第Ⅳ部 明細書、特許請求の範囲又は図面の補正 第4章 目的外補正
第17条の2第5項は、以下の補正時期(ⅰ)から(ⅲ)までのいずれかの時期にする特許請求の範囲についての補正が以下の(a)から(d)までの事項のいずれかを目的とするものに限られることを規定している。この規定に違反する補正を目的外補正という。
この規定は、発明の保護を十全に図るという特許制度の基本目的を考慮しつつ、迅速かつ的確な権利付与を確保する審査手続を確立するために、最後の拒絶理由通知以降の補正を、既になされた審査結果を有効に活用できる範囲内に制限する趣旨で設けられたものである。また、第50条の2の規定による通知に対する補正については、分割出願制度の濫用抑止の観点から同じ制限が課される。
第17条の2第5項の規定に違反する補正は、新規事項を追加するものとは異なり、発明の内容に関して実体的な不備をもたらすものではないから、無効理由とはされていない。したがって、同条第5項の規定の適用に当たっては、審査官は、その立法趣旨を十分に考慮し、本来保護されるべきものと認められる発明について、既になされた審査結果を有効に活用して迅速に審査をすることができると認められる場合についてまでも、必要以上に厳格に運用することがないようにする。
第17条の2第6項は、第126条第7項の規定を準用して、特許請求の範囲の限定的減縮(第5項第2号)を目的とする補正については、更に補正後における特許請求の範囲に記載されている事項により特定される発明が独立して特許を受けることができるものでなければならないこと(独立特許要件)を規定している。
特許請求の範囲の限定的減縮を目的とする補正がされると、他の事項を目的とする補正の場合とは異なり、新たな先行技術調査が必要となることがある。新たな先行技術調査がなされた結果、補正後の発明が特許可能なものでなかった場合に、改めて拒絶理由を通知することとすると、更に補正がされて、再度の審査が必要となることがある。そこで、特許法は、特許請求の範囲の限定的減縮を目的とする補正が独立特許要件を満たさない場合は、その補正を却下し(第53条第1項)、審査が繰り返しなされることを回避するとともに、出願間の取扱いの公平性を確保することとしている。
なお、特許請求の範囲の限定的減縮を目的としない、請求項の補正については、この要件は課されない。
この章では、1.1の(ⅰ)から(ⅲ)までのいずれかの補正時期にする補正に課される要件(第17条の2第3項から第6項まで)のうち、第17条の2第5項及び第6項の要件の判断基準及び審査の進め方を、以下の項目で説明する。
判断基準 ━ | ┏ 特許請求の範囲の限定的減縮及び独立特許要件 | → | 2. 参照 |
┃ 請求項の削除 | → | 3. 参照 | |
┃ 誤記の訂正 | → | 4. 参照 | |
┗ 明瞭でない記載の釈明 | → | 5. 参照 | |
審査の進め方 | → | 6. 参照 |
審査官は、補正が第17条の2第5項第2号の限定的減縮を目的とするものであるか否かを、以下の(ⅰ)から(ⅲ)までの要件が全て満たされているか否かで判断する。
審査官は、「特許請求の範囲の減縮」についての判断を、基本的には、各請求項について行うものとする。特許請求の範囲には、特許を受けようとする発明が請求項ごとに記載されているからである。
なお、特許請求の範囲を減縮するものに該当しない補正については、審査官は、上記(ⅱ)及び(ⅲ)の要件を判断することを要しない。
審査官は、発明特定事項を、請求項の記載に基づき、明細書及び図面の記載を考慮して、その作用(働きや役割)と対応して把握する。
なお、発明特定事項の作用は、発明の詳細な説明の記載(「第II部第1章第1節 実施可能要件」の3.1.1(2)及び(3)参照)や出願時の技術常識を考慮すれば理解できる場合が多い。
発明特定事項を「限定する」補正とは、以下の(ⅰ)又は(ⅱ)の補正をいう。
審査官は、補正が発明特定事項を限定するものであるか否かを、補正前発明と補正後発明のそれぞれの発明特定事項を把握し、両者を対比することにより判断する。
審査官は、発明の「産業上の利用分野」及び「解決しようとする課題」を、発明の詳細な説明中の発明の属する技術分野及び課題についての記載を考慮しつつ、請求項の記載から把握した発明特定事項に基づいて、具体的に特定する。なお、発明の課題は、未解決のものである必要はない。
補正前後の発明の産業上の利用分野が「同一である」とは、以下の(ⅰ)又は(ⅱ)の場合をいう。
補正前後の発明の解決しようとする課題が「同一である」とは、以下の(ⅰ)又は(ⅱ)の場合をいう。
例えば、「補正前後の発明の解決しようとする課題が技術的に密接に関連する場合」とは、以下の(ⅰ)、(ⅱ)等の場合をいうものとする。
審査官は、補正前後の発明の産業上の利用分野及び解決しようとする課題が同一であるか否かを、補正前発明と補正後発明のそれぞれの産業上の利用分野及び解決しようとする課題を把握し、両者を対比することにより判断する。
なお、第36条第4項第1号の委任省令要件についての判断に係る運用では、以下の(ⅰ)、(ⅱ)等の発明のように、もともと解決しようとする課題が想定されていないと認められる場合には、課題の記載は求めないこととされている(「第II部第1章第2節 委任省令要件」の2.(1)b(c)参照)。この場合には、課題の同一性を問わないこととする。
特許請求の範囲の限定的減縮を目的とする補正は、更に独立特許要件を満たすものでなければならない。
独立して特許を受けることができるか否かが判断されるのは、特許請求の範囲の限定的減縮を目的とする補正がされた請求項のみである。限定的減縮を目的とせず「誤記の訂正」又は「明瞭でない記載の釈明」のみを目的とする補正がされた請求項及び補正がされていない請求項については、独立して特許を受けることができるか否かの判断の対象とはならない。
補正後発明が独立して特許を受けることができるか否かは、以下の規定に基づき判断されるものとする。独立特許要件違反であることを理由に補正を却下する際の留意事項については、「第I部第2章第6節 補正の却下の決定」の3.3を参照。
審査官は、補正が第17条の2第5項第1号の請求項の削除を目的とするものであるか否かを、補正が以下の(ⅰ)又は(ⅱ)に該当するか否かで判断する。
上記 (ⅱ)に該当する補正の具体例としては、以下の(ⅱ-1)又は(ⅱ-2)がある。
審査官は、補正が第17条の2第5項第3号の誤記の訂正を目的とするものであるか否かを、以下の「誤記の訂正」の意味に照らして判断する。
「誤記の訂正」とは、「本来その意であることが明細書、特許請求の範囲又は図面の記載などから明らかな字句・語句の誤りを、その意味内容の字句・語句に正す」ことである。
審査官は、補正が第17条の2第5項第4号の明瞭でない記載の釈明を目的とするものであるか否かを、補正が以下の(ⅰ)及び(ⅱ)の要件を満たしているか否かで判断する。
「明瞭でない記載」とは、文理上、意味の明らかでない記載など、不備を生じている記載である。
特許請求の範囲について「明瞭でない記載」とは、以下の(ⅰ)から(ⅲ)までのいずれかのこと等をいう。
「釈明」とは、明瞭でない記載の不明瞭さを正して、「その記載本来の意味内容」を明らかにすることである。
審査官は、補正が明瞭でない記載の釈明を目的とするものであるか否かを、上記(1)及び(2)に照らして判断する。請求項の記載が明確であり、発明も技術的に明瞭に特定されている場合に、通知された拒絶理由(例えば、新規性欠如、進歩性欠如等)を解消する補正は、「明瞭でない記載の釈明」を目的とするものに該当しない。
「明瞭でない記載の釈明」は、拒絶理由通知で指摘された拒絶の理由に示す事項についてするものに限られている。これは、審査官が拒絶理由通知で指摘していなかった事項についての補正によって、既に審査した部分が補正され、新たな拒絶理由が生じることを防止するためである。
第36条に基づく拒絶理由通知で指摘された特定個所の記載不備の拒絶理由を解消するための補正
最後の拒絶理由通知の指定期間内等(注1)に特許請求の範囲についての補正がされた場合の第17条の2第5項及び第6項の判断に係る審査の進め方を以下に示す。第17条の2の各項に規定する要件の判断に係る審査の進め方については、「第I部第2章第6節 補正の却下の決定」の3.による。また、「第1章 補正の要件」の4.も参照。
補正が特許請求の範囲の限定的減縮(第2号)を目的とするものであると判断した場合には、審査官は、その補正が更に独立特許要件(第6項)を満たすものであるか否かを判断する(2.2参照)。
補正の却下の決定をする際には、審査官は、同条第5項又は第6項の要件を満たさないと判断した補正事項を指摘するとともに、その理由を具体的に説明する。
1.1に示したとおり、同条第5項の規定の適用に当たっては、審査官は、その立法趣旨を十分に考慮し、本来保護されるべきものと認められる発明について、既になされた審査結果を有効に活用して迅速に審査をすることができると認められる場合についてまでも、必要以上に厳格に運用することがないようにする。