものとみなされる(特許法第46条第4項及び実用新案法第10条第5項)ので、原出願は、第39条第1項から第4項までの規定の適用については初めからなかったものとみなされる(第39条第5項)。
実用新案登録に基づく特許出願に係る発明と、その実用新案登録に係る考案とが同一であっても、第39条の規定は本願に適用されない(第39条第4項括弧書き)。
(注)第39条以外の拒絶理由がある場合に関し、原則として審査を進められることについて、4.4.2(2)aを参照。