第Ⅹ部 実用新案 第2章 実用新案技術評価
実用新案法第12条第1項は、実用新案登録出願又は実用新案登録について、何人も、特許庁長官に、その実用新案登録出願に係る考案又は登録実用新案に関する一定の規定に係る技術的な評価を請求することができることについて規定している。また、同項は、その請求を請求項ごとに行えることについても規定している。
実体審査を経ることなく早期に実用新案権の設定登録がなされる実用新案制度において、登録された権利が実体的要件を満たしているか否かについては、原則として、当事者間における判断に委ねられることになる。しかし、実用新案権が設定登録された後の権利の有効性をめぐる判断には、技術性及び専門性が要求されるため、当事者間の判断が困難となり、不測の混乱があることも想定され得る。このことを考慮し、当事者間で判断のつきにくい先行技術文献との関係における新規性、進歩性等の有無の判断のための客観的な判断材料となる実用新案技術評価書(以下この部において「評価書」という。)が請求により提供されるように、実用新案技術評価制度が設けられた(第12条、第29条の2及び第29条の3)。
実用新案技術評価として、審査官は、請求項に係る考案が以下の(ⅰ)から(ⅳ)までの実体的要件を満たすか否かについてのみ評価をする(第12条)。
以下本章において(ⅰ)から(ⅳ)までに関して「新規性、進歩性等」という。
請求項に係る考案の新規性、進歩性等について評価をする際には、審査官は、それぞれの実体的要件に関連する特許出願の審査基準(「第Ⅲ部第2章 新規性・進歩性」から「第Ⅲ部第4章 先願」まで(注))に準じて評価をする。
(注)「文献公知考案に基づく新規性」及び「文献公知考案に基づく進歩性」の評価については、審査官は、文献公知考案に基づいて行うため、「第Ⅲ部第2章第3節 新規性・進歩性の審査の進め方」の3.1.3及び3.1.4は除かれる。
審査官は、実用新案技術評価の請求がなされた請求項に係る考案を評価対象とする。評価書作成の前に補正又は訂正がされている場合(その補正又は訂正が適法にされたか否かにかかわらない。)は、補正後又は訂正後の請求項に係る考案を評価対象とする。
なお、評価書作成の前に、(ⅰ)無効審判において無効とされた請求項に係る考案、(ⅱ)訂正により削除された請求項に係る考案及び(ⅲ)登録前に取下げ又は放棄された実用新案登録出願に係る考案については、評価対象とする必要はない。
第12条第2項では、無効審判により無効にされた後は、実用新案技術評価の請求ができない旨規定している。他方で、実用新案技術評価の請求がなされた後、評価書作成の前に無効審判により無効にされた場合(3.1(ⅰ))についての取扱いについては、明確な規定はない。
しかし、登録が無効の場合は、評価対象が存在していないことになるから、実用新案技術評価の請求がなされた後、評価書作成の前に無効審判により無効にされた場合も、評価をする必要はない。
訂正により削除された請求項に係る考案(3.1(ⅱ))及び登録前に取下げ又は放棄された実用新案登録出願に係る考案(3.1(ⅲ))についても同様である。
審査官は、請求項に係る考案の認定を、請求項の記載に基づいて行う。請求項に係る考案の認定は、「第Ⅲ部第2章第3節 新規性・進歩性の審査の進め方」の2. に準じて行う。
審査官は、3.1において評価対象とした請求項に係る考案を先行技術調査の対象とする。
審査官は、考案の単一性の要件が満たされているか否かにかかわらず、評価対象とした請求項に係る考案については、全て先行技術調査の対象とする。審査官は、請求項に係る考案の実施の態様(請求項に係る考案の考案特定事項を具体化したものに限る。)も、先行技術調査の対象として考慮に入れる。
審査官は、原則として、特許出願の審査における先行技術調査(「第Ⅰ部第2章第2節 先行技術調査及び新規性・進歩性等の判断」参照)と同様の手法で先行技術調査をする。
ただし、審査官は、未公開の出願は先行技術調査の調査範囲に含めない。未公開の出願の中から第3条の2の「他の実用新案登録出願又は特許出願」等に該当するものが発見される場合もあり得るが、その公開を待って評価書を作成することは、評価書に対する迅速性の要請から適当でないからである。
また、請求項の記載が多義的に解される場合は、審査官は、全ての解釈を考慮して、先行技術調査の調査範囲が最も広い範囲となるようにする。
審査官は、2.に従って、評価対象について、新規性、進歩性等の評価をする。
また、この場合は、明細書、実用新案登録請求の範囲又は図面の記載不備及び前記の前提についても評価書に記載する。
ただし、明細書、実用新案登録請求の範囲又は図面の記載不備については、実用新案技術評価の内容に含まれていないこと及び出願人又は実用新案権者の反論の機会が設けられていないことを考慮して、審査官は、このような取扱いを、その記載不備について確信し得る場合に限って行う。
以下において、評価のための前提を置く手法を示す(基礎的要件及びその他の要件については考慮されていない。)。
例1:図1に示されるような座り心地のよい椅子。
図1には、背もたれの部分に背中の形の凹部が設けられた椅子が図示されている。
「図1に示されるような座り心地のよい」という用語は、「背もたれの部分に背中の形の凹部が設けられた」という意味であるという前提で評価をする。
人間の感情を数値化する感情数値化手段、感情数値化手段からの信号に基づき人間が喜んでいることを判断する喜怒哀楽判定手段及び喜怒哀楽判定手段からの信号に基づき、尻尾を振る制御手段を有する犬の形状をした玩具。
考案の詳細な説明には、一定音量以上の音を検出すると尻尾を振るような手段を有する犬の形状をした玩具のみが記載されている。
「人間の感情を数値化する感情数値化手段」及び「感情数値化手段からの信号に基づき人間が喜んでいることを判断する喜怒哀楽判定手段」は、その文言どおりに認定すると、具体的なものが想定できないため十分な新規性、進歩性等の評価ができない。また、考案の詳細な説明の記載からは、一定音量以上の音を検出する手段以外のことを意味しているとも考えられない。したがって、「人間の感情を数値化する感情数値化手段」及び「感情数値化手段からの信号に基づき人間が喜んでいることを判断する喜怒哀楽判定手段」は、一定音量以上の音を検知する手段であるという前提で評価をする。
審査官は、評価書に、調査範囲(先行技術調査をした文献の範囲)、評価、引用文献等の表示及び評価についての説明を記載する。
審査官は、新規性、進歩性等の評価を請求項ごとに示す。ただし、評価及び評価についての説明が共通する請求項について、まとめて記載することは問題ない。
審査官は、そのように評価した理由を請求人が理解できるように、評価についての説明を記載する(詳細については、以下の(1)から(5)までを参照。)。
2.の(ⅱ)に係る否定的評価の場合は、審査官は、引用文献から認定された考案に基づき、どのような論理付けで進歩性を有しないと判断したのかを記載する。
審査官は、請求項に係る考案の新規性、進歩性等を否定する先行技術文献等(先行技術文献、先願又は同日出願)を発見できなかった場合は、そのような先行技術文献等を発見できない旨の評価とともに、その考案の属する技術分野における一般的技術水準を示す文献を記載する。