第Ⅲ部 特許要件 第3章 拡大先願
特許法第29条の2は、以下の(ⅰ)から(ⅳ)までの全てに該当する場合に、審査の対象となっている特許出願(以下この章において「本願」という。)について、特許を受けることができないことを規定している。
以下この章において、出願日を異にする出願のうち、先になされた出願を「先願」、後になされた出願を「後願」という。
後願が先願の出願公開等より前に出願されていたとしても、後願に係る発明が先願の当初明細書等に記載された発明等と同一である場合には、後願が出願公開等されても新しい技術を何ら公開するものではない。本条が上述のように規定するのは、このような後願に係る発明に特許を付与することが、新しい発明の公開の代償として発明を保護しようとする特許制度の趣旨からみて妥当でないからである。
先願が後願を排除できる範囲について、本条と第39条(「第4章 先願」参照)とを比較すると、本条では上記(ⅰ)に示される発明等であるが、第39条では特許請求の範囲又は実用新案登録請求の範囲に係る発明等に限られている。この点で、第39条に比べて、本条では先願が後願を排除できる範囲が広い。このことから、本条の先願は、いわゆる「拡大先願」と呼ばれている。
第29条の2が本願に適用され、本願が拒絶されるという効果を生じさせるための要件には、以下のものがある。
(注)本願の出願前に、他の出願の出願公開等がされていれば、第29条の2は適用されず、出願公開等に係る公報により公開された発明を第29条第1項第3号の発明として同条第1項又は第2項が適用される。
ここで、本願に係る発明とは、本願の請求項に係る発明である。
第29条の2の要件の判断の対象となる発明は、請求項に係る発明である。
審査官は、他の出願が第29条の2の形式的要件(2. (1)参照)を満たすか否かを判断する。
また、審査官は、第29条の2の実質的要件(2. (2)参照)が満たされているか否かを、本願の請求項に係る発明と、第29条の2の形式的要件を満たす他の出願の当初明細書等に記載された発明等(以下この章において「引用発明」という。)とを対比した結果、両者が同一か否かにより判断する。審査官は、両者が同一であると判断した場合に、本願の請求項に係る発明が第29条の2の規定により特許を受けることができないものと判断する。
審査官は、本願の特許請求の範囲に二以上の請求項がある場合は、請求項ごとに、第29条の2の要件の判断をする。
審査官は、他の出願が2. (1)の(ⅰ)から(ⅳ)までの全ての要件を満たすか否かを判断する。それらの要件を一つでも満たさない場合は、審査官は、当該他の出願に基づいて、第29条の2の規定を本願について適用することができない。
審査官は、本願の請求項に係る発明と、引用発明とを対比した結果、以下の(ⅰ)又は(ⅱ)の場合は、両者をこの章でいう「同一」と判断する。
ここでの実質同一とは、本願の請求項に係る発明と引用発明との間の相違点が課題解決のための具体化手段における微差(周知技術、慣用技術(注)の付加、削除、転換等であって、新たな効果を奏するものではないもの)である場合をいう。
(注)「周知技術」及び「慣用技術」については、「第2章第2節 進歩性」の2.(注1)を参照。
審査官は、本願の請求項に係る発明を認定する。その認定の手法は、「第2章第3節 新規性・進歩性の審査の進め方」の2. の手法と同様である。
審査官は、2. (1)の形式的要件を満たす他の出願の当初明細書等に基づき、引用発明を認定する。審査官は、「第2章第3節 新規性・進歩性の審査の進め方」の3.1.1(1)における刊行物に記載された発明の認定に準じて、当初明細書等に記載された発明を認定する (「刊行物」は「当初明細書等」と読み替えられ、「本願の出願時」は「他の出願の出願時」と読み替えられる。)。
審査官は、他の出願の当初明細書等が上位概念又は下位概念で発明等を表現している場合については、「第2章第3節 新規性・進歩性の審査の進め方」の3.2に準じて取り扱う。また、審査官は、「第2章第3節 新規性・進歩性の審査の進め方」の3.3に準じて、後知恵等に留意しなければならない。
なお、他の出願の当初明細書等に記載されている事項がその後の補正により削除されたとしても、そのことは、第29条の2の規定の適用に影響しない。
審査官は、認定した本願の請求項に係る発明と、認定した引用発明とを対比する。審査官は、「第2章第3節 新規性・進歩性の審査の進め方」の4.の手法に準じて、この対比を行う(「本願の出願時」は「他の出願の出願時」と読み替えられる。)。
審査官は、本願の請求項に係る発明と、引用発明とを対比し、3.2に従って、両発明が同一であると判断した場合は、本願の請求項に係る発明が第29条の2の規定により特許を受けることができないものであると判断する。
請求項に係る発明の発明特定事項が選択肢を有する場合において、いずれか一の選択肢のみを、その選択肢に係る発明特定事項と仮定したときの請求項に係る発明と、引用発明との対比の結果、両者がこの章でいう「同一」であるときは、審査官は、本願の請求項に係る発明が第29条の2の規定により特許を受けることができないものと判断する。
審査官は、4.4.1に基づいて、請求項に係る発明が第29条の2の規定により特許を受けることができないものであるとの心証を得た場合は、その旨の拒絶理由通知をする。特に請求項に係る発明と引用発明とが実質同一であると判断した場合(3.2(ⅱ)参照)については、出願人が反論、釈明をすることができるように、拒絶理由通知は、そのように判断した理由を把握できるものでなければならない。
出願人は、請求項に係る発明が第29条の2の規定により特許を受けることができない旨の拒絶理由通知に対して、手続補正書を提出して特許請求の範囲について補正をしたり、意見書、実験成績証明書等により反論、釈明したりすることができる。
補正や、反論、釈明により、請求項に係る発明が第29条の2の規定により特許を受けることができないものであるとの心証を、審査官が得られない状態になった場合は、拒絶理由は解消する。審査官は、心証が変わらない場合は、請求項に係る発明が第29条の2の規定により特許を受けることができない旨の拒絶理由に基づき、拒絶査定をする。
審査官は、本願の請求項が以下の(ⅰ)から(ⅵ)までに掲げた特定の表現を有する場合等において、請求項に係る発明の認定については、「第2章第4節 特定の表現を有する請求項等についての取扱い」に準じて取り扱う。
2.(1)(ⅰ)に関し、他の出願の出願日は、遡及せず、現実の出願日である(第44条第2項ただし書、第46条第6項及び第46条の2第2項)。
パリ条約(又はパリ条約の例)による優先権の主張を伴う出願については、以下の(ⅰ)及び(ⅱ)に共通して記載されている発明に関し、第一国出願日に我が国へ出願がされたものとして扱う。
先の出願を他の出願として、第29条の2の規定が本願に対して適用される(第41条第3項。他の出願の出願日は、先の出願の出願日である。)(注)。
(注)審査官は、以下の(ⅰ)の場合において、以下の(ⅱ)の発明については、先の出願を他の出願として第29条の2の規定を適用してはならない(第41条第3項)。累積的な優先権主張の効果が認められないこととして、実質的に優先期間が延長されることを防止するためである。
後の出願を他の出願として、第29条の2の規定が本願について適用される(第41条第2項及び第3項。他の出願の出願日は、後の出願の出願日である。)。
審査官は、先の出願又は後の出願を他の出願として、第29条の2の規定を適用してはならない。この発明は、出願公開等がされたものとみなされない(第41条第3項)からである。
外国語特許出願又は外国語実用新案登録出願の場合は、「他の出願」は「他の出願(翻訳文未提出のために取り下げられたものとみなされた出願を除く。)」と読み替えられる(第184条の13、第184条の4第3項及び実用新案法第48条の4第3項)。
国際特許出願又は国際実用新案登録出願の場合は、「出願公開等」は、「国際公開等」と読み替えられる(第184条の13、第184条の15第2項から第4項まで)。
外国語書面出願の場合は、「当初明細書等」は、「外国語書面(原文)」と読み替えられる(第29条の2括弧書き及び第41条第3項括弧書き)。
国際特許出願又は国際実用新案登録出願の場合は、「当初明細書等」は、「国際出願日における国際出願の明細書、請求の範囲又は図面(原文)」と読み替えられる(第184条の13、第184条の15第3項及び第4項)。
この場合の6.1.3の取扱いは、先の出願について翻訳文が提出されているときも、提出されていないときも同様である(第41条第3項括弧書き、第184条の15第4項)。
外国語書面出願等が他の出願である場合は、これら他の出願の拡大先願の効果は原文から発生するので、最終的には、引用した他の出願の原文の記載箇所を指摘できなければならない。ただし、原文と翻訳文の内容は一致している蓋然性が極めて高いため、通常は、日本語に翻訳された部分のみを調査すれば足りると考えられる。
通常は、翻訳文中の記載箇所を指摘するとともに、対応する原文の記載が拒絶理由の根拠である旨を記載すれば足りるが、原文における記載箇所が判明していれば、翻訳文及び原文のそれぞれの記載箇所を指摘する。
2. (1)(ⅰ)の本願の出願日(他の出願の出願日と比較される日)については、下表のように取り扱われる。
出願の種類 | 本願の出願日 |
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分割出願、変更出願又は実用新案登録に基づく特許出願 | 原出願の出願日(第44条第2項、第46条第6項又は第46条の2第2項) |
国内優先権の主張を伴う出願 | 先の出願の出願日(第41条第2項) |
パリ条約(又はパリ条約の例)による優先権の主張を伴う出願 | 第一国出願の出願日(パリ条約第4条B) |
国際特許出願 | 国際出願日(第184条の3第1項)。ただし、優先権の主張を伴う場合は、上欄のとおり。 |
2. (1)(ⅱ)の他の出願の出願公開等が本願の出願後か否かの基準時(本願の出願時点)については、下表のように取り扱われる。
出願の種類 | 本願の出願日 |
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分割出願、変更出願又は実用新案登録に基づく特許出願 | 原出願の出願時(第44条第2項、第46条第6項又は第46条の2第2項) |
国内優先権の主張を伴う出願 | 先の出願の出願時(第41条第2項) |
パリ条約(又はパリ条約の例)による優先権の主張を伴う出願 | 第一国出願の出願日(パリ条約第4条B)(注) |
国際特許出願 | 国際出願日(第184条の3第1項) (注)。ただし、優先権の主張を伴う場合は、上欄のとおり。 |
(注)例外的に、「出願時」ではなく、「出願日」が基準となる。 |
3.1.2で述べた本願の出願時点(他の出願の出願人と、本願の出願人の同一性を判断する時点)については、下表のように取り扱われる。 |
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出願の種類 | 本願の出願日 |
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分割出願、変更出願又は実用新案登録に基づく特許出願 | 原出願の出願時(第44条第2項、第46条第6項又は第46条の2第2項) |
国内優先権の主張を伴う出願 | 後の出願の出願時(第41条第2項) |
パリ条約(又はパリ条約の例)による優先権の主張を伴う出願 | 我が国への出願の出願時 |
国際特許出願 | 国際出願日(第184条の3第1項)(注) |
(注)例外的に、「出願時」ではなく、「出願日」が基準となる。 |