第Ⅶ部 外国語書面出願 第2章 外国語書面出願の審査
第2章 外国語書面出願の審査
1. 概要
外国語書面出願では、出願時において発明の内容を開示して提出された書面(通常の特許出願における出願当初の明細書、特許請求の範囲又は図面(以下この章において「当初明細書等」という。)に相当する書面)は、外国語書面である。また、外国語書面の翻訳文が明細書、特許請求の範囲及び図面とみなされるため、外国語書面出願の審査は、この翻訳文に基づいてなされる。この審査は、通常の特許出願と以下の(ⅰ)から(ⅲ)までの点で異なり、その他の点は同じである。これらを踏まえて、審査官は、原文新規事項及び翻訳文新規事項について判断する。この章では、これらの点に係る審査について説明する。
(ⅰ)明細書、特許請求の範囲又は図面(以下この章において「明細書等」という。)に原文新規事項が存在していることが拒絶理由とされている点(2.参照)
(ⅱ)「新規事項を追加する補正」の判断の基準となる明細書等は、翻訳文(誤訳訂正書が提出された場合は誤訳訂正後の明細書等を含む。)である点(3.参照)
(ⅲ)明細書等についての補正が、手続補正書(以下この章において、単に「補正書」という。)によりされる場合のほか、誤訳訂正書によりされる場合がある点(4.参照)
2. 原文新規事項
外国語書面出願について、明細書等に記載した事項が外国語書面に記載した事項の範囲内にない(明細書等に原文新規事項が存在する)ことは、拒絶理由となる(第49条第6号)。
外国語書面出願の場合は、出願時において発明の内容を開示して提出された書面(通常の特許出願における当初明細書等に相当する書面)は、外国語書面である。したがって、外国語書面に記載されていない事項をその後の翻訳文の提出又は補正により追加し、特許を受けることは認められるべきではない。このことから、明細書等に原文新規事項が存在することは、拒絶理由とされている。
2.1 明細書等に原文新規事項が存在するか否かの判断
審査官は、外国語書面が適正な日本語に翻訳された翻訳文(以下この章において「仮想翻訳文」という。)を想定し、明細書等がその仮想翻訳文に対する補正後の明細書等であると仮定した場合に、その補正がその仮想翻訳文との関係において、新規事項を追加する補正であるか否かで判断する。新規事項を追加する補正であるか否かの判断については、「第Ⅳ部第2章 新規事項を追加する補正 」を参照。
2.2 原文新規事項の判断に係る審査の進め方
2.3 外国語書面を照合すべきケースの類型
(1)明細書等の記載が不自然又は不合理なため、明細書等に原文新規事項が存在している旨の疑義がある場合
誤訳が発生する代表的な例は、翻訳すべき語句等の見落とし(例1)、単語の意味や文脈、文法解釈の誤り(例2及び例3)である。このような場合は、明細書等に、全体として文意がつながらない箇所や、技術常識に反する事項が記載されている箇所が発生する。
したがって、明細書等にこのような箇所がある場合は、明細書等に誤訳が生じており、原文新規事項が存在している疑義がある。
例1:外国語書面に"The battery is discharged."とあり、「電池が放電する。」と翻訳すべきところ、disを見落としたために、「電池が充電される。」と誤訳している場合
(説明)
本来、電池が放電するところが、充電されるように記載されていれば、電流の方向が逆になるので、通常、技術的にみて文章の意味が通じなくなる。このような場合は、誤訳に基づく原文新規事項が存在していることを疑うべき合理的理由がある。
例2:外国語書面に"beam"とあり、技術内容からして本来「光線」と翻訳すべきところ、「梁(はり)」と誤訳している場合
(説明)
本来、「光線」と翻訳されるべきところ、「梁(はり)」といった用いられる技術分野が全く異なる用語が現れることは極めて不自然であり、誤訳に基づく原文新規事項が存在していることを疑うべき合理的理由がある。
例3:外国語書面中の"The first opening is drilled through the substrate at 20% of the desired diameter for the hole, and another opening is then drilled at 30% of the full diameter."との記載に対し、当業者であれば外国語書面中の他の箇所の記載や前後の文脈、技術内容からみて"the first opening"と"another opening"とは正確な大きさの穴を形成するために同じ場所に連続して開けられるものであることが認識でき、「基板に対し、最初に所望の直径の20%の穴を開け、続いて直径の30%の穴を開ける。」と翻訳すべきところ、20%の穴と30%の穴は、別な場所に形成されるものと誤解して「基板に対し、所望の直径の20%の第一の穴を形成し、次に直径の30%の別の穴を開ける。」と誤訳している場合
(説明)
本来、形成される穴は一つであるはずのところ、穴が二つ形成される記載が現れることは、不自然又は不合理であり、誤訳に基づく原文新規事項が存在していることを疑うべき合理的理由がある。
(2)誤訳訂正書の訂正の理由等の記載を見ても誤訳の訂正であることが客観的に明らかでないため、誤訳訂正後の明細書等に原文新規事項が存在している旨の疑義がある場合
出願人等は、誤訳訂正書を提出する場合は、訂正の内容、訂正の理由等を記載して、誤訳の訂正を目的としたものであることが客観的にみて明らかになるように説明しなければならない。
これに反して、誤訳の訂正を目的としたものであることが明らかとなるように説明されているとはいえない場合(例4及び例5)は、誤訳訂正後の明細書等に原文新規事項が存在している疑義がある。
なお、誤訳訂正書の取扱いについては、4.を参照。
例4:出願人が単語の翻訳間違いを主張しているにもかかわらず、誤訳訂正前の翻訳が不適切な理由及び誤訳訂正後の翻訳が適正であることの客観的説明がなされていない場合
(例えば、理由の説明に必要な資料として用語辞書のコピー等を添付すべき誤訳訂正である場合において、そのような客観性を担保するものがない場合)
例5:出願人が技術常識や文脈等の解釈の間違いによる誤訳の訂正を主張しているにもかかわらず、その説明の根拠となる技術常識や文脈等の解釈について、十分説明されていない場合や疑問がある場合
(3)明細書等に原文新規事項が存在している旨の情報提供があり、その内容を検討した結果、明細書等に原文新規事項が存在している旨の疑義がある場合
以下の(ⅰ)又は(ⅱ)により、原文新規事項の情報が寄せられた場合は、明細書等に原文新規事項が存在している疑義がある。
(ⅰ)特許法施行規則第13条の2による情報提供(例6)
(ⅱ)審査の対象としている外国語書面出願が第29条の2又は第39条の先願等として提示された他の出願の出願人による意見書等の提出(例7)
例6:第三者から外国語書面に記載されていない事項が追加されている旨の情報提供があり、その内容が妥当である場合
例7:外国語書面出願がある別の出願の拒絶理由の根拠(第29条の2又は第39条)として引用された場合において、当該外国語書面出願について、当該別の出願の出願人が外国語書面の翻訳文には原文新規事項が存在すると主張し、その主張が妥当である場合
(例えば、審査官が翻訳文のみに基づいて第29条の2の拒絶理由を通知したところ、出願人が外国語書面にはそのような発明は記載されていないと反論する場合)
3. 翻訳文新規事項
外国語書面出願については、翻訳文(誤訳訂正書が提出された場合は誤訳訂正後の明細書等を含む。)に記載されていない事項を追加する補正(誤訳訂正書による補正を除く。)は認められない(第17条の2第3項)。このような補正を「翻訳文新規事項を追加する補正」という。
このような規定が設けられたのは、通常は外国語書面出願の外国語書面と翻訳文の記載内容は一致しており、審査においては、外国語書面ではなく翻訳文を基準として補正が新規事項を追加するものであるか否かを判断すれば十分であると考えられるためである。
ただし、翻訳文に誤訳があった場合は、誤訳を解消すると同時に翻訳文に記載された事項の範囲を超えた補正がされるのが通常である。このため、誤訳の訂正を目的とする場合は、翻訳文に記載された事項の範囲を超えて、外国語書面に記載されている事項を補正により追加できることとする必要があり、誤訳訂正書による補正に、本項の規定は適用されない。
3.1 翻訳文新規事項を追加する補正であるか否かの判断
審査官は、補正(誤訳訂正書による補正を除く。)が翻訳文(誤訳訂正書が提出された場合は誤訳訂正後の明細書等を含む。)に記載した事項の範囲内においてしたものか否かにより、その補正が翻訳文新規事項を追加する補正であるか否かを判断する。補正が翻訳文(誤訳訂正書が提出された場合は誤訳訂正後の明細書等を含む。)に記載した事項の範囲内においてしたものか否かの判断は、「第Ⅳ部第2章 新規事項を追加する補正 」における、補正が当初明細書等に記載した事項の範囲内においてしたものか否かの判断と同様である。
3.2 翻訳文新規事項の判断に係る審査の進め方
審査官は、「第Ⅳ部第2章 新規事項を追加する補正 」の4.に準じて審査を進める。
4. 誤訳訂正書による補正
外国語書面出願の出願人は、誤訳の訂正を目的として、明細書等について補正をするときは、補正書ではなく、誤訳訂正の理由を記載した誤訳訂正書を提出しなければならない(第17条の2第2項)。
これは、翻訳文の記載が外国語書面の記載に基づき補正された事実を明確にし、第三者の監視負担及び審査負担を軽減させるためである。
4.1 誤訳訂正書による補正がされた場合の審査
誤訳訂正書による補正がされた場合は、審査官は、誤訳訂正書に記載された訂正の理由等を確認し、補正書による補正がされた場合と同様に審査をする。ただし、誤訳訂正書による補正には翻訳文新規事項の規定は適用されないから、審査官は、翻訳文新規事項については判断しない。また、原文新規事項の判断については、2.を参照。
そして、誤訳訂正書による補正に誤訳の訂正を目的としない補正が含まれていたとしても、そのことは、拒絶理由とされていない。したがって、審査官は、誤訳訂正書による補正が誤訳の訂正を目的としているか、それ以外を目的としているかの判断を行わない。
なお、誤訳の訂正を目的とする補正は、誤訳訂正書によりされなければならない(第17条の2第2項)。したがって、誤訳の訂正を目的とする補正を補正書によりすることは、通常、許されない。ただし、誤訳の訂正を目的とする補正が補正書によりされた場合であっても、結果として、翻訳文新規事項を追加する補正でなければ、そのような補正を補正書によりすることは許される。
4.1.1 訂正の理由等の記載が十分でない場合の取扱い
(1)訂正の理由の記載や、訂正の理由の説明に必要な資料が不十分であるため、誤訳訂正後の明細書等に原文新規事項が存在しないとの心証を得られない場合は、審査官は、出願人に対して、第194条第1項(書類の提出等)の規定に基づく審査官通知、電話等により釈明を求めることができる。
(2)上記(1)の措置にもかかわらず、依然として上記の心証が得られない場合は、原文新規事項が存在する旨の疑義を抱くべき場合(2.3(2)参照)に該当する。よって、審査官は、外国語書面を照合し、原文新規事項について判断する。
4.1.2 補正書による補正で対応可能な補正事項であるとして誤訳訂正書に含まれた補正事項が、実際には、翻訳文新規事項(補正書による補正で対応不可能な補正事項)であった場合の取扱い
4.1.3 最後の拒絶理由通知等の指定期間内に、補正書による補正で対応可能な補正事項を含む誤訳訂正書が提出された場合の取扱い
補正書による補正で対応可能な補正事項を誤訳訂正書に含ませて補正をすること自体は認められる。ただし、最後の拒絶理由通知等(注1)の指定期間内に提出された誤訳訂正書による補正が、第17条の2第4項から第6項まで(注2)の要件を満たさない場合は、審査官は、補正の却下の決定をする。通常の特許出願においても、一の補正事項が補正の要件を満たしていない場合はこの補正を含む補正書全体が却下されるのと同様に、誤訳訂正書中に第17条の2第4項から第6項までの要件を満たさない補正事項がある場合は、補正書による補正で対応可能な補正事項(翻訳文新規事項に該当しない補正事項)も含めて、誤訳訂正書全体が却下される点に、審査官は留意する。
(注1)「等」には、第50条の2の規定による通知を伴う拒絶理由通知が含まれる。以下この章において同じ。
(注2)誤訳訂正書による補正には、第17条の2第3項(翻訳文新規事項)の規定が適用されないことに、審査官は留意する。
4.1.4 翻訳文新規事項を追加する補正書が提出された後に、その翻訳文新規事項を維持する(注)誤訳訂正書が提出された場合の取扱い
(注)ここでいう「維持する」とは、例えば、以下の(ⅰ)、(ⅱ)をいう。
(ⅰ)先の補正書による補正によって追加された翻訳文新規事項を含む記載箇所を、その翻訳文新規事項に相当する記載をそのままとして誤訳訂正書の「【訂正対象項目名】」における補正をする単位に含むこと。
(ⅱ)先の補正書による補正で追加された翻訳文新規事項を含む記載箇所を、誤訳訂正書の「【訂正対象項目名】」における補正をする単位に含めないこと。
5. 外国語書面出願の審査の進め方
6. 誤訳訂正書の提出要領
誤訳訂正書による明細書等の補正手続は、補正書による補正手続とは異なり、誤訳の内容や訂正の理由等を明示することにより、第三者や審査官に対し、誤訳訂正の内容が外国語書面に記載した事項の範囲内の適正な補正であることを明らかにするために設けられたものである。
したがって、誤訳訂正書は特許法施行規則に定める様式に従うものでなければならないと同時に、誤訳訂正書の提出は以下のようになされるべきである。
6.1 訂正の理由の説明に必要な資料
(1)誤訳訂正の内容やその理由が妥当なものであることを当業者が容易に理解するために資料が必要な場合には、出願人は、「訂正の理由の説明に必要な資料」を添付しなければならない。
(2)誤訳訂正の内容やその理由が妥当であることを資料を用いて示す必要がある場合とは、例えば、専門用語の誤訳を訂正する場合のように、その誤訳訂正の内容が妥当であることを示すために辞書等の資料が必要な場合である。その場合には、出願人は、辞書等の該当ページの写しを、訂正の理由の説明に必要な資料として添付する。
(3)訂正の理由の説明に必要な資料が他の補正箇所と同一の場合は、出願人は、その旨を「【訂正の理由等】」の欄に記載し、資料の添付を省略することができる。
6.2 誤訳訂正書の具体例
誤訳訂正書の具体例は、後掲の「誤訳訂正書(見本)」を参照。
6.3 補正書による補正で対応可能な補正事項を誤訳訂正書に含ませることについて
6.4 同日付けの補正書と誤訳訂正書とを別個に提出する場合の留意事項
一の拒絶理由通知に応答して、補正書と誤訳訂正書を別個に提出する場合は、出願人は、補正をする単位(補正書の「【補正対象項目名】」及び誤訳訂正書の「【訂正対象項目名】」に記載される補正をする単位)が実質的に重複することがないようにしなければならない。
誤訳訂正書(見本)
【書類名】
誤訳訂正書
【提出日】
平成7年9月1日
【あて先】
特許庁長官 殿
【事件の表示】
【出願番号】
平成7年特許願 第100321号
【特許出願人】
【識別番号】
090004324
【氏名又は名称】
特許株式会社
【代理人】
【識別番号】
190001231
【弁理士】
【氏名又は名称】
特許 太郎
【誤訳訂正1】
【訂正対象書類名】
明細書
【訂正対象項目名】
0003
【訂正方法】
変更
【訂正の内容】
【0003】
大砲の装填装置において、装填装置を軽量化し、装填装置の回動応答性を砲身の俯仰に追随可能として、迅速に砲身に火薬を装填する装置。
【訂正の理由等】
(訂正の理由1-1)
段落「0003」中、「砲身に火薬を装填する。」の点について
この箇所の外国語書面の表記は外国語書面第2頁第3行目にcharge a barrel with powderと記載されていたところ、誤訳訂正前は「樽に粉を装填する」と翻訳していた。誤訳訂正前の翻訳は上記英文の一般的な翻訳であるが、本願は大砲の装填装置に関する出願であり、上記barrelは「樽」の意味の他に「砲身」という意味があり、上記powderは「粉」の意味のほかに「火薬」という意味がある。よって本願の技術的意味を参酌して「砲身に火薬を装填する」と誤訳訂正する。
(訂正の理由1-1の説明に必要な資料「小学館ランダムハウス英和大辞典、第213頁及び第2020頁、昭和63年1月20日発行」参照)
(訂正の理由1-2)
段落「0003」中、「軽量」の点について
この点は誤訳訂正前は「計量」と記載していたが、該「計量」は明細書中の他の記載(段落「0002」中の「軽量化を図ることが、」等の記載)からも明らかなように「軽量」の誤記であるので補正書による補正でも対応可能な補正事項である。
【手数料の表示】
【予納台帳番号】
012345
【納付金額】
19000
【提出物件の目録】
【物件名】
訂正の理由の説明に必要な資料 1
(訂正の理由1-1の説明に必要な資料)
出典:株式会社小学館、「小学館ランダムハウス英和辞典」213頁及び2020頁、昭和63年1月20日発行