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発想の転換で新たな価値を創造 とっきょ

Vol.66 2025年11月25日発行号

特集 知財が彩るアパレルの未来

テクノロジーが織りなす新たな価値創造

アパレル業界では今、素材の革新、機能性の追求、そして他分野への技術応用など、持続可能で新たな価値を創造する挑戦が始まっています。
人が常に身につけているという大きな特徴をどう活かすか。その一方で存在する環境負荷や大量廃棄といった深刻な課題にどう立ち向かうか。そして、ビジネスとしての発展をどう形作っていくか……。
知財を活かし、アパレルを未来へ導く多彩な取組を紹介します。

アパレルに求められる価値の変化

 近年、アパレル業界は、地球規模の社会課題への対応を迫られています。世界のCO2排出量の約6%をファッション産業が占め、国内で供給される衣類の7割以上が焼却処分されるなど、その環境負荷は無視できません。製品の生産過程(素材、紡績、染色、縫製)で排出されるCO2が9割以上を占めるため、従来の生産体制の見直しは急務です。
 こうした課題を背景に消費者の意識も変化し、価格面よりも、耐久性やサステナビリティへの配慮を重視する傾向が強まっています。また、最近では紫外線をカットする機能や、ファンで送風して熱中症予防に貢献する製品が注目されるなど、機能性への期待も高まっています。『ファッションの未来に関する報告書』では、「他者の意見や視線ではなく、自らの価値観や社会協調思考の重要性が高まっている」と報告されており、ファッションアイテムとして華やかなデザイン性が注目される一方で、以前とは異なる価値が求められるようになってきているのです※。

  • ※出展:経済産業省『ファッション未来に関する報告書』(これからのファッションを考える研究会・2022年3月)

新たなビジネスを具現化する知財戦略

 このように変化の時代にあるアパレル業界において、新しい価値を創造するさまざまな取組が始まっています。例えば石油由来でもなく、綿や羊毛でもない、持続可能な新たな素材を生み出すことはできないか。アパレル製品の機能をより高め、全く新しい可能性を生み出すことはできないか。磨き上げてきた製造技術を、異なる分野に活かすことはできないか……。
 そして、従来には存在しなかった新たな発想を具現化し、ビジネスとして成長させるための鍵となるのが知財の活用です。本特集では、多角的な視点からアパレルの未来を切り拓く先駆者たちの取組とそれを支える知財戦略について、具体的な事例を通じて深掘りしていきます。

知財が彩るアパレルの未来

出展:Roland Bergerによる、衣服の購買決定要因(Key Buying Factor)の重要度及び新型コロナウイルス感染症拡大前後における重要度の変化についての調査(日本、フランス、スペイン、インドネシア、香港、台湾、アメリカ、マレーシア、中国を対象に、2020年7月実施)を基に、同社作成(『ファッションの未来に関する報告書』より)

Interview01

株式会社Xenoma

衣服のシステム化

スマートアパレルという未来の可能性に
「知財」を「投資」する!

東京大学発のベンチャー企業Xenomaは、伸縮性エレクトロニクス技術を核に、衣服そのものをセンサーとするスマートアパレル「e-skinイースキン」を開発しています。 日常の衣服と変わらない着心地と耐久性を実現し、ヘルスケアや産業分野に革新をもたらしつつある「e-skin」。
アパレルの未来を、どのように知財戦略が彩るのか。代表取締役CEOの網盛一郎さんにお話を伺いました。

「伸び縮みするエレクトロニクス」 を着るという発想

 当社は、東京大学の染谷研究室からスピンアウトした大学発ベンチャーです。当初、事業化の候補として「薄くて軽いエレクトロニクス」と「伸び縮みするエレクトロニクス」の2種類があったのですが、耐久性や産業応用の見込みから後者を選択。衣服自体を電子回路基板に見立て、システム化することを目指しました。
 この目標を実現する上で、技術的に最も重要であり、他社との決定的な違いとなっているのが耐久性です。普通の服として使われるためには、洗濯に耐え、壊れないことが大前提。特に、硬い部品(バッテリーなど)を衣服に組み込む際、コネクター部分から柔らかい配線が千切れてしまうという業界の課題がありました。そこで我々は、10年前にすでに、洗濯に耐えるレベルのコネクターと、その実装方法を試行し確立。配線やコネクト部が壊れないようにする技術が、「e-skin」のコア技術となっています。
 「衣服自体をシステムにする」という汎用性のある発想は、心電図計測、モーションキャプチャースーツ、睡眠解析など、多様な製品への応用を可能にしています。そして、こうしたディープテックを社会実装するために不可欠なのが、知財戦略や薬事承認です。例えば、心電図計測機器「e-skin ECG」の薬事承認においては、「後発医療機器」として登録する戦略を採用。伸縮するケーブルを衣服に配線した構造自体を、既存の一般医療機器(クラス1)の属性とみなし、服を着る行為は医療行為ではないと整理。この戦略的なアプローチにより、新規医療機器としての高いハードルを越えることなく、保険適用も早期に実現できました。

株式会社Xenoma

「究極の予防医療」に向けた特許という投資

 知財戦略は、創業時より慎重に進めてきました。特許は単なる研究成果の記録ではなく、事業を伸ばすための「投資」です。広く取得することを目指し、早期審査も利用して、サービス開始段階で日本国内の登録まで済ませることを重視しています。他社が似たサービスを迂回して出すのを防ぐため、公知になっていない周辺部分についても出願し、コア部分の周辺を固めるようにしました。海外出願戦略については10年前と大きく変化しており、以前から主流だった米国や欧州に加え、現在ではインドや東南アジアの市場の重要性が高まっていると認識しています。
 また、共同開発においては、独立性を確保するという意味合いから共同出願を極力回避。大学との共同研究などでは共願することもありますが、発明性の高い領域はあえて大学に依存せず開発することで、単独で出願できるようにしています。
 当社が目指すのは、“究極の予防医療”です。この意味でとても重要なのが、単にハードウェアを販売するだけでなく、計測自体を外注で請け負い、検査データの解析まで社内で行う当社のサービスモデル。心筋梗塞や脳卒中の発症直前のデータは、世界中の優秀な医師でさえ持っていない情報です。そのような予兆データを集められれば、服を着ているだけで病気のサインを知ることができ、適切な予防や誘導をしてくれる社会が実現します。
 誰もがセンサーを内蔵した服を当たり前のように着ているその日に向けて、技術と知財を投資として最大限に活用し、今後も健康で安全な社会の実現に貢献してまいります。

共同開発の事例

現場作業者の負荷を可視化する 「ウェアラブルAI」開発


日立製作所と共同で進めるのは、作業着内にモーションセンサーを組み込んで作業者の位置や姿勢、動きなどを検知し、作業者の負荷軽減や怪我予防などを目指すシステム。「エンターテインメントや産業用途といった他の分野へは、日立製作所様との共同開発のように、ハードウェア技術を提供し、ソフトウェアやサービス開発はパートナーにお任せする分業体制を取ることも重要」と網盛さん。

共同開発の事例

高精度な3Dモーションキャプチャーにより、カメラ不要で計測し、リアルタイムに行動を確認できる「e-skin MEVA」の技術がさまざまな可能性を広げる

網盛一郎さん

Co-Founder & 代表取締役CEO
網盛あみもり 一郎いちろうさん

富士フイルムで18年間にわたり新規事業開発に従事し2012年に独立。2014年からは東京大学・JST ERATO染谷生体調和エレクトロニクスプロジェクトに参画し、伸縮性エレクトロニクス開発に携わる。2015年11月、同プロジェクトからのスピンオフとしてXenomaを共同創業し、代表取締役CEOに就任

PROFILE

株式会社Xenoma

  • 所在地:
  • 東京都大田区大森南4-6-15
  • 設立:
  • 2015年(平成27年)
  • 業種:
  • スマートアパレルe-skinを用いたヘルスケアサービスの提供
  • 従業員数:
  • 12名 (2025年10月現在)

Vol.66 記事一覧

特集1 株式会社Xenoma
特集 知財が彩るアパレルの未来

Interview 01

衣服のシステム化

スマートアパレルという未来の可能性に「知財」を「投資」する!

株式会社Xenoma

東京大学発のベンチャー企業Xenomaは、伸縮性エレクトロニクス技術を核に、衣服そのものをセンサーとするスマートアパレル「e-skinイースキン」を開発しています。日常の衣服と変わらない着心地と耐久性を実現し、ヘルスケアや産業分野に革新をもたらしつつある「e-skin」。アパレルの未来を、どのように知財戦略が彩るのか。代表取締役CEOの網盛一郎さんにお話を伺いました。

特集2 Spiber株式会社
特集 知財が彩るアパレルの未来

Interview 02

ヒントはクモの糸

新素材技術で拓き、知財が支える、持続可能なウェルビーイングへの貢献

Spiber株式会社

クモの糸の強さやしなやかさから着想して生まれた次世代タンパク質「Brewed Protein™素材」の開発を通じて「持続可能なウェルビーイング」への貢献を目指す大学発ベンチャーSpiber。知財を多角的に活用し、人と自然の双方にとって健やかで持続可能な暮らしの実現を目指す同社の取組について聞きました。

漫画 福井経編興業株式会社
知財戦略どうやって取り組んでいるの?

知財が広げた医療参入の可能性

長年培ったニット技術を発展させ、人工血管や心・血管修復パッチを開発

福井経編興業株式会社

衣料から医療へ。長年にわたりファッション衣料向け製品を手掛けてきた衣料メーカーが取り組む、医療分野への挑戦を紹介します。

INPIT支援 株式会社橋口加工食品研究所
アイデア・出願・事業展開・海外展開等

知財支援はINPITにおまかせ!

株式会社橋口加工食品研究所

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