第Ⅱ部 明細書及び特許請求の範囲 第2章 特許請求の範囲の記載要件
なお、どのような発明について特許を受けようとするかは出願人が判断すべきことであるので、特許を受けようとする発明を特定するために必要と出願人自らが認める事項の全てを記載することとされている。
特許法第36条第6項第1号は、請求項に係る発明が発明の詳細な説明に記載した範囲を超えるものであってはならない旨を規定している。
発明の詳細な説明に記載していない発明を特許請求の範囲に記載することになれば、公開されていない発明について権利が発生することになるからである。
同号の要件(サポート要件)は、これを防止するためのものである。
この対比、検討は、請求項に係る発明を基準にして、発明の詳細な説明の記載を検討することにより進める。この際には、発明の詳細な説明に記載された特定の具体例にとらわれて、必要以上に特許請求の範囲の減縮を求めることにならないようにする。
審査官は、発明の課題を、原則として、発明の詳細な説明の記載から把握する。ただし、以下の(i)又は(ii)のいずれかの場合には、明細書及び図面の全ての記載事項に加え、出願時の技術常識を考慮して課題を把握する。
「発明の詳細な説明において発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲」の把握にあたっては、審査官は、明細書及び図面の全ての記載事項に加え、出願時の技術常識を考慮する。
以下に、特許請求の範囲の記載がサポート要件を満たさないと判断される類型(1)から(4)までを示す。
審査官は、この類型(3)を適用するに当たっては、以下の点に留意する。
なお、数値範囲に特徴がある場合ではなく、単に望ましい数値範囲を請求項に記載したにすぎない場合には、発明の詳細な説明にその数値範囲を満たす具体例が記載されていなくても、類型(3)には該当しない。
審査官は、この類型(4)を適用するに当たっては、以下の点に留意する。
審査官は、特許請求の範囲の記載がサポート要件を満たしていないと判断した場合は、その旨の拒絶理由通知をする。
以下2.2で示された類型(3)及び類型(4)についての拒絶理由通知について説明する。
審査官は、出願時の技術常識に照らし、請求項に係る発明の範囲まで、発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化することができないと判断した場合は、拒絶理由通知をする。審査官は、拒絶理由通知において、その判断の根拠(例えば、判断の際に特に考慮した発明の詳細な説明の記載箇所及び出願時の技術常識の内容等)を示しつつ、拡張ないし一般化できないと考える理由を具体的に説明する。また、可能な限り、審査官は、出願人が拒絶理由を回避するための補正の方向について理解するための手がかり(拡張ないし一般化できるといえる範囲等)を記載する。
例えば、理由を具体的に説明せず、以下の(i)又は(ii)のように拒絶理由を記載することは、出願人が有効な反論をしたり拒絶理由を回避するための補正の方向を理解したりすることが困難になる場合があるため、適切でない。
また、審査官は、発明の詳細な説明に記載された特定の具体例にとらわれて、必要以上に特許請求の範囲の減縮を求めることがないようにする(2.1(1)参照)。
審査官は、請求項において、発明の詳細な説明に記載された、発明の課題を解決するための手段が反映されていないため、発明の詳細な説明に記載した範囲を超えて特許を請求することになっていると判断する場合は、拒絶理由通知をする。審査官は、拒絶理由通知において、自らが認定した発明の課題及び課題を解決するための手段を示しつつ、発明の課題を解決するための手段が反映されていないと考える理由を具体的に説明する。その際に、発明の詳細な説明に明示的に記載された課題が、請求項に係る発明の課題として不合理なものであると審査官が判断した場合には、その理由も記載する。
また、審査官は、課題を解決するための手段を示すに当たって、特定の具体例にとらわれることがないよう留意しつつ(2.1(1)参照)、出願人が拒絶理由を回避するための補正の方向について理解できるように努める。
理由を具体的に説明せず、「請求項において、発明の詳細な説明に記載された、発明の課題を解決するための手段が反映されていない」とだけ記載することは、出願人が有効な反論をしたり拒絶理由を回避するための補正の方向を理解したりすることが困難になる場合があるため、適切でない。
出願人は、サポート要件違反の拒絶理由通知に対して、意見書、実験成績証明書等を提出することにより反論、釈明等をすることができる。
以下2.2で示された類型(3)及び(4)の場合について説明する。
類型(3)についての拒絶理由通知がされた場合は、出願人は、例えば、審査官が判断の際に特に考慮したものとは異なる出願時の技術常識等を示しつつ、そのような技術常識に照らせば、請求項に係る発明の範囲まで、発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化できることを、意見書において主張することができる。また、実験成績証明書によりこのような意見書の主張を裏付けることができる。
ただし、発明の詳細な説明の記載が不足しているために、出願時の技術常識に照らしても、請求項に係る発明の範囲まで、発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化することができるといえない場合には、出願後に実験成績証明書を提出して、発明の詳細な説明の記載不足を補うことによって、請求項に係る発明の範囲まで、拡張ないし一般化できると主張したとしても、拒絶理由は解消されない。 (参考:知財高判平成17年11月11日(平成17年(行ケ)10042号)「偏光フィルムの製造法」大合議判決)
類型(4)についての拒絶理由通知がされた場合は、出願人は、明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識を考慮すれば、審査官が示した課題や課題を解決するための手段とは異なる課題や課題を解決するための手段を把握可能であり、請求項にはその課題を解決するための手段が反映されている旨の反論をすることができる。
反論、釈明等(3.2参照)により、特許請求の範囲の記載がサポート要件を満たすとの心証を、審査官が得られる状態になった場合は、その拒絶理由は解消する。そうでない場合は、特許請求の範囲の記載がサポート要件を満たさない旨の拒絶理由に基づき、拒絶査定をする。
特許法第36条第6項第2号は、特許請求の範囲の記載について、特許を受けようとする発明が明確でなければならないこと(明確性要件)を規定する。
特許請求の範囲の記載は、これに基づいて新規性、進歩性等が判断され、これに基づいて特許発明の技術的範囲が定められるという点において、重要な意義を有するものであり、一の請求項から発明が明確に把握されることが必要である。
同号は、こうした特許請求の範囲の機能を担保する上で重要な規定であり、特許を受けようとする発明(請求項に係る発明)が明確に把握できるように、特許請求の範囲が記載されなければならない旨を規定している。
特許を受けようとする発明が請求項ごとに記載されるという、請求項の制度の趣旨に照らせば、一の請求項に記載された事項に基づいて、一の発明が把握されることも必要である(2.2(4)参照)。
ただし、発明特定事項の意味内容や技術的意味(2.2(2)b参照)の解釈に当たっては、審査官は、請求項の記載のみでなく、明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識をも考慮する。
なお、請求項に係る発明の把握に際して、審査官は、請求項に記載されていない事項は考慮の対象としない。反対に、審査官は、請求項に記載されている事項は必ず考慮の対象とする。
請求項の記載がそれ自体で明確でない場合は、審査官は、明細書又は図面に請求項に記載された用語についての定義又は説明があるか否かを検討し、その定義又は説明を出願時の技術常識をもって考慮して請求項に記載された用語を解釈することにより、請求項の記載が明確といえるか否かを判断する。その結果、請求項の記載から特許を受けようとする発明が明確に把握できると認められれば明確性要件は満たされる。
特許請求の範囲の記載が明確性要件を満たさない場合の例として、以下に類型(1)から(5)までを示す。
例えば、請求項の記載中の誤記、不明確な記載等のように、日本語として表現が不適切であり、発明が不明確となる場合である。ただし、軽微な記載の不備であって、それにより、当業者にとって発明が不明確にならないようなものは除く。
化合物Aと化合物Bを常温下エタノール中で反応させて化合物Cを合成する工程、及び、化合物CをKM-II触媒存在下80~100℃で加熱処理することによって化合物Dを合成する工程、からなる、化合物Dの製造方法。
「KM-II触媒」は、発明の詳細な説明に定義が記載されておらず、出願時の技術常識でもないため、「KM-II触媒」の意味内容を理解できない。
40~60質量%のA成分と、30~50質量%のB成分と、20~30質量%のC成分からなる合金。
三成分のうち一のもの(A)の最大成分量と残りの二成分(B、C)の最小成分量の和が100%を超えており、技術的に正しくない記載を含んでいる。
請求項に係る発明の範囲が明確である場合には、通常、請求項の記載から発明を明確に把握できる。
しかし、発明の範囲が明確であっても、発明特定事項の技術的意味を理解することができず、さらに、出願時の技術常識を考慮すると発明特定事項が不足していることが明らかである場合には、的確に新規性、進歩性等の特許要件の判断ができない。このような場合は、一の請求項から発明が明確に把握されることが必要であるという特許請求の範囲の機能を担保しているといえないから、明確性要件違反となる。
発明特定事項の技術的意味とは、発明特定事項が、請求項に係る発明において果たす働きや役割のことを意味する。このような働きや役割を理解するに当たっては、審査官は、明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識を考慮する。
発明特定事項が、請求項に係る発明において果たす働きや役割は、発明の詳細な説明の記載(「第1章第1節 実施可能要件」の3.1.1(2)及び(3)参照)や出願時の技術常識を考慮すれば理解できる場合が多い。そのような場合は、本類型には該当しない。
また、発明特定事項がどのような技術的意味を有しているのかを理解できないというだけではこの類型には該当しない。どのような技術的意味を有しているのかが理解できないことに加えて、出願時の技術常識を考慮すると発明特定事項が不足していることが明らかである場合に、この類型に該当する。 審査官は、発明特定事項が不足していることが明らかであるか否かの判断を、発明の属する技術分野における出願時の技術常識に基づいて行う。したがって、審査官は、その判断の根拠となる技術常識の内容を示せない場合には、この類型を適用しない。
金属製ベッドと、弾性体と、金属板と、自動工具交換装置のアームと、工具マガジンと、を備えたマシニングセンタ。
請求項においては、弾性体及び金属板と他の部品との構造的関係は何ら規定されておらず、明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識を考慮しても、弾性体及び金属板の技術的意味を理解することができない。そして、マシニングセンタの発明においては、部品の技術的意味に応じて他の部品との構造的関係が大きく異なることが出願時の技術常識であり、このような技術常識を考慮すると、請求項において、弾性体及び金属板と他の部品との構造的関係を理解するための事項が不足していることは明らかである。したがって、請求項の記載から発明を明確に把握することができない。
出願時の技術常識を考慮すると、「金属製ベッド」、「自動工具交換装置のアーム」及び「工具マガジン」については、それらの技術的意味は自明であるが、単に「弾性体」及び「金属板」を備えることが規定されただけでは、弾性体及び金属板の技術的意味を理解できない。また、例えば、弾性体が金属製ベッドの下部に、及び金属板が弾性体の下部に取り付けられ、いずれも制振部材としての役割を有するという具体例が明細書に記載されていた場合は、弾性体及び金属板がその具体例において果たす役割を理解できるとしても、請求項にはそのような構造的関係が何ら規定されていない。そのため、弾性体及び金属板が請求項に係る発明において果たす役割をそのように限定的に解釈することはできない。したがって、明細書及び図面の記載を考慮しても、弾性体及び金属板の技術的意味を理解することができない。
入力した画像データを圧縮してX符号化画像データを出力する画像符号化チップにおいて、外部から入力した画像データを可逆のA符号化方式により符号化してA符号化データを生成するA符号化回路と、生成されたA符号化データをA復号方式により元の画像データに復号するA復号回路と、復号された画像データを非可逆のX符号化方式により符号化してX符号化画像データを生成し、生成したX符号化画像データを外部に出力するX符号化回路と、からなることを特徴とする画像符号化チップ。
画像符号化チップの発明においては、高速化、小規模化、省電力化及び低コスト化が重視されることが出願時の技術常識であり、請求項に記載されているように、一度符号化したデータを、単に元のデータに復号するという回路を設けることは技術常識に反することである。したがって、明細書及び図面の記載を考慮しても、A符号化回路及びA復号回路の技術的意味を理解することができない。そして、画像符号化チップの発明においては、チップに設けられる回路の技術的意味に応じて、当該チップにおける処理内容等が大きく異なることが出願時の技術常識であり、このような技術常識を考慮すると、請求項において、A符号化回路及びA復号回路の画像符号化チップにおける役割に関する事項が不足していることは明らかである。したがって、請求項の記載から、発明を明確に把握することができない。
例えば、A符号化回路において符号化時間を測定し、その符号化時間に基づいて、X符号化に用いるパラメータを決定するという具体例が明細書に記載されていた場合は、A符号化回路及びA復号回路がその具体例において果たす役割を理解できるとしても、請求項にはA符号化回路で得られた情報をX符号化に用いる点が何ら規定されていない。そのため、A符号化回路及びA復号回路が請求項に係る発明において果たす役割をそのように限定的に解釈することはできない。したがって、明細書及び図面の記載を考慮しても、A符号化回路及びA復号回路の技術的意味を理解することができない。
例えば、商標名を用いて物を特定しようとする記載を含む請求項については、少なくとも出願日以前から出願当時にかけて、その商標名で特定される物が特定の品質、組成、構造などを有する物であったことが当業者にとって明瞭でない場合は、発明が不明確になることに注意する。
第68条で「特許権者は、業として特許発明の実施をする権利を専有する」とし、第2 条第3 項では「実施」を物の発明、方法の発明及び物を生産する方法の発明に区分して定義している。これらを考慮すれば、請求項に係る発明の属するカテゴリーが不明確である場合又は請求項に係る発明の属するカテゴリーがいずれのカテゴリーともいえない場合に、そのような発明に特許を付与することは権利の及ぶ範囲が不明確になり適切でない。
(明確性要件違反となる例)
なお、審査官は、カテゴリーの認定については、以下の点にも留意する。
明確性要件が規定された趣旨からみれば、一の請求項から発明が明確に把握されることが必要である。また、請求項の制度の趣旨に照らせば、一の請求項に記載された事項に基づいて、一の発明が把握されることが必要である。
したがって、請求項に係る発明を特定するための事項に関して二以上の選択肢があり、その選択肢同士が類似の性質又は機能を有しない場合には、明確性要件違反となる。
(明確性要件違反となる例)
審査官は、範囲を曖昧にし得る表現があるからといって、発明の範囲が直ちに不明確であると判断するのではなく、明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識を考慮してその表現を含む発明特定事項の範囲を当業者が理解できるか否かを検討する。
否定的表現によって除かれるものが不明確な場合(例えば、「引用文献1に記載される発明を除く。」)は、その表現を含む請求項に係る発明の範囲は不明確となる。
しかし、請求項に否定的表現があっても、その表現によって除かれる前の発明の範囲が明確であり、かつ、その表現によって除かれる部分の範囲が明確であれば、通常、その請求項に係る発明の範囲は明確である。
ただし、例えば、増幅器に関して用いられる「高周波」のように、特定の技術分野においてその使用が広く認められ、その意味するところが明確である場合は、通常、発明の範囲は明確である。
ただし、範囲を不確定とさせる表現があっても発明の範囲が直ちに不明確であると判断をするのではなく、審査官は、明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識を考慮して、発明の範囲が理解できるか否かを検討する。
例16:半導体基板の表面に被覆原料を堆積させる方法において、被覆原料を堆積させる際に半導体基板を回転させることにより、被覆原料の実質的に均一な供給を行うことを特徴とする被覆方法。
被覆原料を完全に均一に供給することが不可能であることは、出願時における技術常識である。明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識を考慮すると、本願発明は、半導体基板を回転させることにより、半導体基板の表面に供給する被覆原料の供給量を実質的に均一にするものである、ということが理解できる。そして、ここでいう「実質的に均一な供給」とは、半導体基板を回転させることにより得られる程度の均一性を意味することが明確に把握できる。したがって、発明の範囲は明確である。なお、本事例において、「実質的に」が「略」と記載されていても、同様に判断される。
例17:キーパッドを含む第1の筐体とディスプレイを含む第2の筐体の底面が、一方の筐体が他方の筐体に対して他方の筐体を約360度回転可能にするヒンジで接続された折り畳み式携帯電話において、第1の筐体中の電気回路と第2の筐体中の電気回路をフレキシブル基板で接続したことを特徴とする折り畳み式携帯電話。
明細書及び図面の記載を考慮すると、本願発明は、一方の筐体が他方の筐体に対して接続部を中心として約360度回転する公知技術を改良した発明であることが理解できる。ここで、一方の筐体が他方の筐体に対して約360度回転するというのは、第1の筐体の背面と第2の筐体の背面が対向するような配置(キーパッドとディスプレイがそれぞれ外方を向く配置)を指し示していることは、明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識から明らかである。したがって、発明の範囲は明確である。なお、本事例において、「約」が「略」又は「実質的に」と記載されていても、同様に判断される。
このような表現がある場合には、どのような条件のときにその任意付加的事項又は選択的事項が必要であるかが不明で、請求項の記載事項が多義的に解されることがある。
一方で、例えば、選択的事項について、それが、上位概念で記載された発明特定事項の単なる例示にすぎないものと理解できる場合(例えば、「アルカリ金属(例えばリチウム)」といった表現がされている場合)は、発明の範囲は明確である。
また、任意付加的な事項において、発明の詳細な説明に、その付加的事項について、任意であることが理解できるように記載されている場合も、発明の範囲は明確である。
発明の詳細な説明に数値範囲で限定されるべきものが必須成分である旨の明示の記載がある場合は、その成分が任意成分であると解される「0~10%」との用語と矛盾し、請求項に記載された用語が多義的になり、発明の範囲が不明確となる。これに対し、発明の詳細な説明に、それが任意成分であることが理解できるように記載されている場合は、0を含む数値範囲限定が記載されていても、発明の範囲は不明確とはならない。
一般的に、図面は多義的に解され曖昧な意味を持つものであることから、請求項の記載が、図面の記載で代用されている場合には、多くの場合、発明の範囲は不明確なものとなる。
次の例のように、発明の詳細な説明又は図面の記載を代用しても発明が明確になる場合もあることに、審査官は留意する。
例20:「図1に示す点A( )、点B( )、点C( )、点D( )で囲まれる範囲内のFe・Cr・Al及びx%以下の不純物よりなるFe・Cr・Al耐熱電熱用合金。」のように、合金に関する発明において、合金成分組成の相互間に特定の関係があり、その関係が、数値又は文章によるのと同等程度に、図面の引用により明確に表せる場合例えば、「物の発明」の場合に、発明特定事項として物の結合や物の構造の表現形式を用いることができるほか、作用、機能、性質、特性、方法、用途その他の様々な表現方式を用いることができる。同様に、「方法(経時的要素を含む一定の行為又は動作)の発明」の場合も、発明特定事項として、方法(行為又は動作)の結合、その行為又は動作に使用する物その他の表現形式を用いることができる。
他方、第36条第6項第2号の規定により、請求項は、一の請求項から発明が明確に把握されるように記載されていなければならないから、上記の種々の表現形式を用いた発明の特定は、発明が明確である限りにおいて許容されるにとどまる。
例えば、請求項が、「~からなる病気X用の医薬(又は農薬)」ではなく、単に「~からなる医薬(又は農薬)」等のように表現されている場合に、一般的な表現であることのみを根拠として、審査官が明確性要件違反と判断することは適切でない。
また、組成物において、請求項に用途又は性質による特定がないものについても、単に用途又は性質の特定がないことのみをもって、審査官が明確性要件違反と判断することは適切でない。
(注)他の二以上の請求項(独立形式、引用形式を問わない。)の記載を引用して記載した請求項のこと。
審査官は、請求項に係る発明が明確でないと判断した場合は、特許請求の範囲の記載が明確性要件を満たしていない旨の拒絶理由通知をする。拒絶理由通知において、例えば、当業者が理解できないと判断した請求項に記載された用語を指摘するとともに、その判断の根拠(例えば、判断の際に特に考慮した発明の詳細な説明の記載箇所、出願時の技術常識の内容等)を示すことなどにより、発明が明確でないと考える理由を具体的に説明する。
理由を具体的に説明せず、「請求項に係る発明は明確でない」とだけ記載することは適切ではない。出願人が有効な反論をすることや拒絶理由を回避するための補正の方向を理解することが困難になるからである。
出願人は、明確性要件違反の拒絶理由通知に対して、意見書等により反論、釈明することができる。
例えば、(i)審査官が理解できないと判断した請求項に記載された用語について出願時の技術常識から理解できる旨、又は(ii)審査官が判断の際に特に考慮したものとは異なる発明の詳細な説明の記載箇所若しくは出願時の技術常識を示しつつ、発明を明確に把握できる旨を、意見書において主張することができる。
反論、釈明等(3.2 参照)により、特許請求の範囲の記載が明確性要件を満たすとの心証を、審査官が得られる状態になった場合は、その拒絶理由は解消する。そうでない場合は、特許請求の範囲の記載が明確性要件を満たさない旨の拒絶理由に基づき、拒絶査定をする。
X研究所試験法に従って測定された粘度がa~bパスカル秒である成分Yを含む接着用組成物。
「X研究所試験法」は、発明の詳細な説明に定義及び試験方法が記載されておらず、また、出願時の技術常識でもないので、「X研究所試験法に従って測定された粘度がa~bパスカル秒である」との機能、特性等の意味内容を当業者が理解できない。
(注)原則として、発明特定事項として記載する機能、特性等は、標準的なもの、すなわち、JIS(日本工業規格)、ISO規格(国際標準化機構規格)又はIEC規格(国際電気標準会議規格)により定められた定義を有し、又はこれらで定められた試験、測定方法によって定量的に決定できるもの(例えば、「比重」、「沸点」等)を用いて記載される。
標準的に使用されているものを用いないで表現する場合は、その表現が以下の(i)又は(ii)のいずれかに該当するものである場合を除き、発明の詳細な説明の記載において、その機能、特性等の定義や試験方法又は測定方法を明確にするとともに、請求項のこれらの機能、特性等の記載がそのような定義や試験方法又は測定方法によるものであることが明確になるように記載しなければならない。
(ⅰ)請求項に係る発明の属する技術分野において当業者に慣用されているもの
(ⅱ)慣用されていないにしてもその定義や試験・測定方法が当業者に理解できるもの
請求項に係る発明の範囲が明確である場合には、通常、当業者は請求項の記載から発明を明確に把握できる。
しかし、機能、特性等による表現を含む請求項においては、発明の範囲が明確であっても、出願時の技術常識を考慮すると、機能、特性等によって規定された事項が技術的に十分に特定されていないことが明らかであり、明細書及び図面の記載を考慮しても、請求項の記載に基づいて、的確に新規性、進歩性等の特許要件の判断ができない場合がある。このような場合には、一の請求項から発明が明確に把握されることが必要である、という特許請求の範囲の機能(1.参照)を担保しているといえないから、明確性要件違反となる。
(留意事項)
機能、特性等によって規定された事項が技術的に十分に特定されていないことが明らかであるとの判断は、発明の属する技術分野における出願時の技術常識に基づいてなされるため、審査官は、その判断の根拠となる技術常識の内容を示せない場合には、この類型を適用しない。
また、明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識を考慮すれば請求項の記載から発明を明確に把握できる場合は、この類型に該当しない。
明細書には、「R受容体」は出願人が初めて発見したものであることが記載されているが、新たに見いだされた受容体を活性化する作用のみで規定された化合物が具体的にどのようなものであるかを理解することは困難であることが出願時の技術常識である。したがって、このような技術常識を考慮すると、上記作用を有するために必要な化学構造等が何ら規定されず、上記作用のみで規定された「化合物」は、技術的に十分に特定されていないことが明らかであり、明細書及び図面の記載を考慮しても、請求項の記載から発明を明確に把握することができない。
物の有する機能、特性等からその物の構造の予測が困難な技術分野に属する発明であっても、例えば、出願時の技術常識を考慮すれば、その機能、特性等を有するものを容易に理解できる場合には、その機能、特性等によって規定された事項は技術的に十分に特定されているといえる。
ハイブリッドカーの技術分野においては、通常、電気で走行中のエネルギー効率はa%よりはるかに低いx%程度であって、a~b%なる高いエネルギー効率を実現することは困難であることが出願時の技術常識であり、このような高いエネルギー効率のみで規定されたハイブリッドカーが具体的にどのようなものであるかを理解することは困難である。したがって、上記エネルギー効率を実現するための手段が何ら規定されず、上記エネルギー効率のみで規定された「ハイブリッドカー」は、技術的に十分に特定されていないことが明らかであり、明細書及び図面の記載を考慮しても、請求項の記載から発明を明確に把握することができない。
また、機能、特性等による表現を含む請求項であって、引用発明との対比が困難であり、厳密な対比をすることができない場合には、審査官が請求項に係る発明の新規性又は進歩性が否定されるとの一応の合理的な疑いを抱いた場合に限り、その請求項に係る発明の新規性又は進歩性が否定される旨の拒絶理由通知がなされる(「第III部第2章第4節 特定の表現を有する請求項等についての取扱い」の2.2.2参照)。
サブコンビネーションとは、二以上の装置を組み合わせてなる全体装置の発明、二以上の工程を組み合わせてなる製造方法の発明等(以上をコンビネーションという。)に対し、組み合わされる各装置の発明、各工程の発明等をいう。
以下に、サブコンビネーションの発明を「他のサブコンビネーション」に関する事項を用いて特定しようとする記載がある場合において、発明が不明確となる類型を示す。
検索ワードを検索サーバに送信し、返信情報を検索サーバから中継器を介して受信して検索結果を表示手段に表示するクライアント装置であって、前記検索サーバは前記返信情報を暗号化方式Aにより符号化した上で送信することを特徴とするクライアント装置。
暗号化方式Aにより符号化した信号は、復号手段を用いなければ返信情報を把握できないことは当業者によく知られている。本願発明においては、返信情報は、検索サーバから中継器を介してクライアント装置に送信されることとされているので、復号手段が中継器、クライアント装置のどちらに存在しているのかが明らかでない。よって、サブコンビネーションの発明であるクライアント装置について、「他のサブコンビネーション」に関する事項によって、特定されているのか否かを明確に把握できない。
以下に、製造方法によって生産物を特定しようとする記載がある場合において、発明が不明確となる類型を示す。
出発物や各製造工程における条件等が請求項に記載されていなくても、明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識を考慮すればそれらを理解できる場合は、この類型には該当しない。
請求項が製造方法によって生産物を特定しようとする記載がある場合には、審査官は、その記載を、最終的に得られた生産物自体を意味しているものと解釈して、請求項に係る発明の新規性、進歩性等の特許要件の判断をする。そのため、その生産物の構造、性質等を理解できない結果、的確に新規性、進歩性等の特許要件の判断ができない場合がある。このような場合は、一の請求項から発明が明確に把握されることが必要であるという特許請求の範囲の機能(1.参照)を担保しているといえないから、明確性要件違反となる。 例えば、請求項に係る物の発明が製造方法のみによって規定されている場合において、明細書及び図面には、その物に反映されない特徴(例:収率が良い、効率良く製造ができる等)が記載されているだけで、明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識を考慮しても、請求項に係る物の特徴(構造、性質等)を理解できない場合は、明確性要件違反となる。
例:タンク内で米の供給を受けて水洗いによって肌ぬかを除去する工程、肌ぬかを除去した米をタンクの下部に設けた投下弁を開いて下方に待機する容器に投下する工程及び容器内に投下した米を乾燥する工程を含む無洗米製造方法において、米の供給前に、タンクの内壁に油性成分Xを噴霧する工程及び投下弁を開く直前に、タンク内へ空気を噴出する工程を設けた無洗米製造方法によって製造された無洗米。
明細書には、米の供給前に、タンクの内壁に油性成分Xを噴霧することにより、タンクの内壁に潤滑性を付与し、米の付着を抑制できるとともに、投下弁を開く直前に、タンク内へ空気を噴出することによってタンクの内壁に付着した米を、効率的に下方に待機する容器に投下できることが記載されている。しかし、明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識を考慮しても、洗米タンクの内壁に油性成分Xを噴霧することによって、得られる無洗米がどのような影響を受けるかが不明であり、請求項に係る無洗米の特徴を理解することができない。
物の発明についての請求項にその物の製造方法が記載されている場合において、その請求項の記載が「発明が明確であること」という要件に適合するといえるのは、出願時においてその物をその構造又は特性により直接特定することが不可能であるか、又はおよそ実際的でないという事情が存在するときに限られる。そうでない場合には、当該物の発明は不明確であると判断される。(参考)最二小判平成27年6月5日(平成24年(受)1204号、同2658号・民集69巻4号700頁、同904頁)「プラバスタチンナトリウム事件」判決
上記の事情として、以下のものが挙げられる。
出願人は、上記の事情の存在について、発明の詳細な説明、意見書等において、これを説明することができる。
審査官は、請求項が製造方法によって生産物を特定しようとする表現を含む場合には、その表現は、最終的に得られた生産物自体を意味しているものと解釈する(「第III部第2章第4節 特定の表現を有する請求項等についての取扱い」の5.1参照)。そして、製造方法によって生産物を特定しようとする表現を含む請求項であって、その生産物自体が構造的にどのようなものかを決定することが極めて困難なため、引用発明との対比が困難であり、厳密な対比をすることができない場合において、審査官が請求項に係る発明の新規性又は進歩性が否定されるとの一応の合理的な疑いを抱いた場合に限り、その請求項に係る発明の新規性又は進歩性が否定される旨の拒絶理由通知がなされる(「第III部第2 章第4節 特定の表現を有する請求項等についての取扱い」の5.2.2参照)。
特許法第36条第6項第3号は、特許請求の範囲について、請求項ごとの記載が簡潔でなければならないこと(簡潔性要件)を規定する。
請求項の記載は、新規性、進歩性等の判断対象である請求項に係る発明が認定でき、特許発明の技術的範囲を明示する権利書としての使命を果たすものでなければならない(「第1節 特許法第36条第5項」参照)。したがって、請求項の記載は、明確性要件を満たすものであることに加え、第三者がより理解しやすいように簡潔な記載であることが適切である。こうした趣旨から、同号は簡潔性要件について規定している。
なお、同号の規定は、請求項の記載自体が簡潔でなければならない旨を定めるものであって、その記載によって特定される発明の内容について問題とするものではない。また、複数の請求項がある場合は、これらの請求項全体としての記載の簡潔性ではなく請求項ごとに記載の簡潔性が求められる。
特許請求の範囲の記載が簡潔性要件を満たさない場合の例として、以下に類型(1)及び(2)を示す。
この場合であっても、請求項には出願人自らが発明を特定するために必要と認める事項を記載するという第36条第5項の趣旨からみて、同一内容の事項が重複して記載され、その重複が過度であるときに限り、審査官は、その記載が必要以上に冗長すぎると判断する。請求項に記載された発明を特定するための事項が当業者にとって自明な限定であるということ、又は仮に発明特定事項の一部が記載されていないとしても記載要件(本号を除く。)及び特許要件を満たすということのみでは、請求項の記載が冗長であることにはならない。
なお、出願人は、請求項の記載を発明の詳細な説明又は図面の記載で代用する場合においては、請求項のその記載と発明の詳細な説明又は図面の対応する記載とが全体として冗長にならないように留意する必要がある。
請求項の記載の簡潔性が著しく損なわれているか否かを判断するに際しては、審査官は、以下の(i)及び(ii)に留意する。
なお、この類型に該当する場合においても、審査官は、請求項に記載された選択肢によって表現される化学物質群であって実施例として記載された化学物質を含むもの(実施例に対応する特定の選択肢で表現された化学物質群)の少なくとも一つを選び、これについての特許要件の判断をする。審査官は、特許要件の判断をした化学物質群を、特許要件を満たすか否かにかかわらず、拒絶理由通知中で特定する。
審査官は、特許請求の範囲の記載が簡潔性要件を満たしていないと判断した場合は、その旨の拒絶理由通知をする。その場合には、該当する請求項及びその請求項中の簡潔でないと判断した事項を記載する。また、発明が簡潔でないと判断した理由を具体的に説明する。
理由を具体的に説明せず、「請求項に係る発明は簡潔でない」とだけ記載することは適切でない。出願人が有効な反論をすることや拒絶理由を回避するための補正の方向を理解することが困難になるからである。
なお、2.で述べたとおり、同一内容の事項が重複して記載されている場合であっても、簡潔性要件違反の拒絶理由を通知できるのは、その重複が過度である場合に限られることに審査官は留意しなければならない。また、マーカッシュ形式で記載された化学物質の発明などのような択一形式による記載において、選択肢の数が大量であっても、簡潔性要件違反の拒絶理由を通知できるのは、請求項の記載の簡潔性が著しく損なわれている場合に限られることに審査官は留意しなければならない。
出願人は、簡潔性要件違反の拒絶理由通知に対して、意見書等により反論、釈明等をすることができる。
反論、釈明等(3.2参照)により、特許請求の範囲の記載が簡潔性要件を満たすとの心証を、審査官が得られる状態になった場合は、その拒絶理由は解消する。そうでない場合は、特許請求の範囲の記載が簡潔性要件を満たさない旨の拒絶理由に基づき、拒絶査定をする。
特許法第36条第6項第4号は、特許請求の範囲の記載に関する技術的な規定、すなわち特許請求の範囲をどのように記載すべきかを、特許法施行規則第24条の3に委任するものである。
ここで、特許法施行規則第24条の3第5号は、他の二以上の請求項の記載を択一的に引用して請求項を記載するにあたって、引用される請求項が、他の二以上の請求項の記載を択一的に引用するものであってはならない旨規定している。
他の二以上の請求項を択一的に引用する請求項(以下この節において「択一的な多数項引用形式請求項」という。)を引用する択一的な多数項引用形式請求項については、引用する各請求項の記載を組み合わせて発明を認定する困難を生じさせることから、第三者の監視負担及び審査負担の原因となるものである。こうした観点を踏まえ、請求項の記載形式を制限するものとして特許法施行規則第24条の3第5号は設けられたものである。
以下に、特許法施行規則第24条の3第1号から同条第4号に違反し、第36条第6項第4号違反と判断される類型(1)から(4)までを示す。
請求項2の「先に記載したボールベアリング」の記載は、請求項に付した番号により引用していない。
請求項2を引用する請求項1が、請求項2より前に記載されている。
審査官は、特許法施行規則第24条の3第5号に違反する請求項に係る発明及び同請求項を引用する請求項に係る発明については、第36条第6項第4号及び特許法施行規則第24条の3第5号以外の要件についての審査対象としない。
特許法施行規則第24条の3第5号は、審査負担の軽減を目的の一つとして、請求項の記載形式を制限するものとして設けられたものである。同条第5号に違反する請求項に係る発明について第36条第6項第4号及び特許法施行規則第24条の3第5号以外の要件についての審査対象とすることは、特許法施行規則第24条の3第5号が設けられた趣旨に反することになるだけでなく、適切な請求項の記載形式によりした出願とそうでない出願との間の取扱いの公平性を損なう一因ともなる。
よって、同条第5号に違反する請求項に係る発明については、第36条第6項第4号及び特許法施行規則第24条の3第5号以外の要件についての審査対象としない。
また、同条第5号に違反しない請求項であっても、同条第5号に違反する請求項を引用する請求項(例えば、同条第5号に違反する請求項を引用する単項引用形式請求項)については、同条第5号に違反する請求項の記載を引用して請求項を記載するものであるから、当該請求項に係る発明についても同様に第36条第6項第4号及び特許法施行規則第24条の3第5号以外の要件についての審査対象としない。
以下に、特許法施行規則第24条の3第5号に違反し、第36条第6項第4号違反と判断される類型(5)について示す。
[請求項1]特定構造のボールベアリング。
[請求項2]内輪がステンレス鋼である請求項1記載のボールベアリング。
[請求項3]外輪がステンレス鋼である請求項1又は2記載のボールベアリング。
[請求項4]外輪の外側に環状緩衝体を設けた請求項1から請求項3のいずれか1項に記載のボールベアリング。
[請求項5]前記環状緩衝体はゴムである請求項4記載のボールベアリング。
択一的な多数項引用形式請求項である請求項4は、他の択一的な多数項引用形式請求項である請求項3を引用しているため、特許法施行規則第24条の3第5号違反となる。請求項5は、同条第5号違反とはならないものの、同条第5号に違反する請求項4を引用する請求項であるので、審査官は、請求項4及び請求項5については、第36条第6項第4号及び特許法施行規則第24条の3第5号以外の要件についての審査対象としない。
[請求項1]特定構造のボールベアリング。
[請求項2]内輪がステンレス鋼である請求項1記載のボールベアリング。
[請求項3]外輪がステンレス鋼である請求項1又は2記載のボールベアリング。
[請求項4]請求項1~3のいずれか1項に記載のボールベアリングを製造する方法。
請求項3に係る発明と請求項4に係る発明は発明のカテゴリーが異なるものの、択一的な多数項引用形式請求項である請求項4は、他の択一的な多数項引用形式請求項である請求項3を引用しているため、特許法施行規則第24条の3第5号違反となる。審査官は、請求項4については、第36条第6項第4号及び特許法施行規則第24条の3第5号以外の要件についての審査対象としない。
[請求項1]特定構造のボールベアリング。
[請求項2]外輪の外側に環状緩衝体を設けた請求項1記載のボールベアリング。
[請求項3]内輪がステンレス鋼である請求項1又は2記載のボールベアリング。
[請求項4]前記ステンレス鋼はフェライト系ステンレス鋼である請求項3記載のボールベアリング。
[請求項5]前記ステンレス鋼はマルテンサイト系ステンレス鋼である請求項3記載のボールベアリング。
[請求項6]外輪がステンレス鋼である請求項4又は5記載のボールベアリング。
択一的な多数項引用形式請求項である請求項6は、他の択一的な多数項引用形式請求項である請求項3を間接的に引用しているため、特許法施行規則第24条の3第5号違反となる。審査官は、請求項6については、第36条第6項第4号及び特許法施行規則第24条の3第5号以外の要件についての審査対象としない。
[請求項1]特定構造のネジ山を有するボルト。
[請求項2]アルミニウム合金からなる請求項1記載のボルト。
[請求項3]さらにフランジ部を有する請求項1又は2記載のボルト。
[請求項4]特定構造のネジ溝を有するナット。
[請求項5]アルミニウム合金からなる請求項4記載のナット。
[請求項6]さらにフランジ部を有する請求項4又は5記載のナット。
[請求項7]請求項1から請求項3のいずれか1項に記載のボルト、及び、請求項4から請求項6のいずれか1項に記載のナットからなる締結装置。
択一的な多数項引用形式請求項である請求項7は、他の択一的な多数項引用形式請求項である請求項3及び6を引用しているため、特許法施行規則第24条の3第5号違反となる。審査官は、請求項7については、第36条第6項第4号及び特許法施行規則第24条の3第5号以外の要件についての審査対象としない。
なお、上記例9において、請求項7が、請求項3及び6のみを引用する場合は、請求項7は択一的な多数項引用形式請求項に該当しないため特許法施行規則第24条の3第5号違反とならない。
審査官は、特許請求の範囲の記載が第36条第6項第4号の要件に違反したものと判断した場合は、その旨の拒絶理由通知をする。その場合には、審査官は、該当する請求項及びこの要件に違反したものと判断した理由を具体的に説明する。
理由を具体的に説明せず、「特許請求の範囲の記載は第36条第6項第4号の要件に違反している」とだけ記載することは適切でない。出願人が有効な反論をすることや拒絶理由を回避するための補正の方向を理解することが困難になるからである。
審査官は、特許法施行規則第24条の3第5号に違反する請求項があると判断した場合は、拒絶理由通知に、拒絶理由の記載に加えて、第36条第6項第4号及び特許法施行規則第24条の3第5号以外の要件についての審査対象とならない発明を明示するとともに審査対象とならない理由を記載する。
また、特許法施行規則第24条の3第5号に違反する請求項を引用する請求項がある場合には、同請求項に対する拒絶理由は通知しないものの、第36条第6項第4号及び特許法施行規則第24条の3第5号以外の要件についての審査対象とならない発明を明示するとともに審査対象とならない理由を記載する。
出願人は、特許請求の範囲の記載が第36条第6項第4号の要件に違反する旨の拒絶理由通知に対して、意見書等により反論、釈明等をすることができる。
反論、釈明等(3.2参照)により、特許請求の範囲の記載が第36条第6項第4号の要件を満たすとの心証を、審査官が得られる状態になった場合は、拒絶理由は解消する。そうでない場合は、特許請求の範囲の記載が同要件を満たさない旨の拒絶理由に基づき、拒絶査定をする。