01 あらゆる人の創造活動を支援する、豊かなグレーのある社会
2019.12.03
FieldWork
一般財団法人たんぽぽの家/Good Job! センター香芝
- 森下 静香
- 岡部 太郎
- 後安 美紀

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2019.12.13
Lecture
株式会社インフォブリッジグループ 代表取締役 繁田 奈歩
I-Openプロジェクトでは2030年以降の創造活動のあり方を構想すべく、さまざまな視点で未来の社会像を見据える方々へのフィールドワークやインタビューを行ってきました。本ウェブサイトではそのリサーチの一部を公開しています。
今回は日本の大企業やスタートアップのインド進出をサポートする、インフォブリッジグループ代表の繁田奈歩さんにお話をお聞きします。
近年、IT大国として著しい経済発展を遂げているインド。日本経済センターの発表によると、インドの名目国内総生産(GDP)は、2029年に日本を追い越して、世界3位の大国になると予測されています。インド国内でも数多くのスタートアップの支援活動を行う繁田さんは、日本とインドのこれからの関係性をどのように見ているのでしょうか。インドの都市や経済の変化を追いながら、考えていきます。
これはインドの首都デリーから30kmほどの距離にある新興都市グルガオンの様子です。私がインドに入った当時はほとんど野原だったんですが、この写真のようにここ10年ほどでまったく新しい都市に生まれ変わりました。
この急速な変化の光景は私には非常に既視感がありました。それは中国の上海です。元々、上海も黄浦江を渡った空港付近にはテレビ塔が建っているだけで、目立った建物はそれ以外にありませんでした。それがたかだか5年・10年でものすごい勢いで変わっていきました。それと同じことがグルガオンでも起きている。ムンバイもあれだけ再開発はできないと言われていましたが、いわゆるスラム街が潰され、そこに巨大なビルが建てられるなど、インドでは新興都市がどんどん開発されています。世界中で新興国と言われるところはほとんど同じことが起こっているので、当時からインドでも間違いなく同じ現象が起こるだろうと思っていました。
そうはいっても、当時は中国と比べるとインドはまだまだ発展の途中。だからこそ新しいビジネスをはじめようとしていた我々にとっては良いタイミングでした。インフォブリッジを立ち上げた2006年当時、中国には日系企業がすでに2万社ありました。一方で、インドには170社ほど。中国ほど経済発展が進んでしまった国には、後から入りづらいという面もあります。経済規模と発展状況を考えた時、最適な場所がインドでした。
現在のインド国内の人口は、約13億人。総人口の4割は都市部人口で、残りの6割は多くが農民で構成される農村人口になります。現政権のナレンドラ・モディ氏は、国内の電力供給は100%実現したと発表していますが、実際は電線が通っているだけで、通電している時間が一日30分程度の地域もあります。電圧が低いから、農業用の灌漑ポンプを動かすことができない。結果、太陽と共に生きるような暮らしをしている人がいます。
一般的に、1人当たりGDPが3000ドルを越えると、人々の生活に必要な最低限の衣食住が行き渡るようになり、白物家電など耐久財が普及し出すと言われています。インド全体の1人当たりGDPは2000ドル水準ですが、デリーを見ると5000ドルを超えています。貧富の差、都市部と地方の格差は大きく、同じ国の中に世界最先端の生活をしている人たち、高度経済成長期のような暮らしをしている人たち、昔ながらの生活をしている人たちが暮らしています。このことがインドの実態を見えにくくしている要因のひとつと言えるでしょう。
2014年、ナレンドラ・モディ氏が首相に就任してから、政府はMake In Indiaなど矢継ぎ早にいろいろな政策を打ち出しています。いま特に効果が出てきているのは、デジタル・インディア(Digital India)とスタートアップ・インディア(Startup India)の2つです。
デジタル・インディアはアダール(Aadhaar)と呼ばれる国民総背番号制制度などを含む政策でさまざまな政府系サービスをデジタル化していこうという試みです。インド政府は国民全員に、アダールカードと呼ばれる身分証明カードを取得させました。それさえあればKYC(Know Your Costomer)つまり本人確認ができるようになっています。銀行口座を開設する際などに、身分証明が簡単にできます。
2008年の高額紙幣廃止後、インドでは民間のデジタルペイメント会社が増加しました。しかしその後、国の決済機構自体が送金の仕組みやQRコードなどを使った決済プラットフォームを作ってしまいました。結果、銀行口座を持っている人たちはその銀行を通じてKYCが終わっているため、民間のペイメント企業で新たにKYCを取得しなくともデジタル決済ができるようになりました。GoogleやWhatsAppといった会員サービスを持つ企業はこの国の決済プラットフォームに乗っかるだけでデジタルペイメントができるようになり、社会構造が一変してしまうような新しいことが起きています。
さらにアダールと納税番号の紐づけや貧困層向けのレーションカード(ration card)を紐づけていくことで様々な政府サービスを一元的に管理していこうとしています。デジタルの力を使いながら社会的なインフラ自体を作っていくというのが、デジタル・インディアの根本にある考え方です。
結果、インドの産業はどんどん変化しています。今後デジタルプラットフォームが整備されれば、より一層デジタルサービスを提供する会社は増えていくでしょう。
一方のスタートアップ・インディアは、国内の優秀層の起業を後押しする政策です。インド政府は手続きの簡略化や所得税の免税措置、基金の設置などを盛り込み、この政策によって経済の後押しや雇用促進をしていこうと狙っています。実際、一連の政策によって、会社がすばやく作れるようになりました。以前は私たちも1社作るのに半年ほどかかっていましたが、今ではアダールカードを持っていれば約1ヶ月で作れてしまいます。
この政策の背景にはインドの高い出生率が関係しています。インドでは毎年2500万人の子供が生まれていて、単純計算でエンジニアだけでも毎年、約150万人が大学を卒業することになります。当然それほどの数のエンジニアの仕事を既存の産業が作ることは不可能です。できる人たちは起業して、やりたいようにやってください。少しでもうまくいくようだったら、そこに新しい雇用を作りましょう、ということです。
すでにこうした政策からユニコーン企業も生まれてきています。例えばAmazonの対抗馬になった、Eコマース最大手のFlipkart。元々、ソフトバンクが投資しユニコーンになり、現在はウォルマートに買収されています。さらには、こうした企業の創業者らが自身でベンチャーキャピタルを作り、若い人たちのためにメンターを務めるなど、次の世代が次の産業を作る、非常にいい循環ができつつあります。
インドのスタートアップは現在1万社ほどあり、その質は玉石混交ですが、大きく分けて2種類あります。
一つはまさしくインド国内13億人の市場をめがけてやっている会社です。日本のPayPayの元になったPaytmや、ホテル・住宅事業などを展開するユニコーン企業OYOなどがこれに当たります。
もう一つがインド国内ターゲットではなく、海外市場で売上をあげている会社。例えば、データサイエンス系企業の一つであるMu Sigmaは、社員が1000人ほどで、平均年齢が26歳。「経営に必要なのはディシジョンメイキング(意思決定)であり、ディシジョンメイキングをサイエンスする」というコンセプトを掲げています。彼らは基本的にフォーチュン500の企業以外は相手にしません。彼らのように外のマーケットで稼ぐことを徹底する企業は、エンジニアリングをインド国内で行い、販売先は主にアメリカやヨーロッパ、そして一部日本などとなっています。
こうしたスタートアップ企業はテクノロジーやエンジニアリングばかりを専門にしているか、というとそうでもありません。例えば最近、インドの起業家たちが「BIRA 91」というクラフトビールのブランドを始めました。元々、インドでは有名なビールブランド「Kingfisher」がトップのシェアを誇っていたんですが、「BIRA 91」はそこに「クラフト」という概念を持ち込んで、徹底的にマーケティングをすることで、都市部でのシェアを一気に広げました。なぜこのように、いわゆるオールドエコノミーに殴りかけるような方法が成立するのか。そのひとつの理由は単純にインドの人口が多いから。ある一定のレベルで成立してしまえば、あとはそれを拡大すればいい。投資家からすると事業展開の仕方が非常にわかりやすいと言えます。
エンジニアリングだけでなく、マネジメントの面でも非常に優秀なインド人は多く、世界中に散らばっています。例えば分かりやすいのは、アメリカだけでも、Googleと、親会社であるAlphabetのCEOであるスンダル・ピチャイ氏や、MicrosoftのCEOサティア・ナデラ氏といったトップオブトップの経営者たち。他にも、「アメリカの医者の約40%がインド人」だとか、「NASAもMicrosoftもIBMも、入ってみたらインド人だらけ」といった話もあります。
ただ、残念ながら最近はその流れは変わっています。もちろん先ほど挙げたような、トップオブトップ層はグリーンカード(永住権)が取りやすい。しかしその下の人たちはなかなかもらえない。アメリカに行けなくなっている人たちはトップじゃなくて、いわゆるマスの人たちなんです。
いま彼らはカナダやイギリス、オーストラリアといった英語圏へ移動しつつあります。しかし例えばオーストラリアが何万人ものインド人を受け入れるのは現実的ではないでしょう。なので、インド政府は次々と手を打っています。
日本人からすると、インドと日本は非常に仲がいいと思われるかもしれませんが、インド政府は世界最強の八方美人。ほぼ全ての国といろいろな連携協定を交わしています。エンジニアリングやテクノロジー、イノベーションの観点からすると、イスラエルや、ポルトガル、韓国、フィンランド。これらの国は自分たちではデジタル系の人材を賄えないから、インドから供給して欲しい。実際、イスラエルにも中国にも、インド人村ができています。
果たして我々日本はインド人と一緒にうまくやれるでしょうか。直接的にいうと、かなり厳しい状況に来ている、というのが実態です。
私たちインフォブリッジがプロジェクトを始めた2006年頃はインドで「日本の会社連れてくるよ」というと、みんなウェルカムだったんです。でも、「来るけど何も決まらない、動かない」事態がずっと繰り返された。インド人からしても「日本の企業は意思決定しない」「来るだけ来て、何もせずに帰っていく」。だから今は「来なくていいよ」と言われてしまっています。時間の無駄だから。これは何もインドだけに限った話ではありません。イスラエルやエストニア、もちろんシリコンバレーでも言われている。
ただ、逆の言い方もあります。日本の企業は、意思決定したら速い。してしまったら絶対にやらないといけないから。そこで、いま我々が何をしようとしているかというと、インド企業が日本の会社と話をしても、そこから2-3年など、インド側から見たら長い時間がかかるので、その間を私たちでつなぐ。そして日本の会社には、意思決定に多少時間がかかるのは理解しますが、少なくとも事業連携をするとか、もしくはここまでゴールしましょう、と詰めていくことをやっています。
日本とインドの関係でいうと、日本はインドでの市場拡大、イノベーションの連携、優秀な人材が欲しいという3点が挙げられます。でも優秀な人たちはなかなか日本に来ません。なぜなら給料が安くて、しかも日本語を喋れないと誰も相手にしてくれないからです。それに、日本人の意思決定プロセスとディスカッションは、インド人からすると非常に分かりづらい。そういったコミュニケーション手法も含めて、我々は今後どうしたらインドの人たちと連携してもらえるでしょうか。
例えばそこに暮らす人たちの「違い」という意味では日本はものすごいモノカルチャーじゃないですか。だから空気を読むということができるんだと思いますけど、インドの場合は言語や人種も違えば、宗教も社会階層も違う。
一方で、ベースとなるものの考え方は、実は近い部分もあります。お金だけじゃなくてやりがいだとか、いわゆる合理性だけではない判断をしやすい。八百万の神がいて、コミュニティを大事にし、どちらかというとウェットな性格を持っているだとか、そういう意味では非常に近しい価値観を持っている人たちなんですね。モノカルチャーな日本と、ダイバーシティのインド、前提が異なる場所で暮らしているからこその違いはあると思いますけど、根本的な考え方はほとんど変わらないと思いますね。
このままの形で日本がデジタルトランスフォーメーションや、第4次産業革命の時代を乗り越えるのは正直難しい。そのときに、鍵となるのはインド側が変わるかではなく、我々、日本人側がどう変わるかだと思っています。
Text by Gen Goto
Photographs by Nanako Ono
当日スライドより一部抜粋
2019.12.03
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2019.12.06
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株式会社ナカダイ
2019.12.13
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株式会社ビービット
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株式会社インフォブリッジ・ホールディングス・グループ
2020.03.06
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株式会社知財図鑑
2019.12.18
Event
スウェーデンイノベーション庁Vinnova