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Vol.39
広報誌「とっきょ」平成30年10・11月号

特集1

特許が支える
中堅・中小企業独自のものづくり

特集1 特許が支える中堅・中小企業独自のものづくりの画像

近年、中堅・中小企業の技術力に注目が集まっています。ものづくりへの真摯な想いによってなし得た高い技術力は、特許権によって保護されることで、企業独自のものとしてより大きな強みとなります。小規模だからこそ、現場目線のアイデアと機動力で魅力的な商品やサービス展開を行う企業の最新事例をご紹介します。

中村印刷所(東京都北区)

下町の印刷所が開発した
今までにない水平開きのノート

印刷一筋の社長が生み出すアイデア商品

たった1件のツイートから一躍有名になった、通称「おじいちゃんのノート」。開発したのは東京・下町で印刷業を営む中村印刷所です。創業は昭和13年、二代目・中村輝雄社長が、息子・娘婿とともに精力的に切り盛りしています。

子どもの頃から家業を手伝い、高校も印刷科を卒業した印刷一筋の中村社長。活版印刷からオフセット印刷に替わっていく渦中、バブル崩壊後の不況も相まって次第に衰退していく印刷業で生き残るため、試行錯誤を重ねてきたといいます。

まず商品化にこぎつけたのは「紙フィルム」という独自技術です。活版印刷と違い、オフセット印刷では印刷用の版を外注しなくてはならず、コストと時間がかかります。紙を薬品で特殊加工した「紙フィルム」はプリンターで版を出力できる画期的な商品で、全国の印刷所から続々と注文が入りました。

「紙の加工方法はいろいろ試しました。試しに天ぷら油を塗ってみたら、プリンターの熱で天ぷらを揚げる匂いが充満しましてね。機械を壊したこともありました。その後の試行錯誤の末、素晴らしい商品ができたと感じ、すぐに特許出願しました。特許技術だからこそ信頼を得た面もあり、新しい技術には特許が必要だと実感しましたね」

しかし、全国的にも印刷業は減衰しており、紙フィルムの売れ行きも徐々に落ち込みます。中村社長は次に、外国人観光客などが記念スタンプを押したり、切符を貼りつけたりするノートを考案。区の産業展示会に出品した際、訪れた人からなにげなく声をかけられました。

「ノートって、真ん中が盛り上がるから書きにくいんだよね」

印刷業は受注生産がメイン。しかし当時はほとんど印刷の仕事がなく、自社製品として使い勝手のよいノートが作れれば、と思い立った中村社長は、製本のプロだったおじいちゃん社員と2人、毎日試作を重ねました。そうして2年ほど経ったある日、いつものように試作品を検品したところ、落丁が1つもないことに気づきます。「できたんじゃないか」。水平に開くノート「ナカプリバイン」が完成したのは、夏の暑い日のことでした。

【左】ふくらまずに水平に開くため、見開きのページも見やすいの写真【右】反対側を折り込めば、段差ができずに書きやすいと評判の写真
【左】ふくらまずに水平に開くため、見開きのページも見やすい【右】反対側を折り込めば、段差ができずに書きやすいと評判

この商品は、東京都の機関が評価・応援する「トライアル発注認定制度」にも選ばれ、中村社長は勇んで売り込みを始めました。しかし、ほとんど売れずに在庫がたまっていき、毎月の赤字をなんとか補填して過ごす日々。趣味のバイクも売りました。

そしてついに2015年の12月、中村社長は妻・英子さんと「年が明けたら廃業しよう」と決意。幾分安らいだ気持ちで元旦の夜を迎えたところで、一本の電話が鳴りました。

特許取得は「使ってくれる人への責任」

電話は懇意にしていた中小企業診断士からでした。「ホームページがすごいことになっている」。確認すると、一気に10万アクセスを超えています。「いたずらや嫌がらせだと思いました。しかし翌日からポツポツとノートの問い合わせが来たかと思うと、4日には朝から電話とFAXが鳴りやまず、直接訪問されるお客様まで。また、新聞社やテレビ局からも取材依頼がどんどん来ます。さらに商品を置いてくれていた店舗の方が飛んできて、3万冊の予約が入っていると……。何かの間違いだと思いましたね」と中村社長は笑います。協力会社にも手伝ってもらい、なんとか3カ月で求められる冊数を供給しました。

嬉しい悲鳴の発端は、「ナカプリバイン」を共に開発したおじいちゃん社員が、自分の孫に在庫のノートを渡したことでした。孫がノートについてインターネット上でつぶやいたところ、あっというまに3万リツイートを超え、商品を求める人が殺到したのです。

しかし、手作業で作るノートは、1日に800冊が限界です。そこで、2017年からはショウワノート株式会社とライセンス契約をし、より多くの人に届けられるようになりました。ドイツで開発した大量生産用の機械も完成し、量産化に向けて始動しました。

「紙フィルム」の経験から、「ナカプリバイン」は完成時に特許権、商標権を取得済み。「さまざまな企業からお話をいただきますが、技術提供の条件は『ナカプリバイン』のロゴを入れることなんです。自社製品を一冊ずつ検品するのは、このノートを使ってくれる人に対する義務だと思っているから。特許権の取得は、このノートを技術開発した私たちの責任という意味もありますね」と中村社長。

【左】今でも社長自ら一冊ずつ検品して送り出しているの写真【右】試行錯誤の末に生まれた特殊な接着剤を使用。1枚ずつはがして使うこともできるの写真
【左】今でも社長自ら一冊ずつ検品して送り出している【右】試行錯誤の末に生まれた特殊な接着剤を使用。1枚ずつはがして使うこともできる

現在は海外出願にも着手し、今後もさらなる事業展開を考えています。「ノートはお子さんや若い人が多く使うもの。生産能力を上げて、もっと安価で手に入りやすいものにすることが次の目標です」。中村社長は満面の笑みを浮かべました。

昭和13年に浅草で創業し、浅草空襲を経て北区へ。昔ながらの心地よい住宅地の中に印刷機が動く音が聞こえるの写真
昭和13年に浅草で創業し、浅草空襲を経て北区へ。昔ながらの心地よい住宅地の中に印刷機が動く音が聞こえる

知財ワード解説 特許権

知的財産権の図

人間の幅広い知的創作活動によって生み出されたものを、財産として一定期間保護する権利が「知的財産権」です。そのうち、「特許権」「実用新案権」「意匠権」「商標権」の4つを「産業財産権」といいます。なかでも特許権は、技術開発によって生まれた「発明」を保護する権利です。発明者には一定期間その発明の独占を認めつつ、代わりにその内容を公表し、新たな技術開発を促進します。ここでいう発明とは、自然法則を利用した技術的思想の創作のうち、高度のものを指しています。

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